第21話
清吾はウロコの館へと続く門の前で自転車を止めた。
「着きました、ここです。ようこそ我が城へ! 」
以前に秋文が清吾を部屋に招き入れる時に言った言葉を真似た。
ほんの少し遅れて清吾の隣に来た秋文は、肩で息をしながら正門を見上げると、俯いて首を振った。それからムスッとした表情で清吾を睨んだ。
「そういうのはもうイイから」
秋文にしては抑揚の無い冷淡な口調だった。
散々走らされてイライラも蓄積されているのだろう。それに加えて清吾がまだ悪ふざけをしていると感じたのだろう。
清吾は秋文が「直ぐには信じられないのも無理もない」と分かっていたので黙ってインターホンを押した。
インターホンに出たひかりに秋文を連れて帰って来たと告げると、門が自動で開きだした。秋文は目を見開き驚いた表情を浮かべた。
「うそっ、本当にっ!? ここなの? ホントの、ホンっとうに? 」
秋文は口を開けたまま驚愕の表情でウロコの館を見上げる。
暫く沈黙状態が続いた後、突然彼は叫んだ。
「うぉぉぉっ!! 噂で聞いたことはあったけど、本当にあったんだな! ロマンだよ! ロマン! 清吾くん! 一体、こんなことって、ここには浪漫が溢れかえってるぜ! 」
秋文は恍惚の表情を浮かべ、清吾を熱い眼差しで見つめている。
そんな秋文を清吾は少し気持ち悪いと思った。
興奮状態の秋文を他所に、清吾は庭を突っ切り玄関に向かう。
秋文が一々大袈裟なリアクションをとりながら清吾の後へと続く。
途中、清吾は立ち止まって秋文に言った。
「ああ、そうだ、この家に住むのに守ってもらいたいルールが幾つかあります」
清吾は振り返って秋文を見た。
「うん、なんだい? 」
秋文は楽しそうに笑いながら清吾の言葉を待っている。
「三枝さんの知り合い、例え恋人でも勝手に、この家に入れる事はしないでもらいたいのです。それから職場は別として、この家の住所等の情報も誰かに教えないでもらいたいのですが……大丈夫ですか? 」
清吾は少し厳しめの口調で言い終えると、秋文の顔色を覗った。
秋文は清吾を見つめ返しながら楽しそうに訊ねた。
「ふーん。じゃあ、俺が、もし女を連れこんだらどうするの? 」
「殺します」
清吾は即答した。
「ちょぉーーい! おいおいおい、ちょっと待ってよ、ここを追い出すんとかじゃないの? それならまだ分かるけど、殺すって、ちょっと、厳しすぎないか? 穏やかじゃ無いぜ、清吾くん! 」
秋文は何故か嬉しそうである。
「…………」
清吾は無言の圧力を加えて秋文を見つめた。
「あの…………冗談。嬉しくって、つい、ごめん。勿論約束するよ……家主である清吾くんには絶対に逆らいませんから」
秋文は神妙な顔で答えた。
清吾は「助かります」と笑顔で答えて、再び玄関に向かった。
玄関の前に来て清吾が扉を開けようとした、瞬間また秋文が独り言とは思えない声量で話し出した。
「このウロコの館はダコタハウスみたいに清吾くんに認められた人間しか住めないってことだな、うん」
秋文が、一人で納得する様に、頷いている。
「ダコタ? 」思わず清吾が問い返す。
「知らねーの? ダコタハウス? 」秋文は嬉しそうにニヤリとキメ顔をした。
「普通、知ってるものなんですか? 」清吾は少しイラッとした。
「いや、まあ、有名だとはおもったんだけど……ダコタハウスってのは、マンハッタンにある高級マンションで地位、名誉、お金、功績などそろった人でないと審査に通らないんだ。俳優やアーティスト、有名なところではジョンレノンも住んでいたんだ」
「ウチは地位、名誉、功績など皆無だけど……」
清吾は秋文の説明に困惑した。
「イヤ、充分だろ! 充分過ぎるよ! この圧倒的存在感、豪華絢爛、荘厳、大迫力、美しさ、光輝、煌めき」
秋文は思いつく限りの賛辞を送ってくれる。
「イヤ、イヤ、イヤ、イヤ…………イヤ、イヤ、イヤ」
初めは黙って聞いていた清吾だが、気恥ずかしさで秋文の言葉を、両手を振って遮った。
「夢の様だよ。こんな素敵な所に俺みたいな者が住めるなんてさ。俺は芸術部門で審査に通ったって事で、ひとつ宜しく、お願いします」
秋文は戯けたポーズで、貴族が王様に対する様に清吾にお辞儀をした。
二人で話し込んでいると、「ガチャ」と玄関の扉が開いた。
ひかりと翔太が出迎えに来てくれたのだ。
玄関からエアコンの涼しい空気が外に流れて来て気持ちよかった。
「先ほどから、なかなか入っていらっしゃらないので…………どうしたのかなと思いまして」
ひかりが少し訝しげな顔をしてコチラを窺う。
清吾は翔太の頭を撫でながら、玄関前でずっと話し込んんでいた事をひかりに説明した。
「初めまして! では……ありませんが……三枝 秋文です。暫くの間、お世話になります! どうぞよろしくお願いします、へへ」
秋文は得意の人たらしの笑顔で元気且つ、爽やかに、ひかりと翔太に挨拶をした。
家の中に入ると、エアコンで冷えた空気が気持ち良かった。
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