第19話
翌朝、思っていた通りの二日酔いになった。ただそこまで酷くは無い。昼前には治る筈だ。
清吾は食堂でひかりの出してくれた味噌汁を頭痛を堪えながら一口飲んだ。頭が痛いのにも拘らず、ほのかに幸せを感じた。
最近、清吾にはやたらと幸せを感じる機会が訪れる。感じるのではなく、事実ひかりと翔太のお陰でこの館には、幸せな空気がいっぱい溢れている。
「行って来ます」と声をかけ、清吾はお気に入りのダークブルーの電動自転車に跨った。
大学に向かう途中の道、清吾はいつも教会の前を通る。
鐘のある塔の十字架から三角屋根に朝陽があたるを見上げて眺めるのが好きだからだ。しかし今日は生憎の頭痛で気分良く眺める余裕はない。
夏の日差しにも負けずに汗だくになりながらも大学に到着した清吾は、作業着に着替える前にシャワーを浴びたいくらいの気持ちだった。
控室に寄らずに飼育部屋に向かう。クリーンエリアに入る前に身体に冷感スプレーを、これでもかと言うくらい振り撒いた。ついでに、こめかみにも吹きかけた。ヒリヒリとした痛みとクールな爽快感で頭痛を紛らわすのだ。
午後ようやく二日酔いが治り始めた清吾は、持たせてもらった弁当をひかりに感謝しながら食べて後半に備えた。
午後の時間の仕事も終了して、飼育員揃って解散の挨拶をしてみんなと別れた。それから清吾は自転車置き場に向かった。大学を出た所でひかりから携帯に連絡が入った。
ひかりの用件は「絵画の額縁が届いたので壁に飾っておきましょうか? 」との事だった。
清吾は、頼んだ額縁がこんなに早く届いた事に感心した。そして彼女に「大変でなければお願いします」と礼を言って再び自転車で走り始めた。
清吾は夏が嫌いである。夏などこの世に必要ないとさえ思っているのだ。
彼はひかりにエアコンで家の全体をキンキンに冷やして欲しいと頼んでいる。例え清吾がいない時でも。何故なら彼は暑いのが大っ嫌いだからだ。何があっても電気代をケチるのだけはやめて欲しいのだ。彼は「エコ」という言葉も「夏」くらい大っ嫌いなのである。
そういった訳で、ウロコの家の室温と湿度は夏にも関わらずかなり低い。ただし、ひかりたち親子に気を遣って、彼女達の部屋の設定温度は好きにしてもらっている。
夕方なのに太陽の光がジリジリと暑い。早く帰って冷房の効いた部屋でアイスコーヒーを飲みたいと思いながら清吾は自転車を飛ばす。
いつもの経路、いつもの帰り道、いつもの教会のある通りで、清吾はさっき別れたばかりの秋文の後ろ姿を見つけた。確かに彼は、急いで帰る様子だったが……だけど自転車の清吾よりも先にここへ着くとは驚きである。
しかも秋文はこの暑さの中、大荷物を持って歩いている。
秋文はいつも大学の近くの駅から帰る筈なのだが、用事で寄り道でもするのだろうか? そう思いながら清吾は秋文に近づいて声をかけようと、自転車のスピードを落とした。
秋文はキョロキョロと落ち着きなく左右を見ている。その割には後ろで見ている清吾に気づいている様子はない。ただ彼のうしろ姿は挙動不審である。ひょっとして誰か人に見られたくないのかと思い、声をかけるのを躊躇った清吾は自転車を漕ぐのを止めた。
好奇心に駆られ、秋文が何をするのか、隠れて見てみようと思い自転車を置いて横道の角に隠れた。本当なら早く家に帰って汗を流したいのだが、清吾の好奇心がそれを遥かに上回ったのだ。
暫く辺りを見回していた秋文が、素早く教会の門を潜って行くのが見えた。直ぐに追いかけては見つかってしまう。少し間を置いてからコッソリ教会に入って行くべきだろう。清吾はワクワクドキドキしながら時を待った。
人の秘密を知る事は何故こんなにも楽しいのだろうか。特にいつも明朗な秋文の秘密である。何としても暴かずにはいられない。そんな事を考えながら、ひかりと翔太の後を付けた時の事を、清吾は思い出していた。
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