第18話 一色 俊吾
朝、目覚めた清吾はベッドの上から、机の上の絵を睨みつけて舌打ちをした。
「なんて嫌な夢を見せやがるんだよ」
清吾は絵に一言唸ると、もう一度目を閉じた。
夢の内容は清吾がこの広い洋館に独りっきりで朝ごはんを寂しく食べている状況だった。暗い食堂の中、一人テーブルに座り、寂しくて悲しくて泣きたくなる夢だった。
よく考えたら最近までそのように過ごしていたのに……一度、明るい
現実でなくて良かったと心底思いながら寝室を出た。
食堂ではひかりと翔太が、朝食を摂っている。二人の姿を見て清吾は胸を撫で下ろした。
挨拶をすると、二人が笑顔をくれた。翔太の挨拶は拙く可愛かった。ひかりが朝食の準備をしてくれている間に、清吾は翔太の食べる姿を観察する。
小さいのに上手に食事する翔太に感心しているとひかりが「昨日は良く眠れましたか? 」と訊いてきたので清吾は「ええ、とても」と嘘を吐いた。
清吾が朝食のハムと目玉焼きを食べ出すと、一色 俊吾から連絡が入った。電話に出ると「久しぶり! 清吾」と落ち着いた優しいトーンの声が聞こえた。
一色 俊吾は清吾の従兄弟であり、一色グループにおいて清吾の代わりを務めてくれている人間たちの一人である。その中でも彼はグループの実質の代表者である。そして彼は清吾にとって優しく頼れる兄的な存在である。
「久しぶりに一緒に夕飯でもどうだ? この間の誕生日の時は、断られたからなぁ」
俊吾が明るくも、清吾を少し責めるような口調で言う。
「ごめん、あの時は……」
以前、清吾の誕生日近くに折角誘ってくれていたのだが、優子に振られたばかりでそんな気になれなくて断ったのを思い出した。
清吾は色々と近況を伝えておかなければならない事もあるので、俊吾の誘いに応じた。
「じゃあ、五時に迎えの車をやるから」
俊吾は機嫌良さそうに電話を切った。
清吾は朝食を終えて、ひかりに今日の夕飯は必要無い旨を伝え部屋に戻った。
本来ならひかり達も俊吾に紹介しておきたかった。だが、彼女に聞かれたくない事もあったので、それは次の機会にした。たまには親子水入らずで夕飯を食べたいだろう。
夕方、五時丁度にインターホンが鳴った。
「じゃあ、行ってきます」
清吾はひかりと翔太に手を振って館を出た。
外には馴染みの運転手が立っていた。
清吾が運転手に挨拶をしてピカピカの黒い車に乗り込むと、車は高級フレンチレストランへと向かった。
レストランに着くと、運転手は後ろの扉を開けるために慌てて降りようとしたが、清吾は何時ものように彼を制止して自分で扉を開けて降りた。
レストランに入り通された個室には先に俊吾が座って待っていた。彼が清吾の姿を認めると笑顔を見せて軽く片手を挙げた。
料理が運ばれて来る前にワインを二人で呑み始めて近況を語り始めた。
今でこそ二人は仲が良く見えるが、清吾が小さい時には殆ど接点は無かった。祖母を介して俊吾と偶に会うことはあっても殆ど相手にしてもらった記憶は無い。幼い頃は、俊吾の知的な顔と落ち着いた立ち居振る舞いから、冷たい人間に感じられて清吾にとって少し近寄りがたかったのを覚えている。
祖母が亡くなってから、清吾を憐んでか分からないが俊吾はイロイロと良くしてくれる様になった。祖母に頼み込まれたのだろうか。
会社を自分の物にだとかそんな野心を持つ様な人間では無いと、生前から祖母も俊吾を信用していたので、清吾もその点は全く疑ってはいない。
それどころか俊吾が会社を支えてくれている事に感謝しかない。
「へぇー、そんな事があったんだ」
知的な俊吾の顔が綻んで嬉しそうに清吾の話を聞いている。
「そっかそっか、別れたのか、あの娘とは、うん、うん」
「何か、嬉しそうだね」
「悪い、悪い、ハハハ。清吾には悪いけど、あの娘、ありゃ無いなー、って思ってたんだよねー。そりゃ、人間、顔じゃないけども。だけどもだよ! かと言って身体もなんだかチンチクリンだったからね! イヤ、悪気はないんだよ、分かるだろ? 俺の言いたい事、ん? 」
俊吾は眼鏡を直しながら嬉しそうにニヤニヤしている。
別れた彼女の優子を俊吾に紹介した事はない。が、俊吾が一度偶然を装って清吾と優子のデートの最中に現れたことが有ったのだ。清吾の事を心配してか、単なる好奇心か分からないが。
「ハハハハ、確認するけど、兎に角、清吾は今は誰とも付き合ってないんだよな? 」
俊吾が楽しそうに笑いながらも念を押した。笑いながらも彼の瞳の奥がキラリと光ったように見えた。
久しぶりの会話にワインも進み、二人で楽しく過ごすことが出来た。
食事を終えた別れ際、俊吾は「家政婦の筒井さんを今度紹介してくれよ」と笑顔で言った。清吾は今度はひかり達も一緒に食事に誘ってくれるように俊吾に頼んで別れた。
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