第17話 憩い
帰宅した清吾は今までの出来事を報告しなければと、早速ひかりの部屋を訪れるつもりであった。
だが彼女の方が先に翔太と一緒に玄関まで清吾を出迎えに来てくれた。そして清吾の無事な姿を見て安心した表情を浮かべた。翔太は清吾を見て相変わらず嬉しそうにしている。
一人で孤独に暮らしていないという事を、実感させてくれる彼女達の振る舞いが清吾にとって有り難かったし嬉しく感じた。
ひかりはお茶の用意をしにキッチンへと向かった。清吾は翔太とリビングに向かい、ひかりを待った。
リビングでコーヒーを飲みながら秋文の事をひかりに話していると、なんと彼女も美大出身だったらしく、貰った絵に興味を示した。
貰った絵をテーブルに広げた。
清吾は「『春風に抱かれて』だそうです」と照れ笑いを浮かべながらも題名を教えた。
「素敵ですね。気持ちの良い絵です。私は好きですね。清吾さん、きっと良い夢が見られますよ」
ひかりは言葉を選んでいるようにゆっくりと話しながら、優しい笑顔で絵を見ている。
気持ち良さそうに眠っている絵を飾ったからといって、本当に気持ち良く眠れるのなら世話は無い。だが、秋文とひかりの二人に言われて、清吾はそう言うものかなと考えを改めた。
「そんなに気に入ったのなら、もし良かったら、筒井さんの部屋に飾りますか? 」
清吾はコーヒーを一口飲んで、何気に訊ねた。
「そんなに立派な絵を部屋に飾れるのは嬉しい事ですが、やはり清吾さんが頂いた物ですので、遠慮いたします」
ひかりは翔太の頭を撫でながら微笑んでいた。
清吾はひかりが立派な考え方をしているな、と思いながらもやはり自分の部屋に飾るのは違和感しかなかった。アニメのポスターやフィギュアだらけの部屋に崇高そうな絵画が一点……余計に奇妙な部屋になる。
清吾の膝の上で大人しくしていた翔太は、突然膝から降りると絵に近づいて手を伸ばした。
ひかりは素早いながらもやんわりと翔太の手を払うと、彼を自分の膝に乗せ「あの方は情熱的な人なんでしょうね」と言った。
「情熱的? そうかな? あまりそんなイメージはないんですけど……」
清吾は納得いかない返事をした。
「絵に関してはそうではないでしょうか。私みたいな中途半端な者が言える立場ではないですけど……」
「ふーん、じゃあ、彼に将来性は有りますか? なんてね、フフ」
「この作品しか見ていないのでなんとも言えませんが……充分、かなり、相当凄いと私は思います」
「ホントですかぁー」
清吾はひかりの言葉を信じられなかった。
こんな身近に都合よく将来の画家などが潜んでいるとは思えない。ひかりも清吾の知り合いなのでお世辞を言うしかなかったのだろうと思ったからだ。
「ホントですよぉー」
ひかりは笑う。
清吾にはひかりの笑顔は本心を言っているようにも冗談にも思えた。
では絵の価値的にはどうなのだろうか? 近々高い金額でも付くのだろうか? と疑問に思ったのだが、下世話な質問はしないでおいた。曲がりなりにも感謝の印で貰った物に、そんな事を考えていると思われれば、ひかりに蔑まれるかもしれないと思ったからだ。
夕食後、寝室にて沢山のフィギュアとポスターに囲まれた清吾は机に置いた『春風に抱かれて』を眺めながら酎ハイを一口呑んだ。
近々額縁を買いに行かなくては……そう思いながら清吾は絵の風景に思いを馳せてみる。
清吾は絵をプレゼントされた事など無い。そして嫌々貰った絵ではある。しかし今更ではあるが秋文の気持ちが嬉しく感じている。
そしてそう感じていると段々とこの絵の事も好きになって来た。いつの間にか彼は一人でニヤニヤしながら酒も進んだ。
今後の秋文の将来性はどうなのだろうか? 絵の技術的にはどうなのか? ひかりの瞳には彼の絵はどのように映ったのだろうか? 壁に掛けた『春風に抱かれて』を眺めながら、酎ハイ片手にそんな事を考えていた。
清吾は今日の出来事に興奮冷めやらぬまま眠りについた。彼は、その夜、悪夢を見た…………。
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