第15話

 秋文は壁にもたれて立つのがやっとという感じで辛そうにしている。

「すまんね、清吾くん、あんな大金を。金はちゃんと返すからな、へへ」

 清吾に恥ずかしい所を見られた照れ隠しだろうか、秋文は力無く軽薄な笑みを浮かべた。


 清吾も頷いて笑うと秋文に歩み寄った。だが秋文は急に片手を上げ、清吾を制止した。

「イヤ、やっぱり、改めてお礼を言わせてくれ。清吾くんありがとう。本当に感謝しています。お金も、今回の借りも絶対に返します」

 何時も戯けている秋文の真剣な顔に、戸惑った清吾は、苦笑いするしかなかった。それから清吾は秋文に近づき肩を貸した。

「あの野郎、一体どういう腕力してんだろう、平手で一発やられただけなのに、まだジンジンフラフラするぜ。しかし清吾くん、アイツらが怖くなかったのか? 」

 秋文は頬を抑えながら、六角 海道の悪態を吐いた。やっと彼の調子も戻って来たのだろうか軽口を叩く。


 清吾はひかりに電話して、無事済んだ事と秋文を送ってから帰る報告した。清吾の報告を受けて電話の向こうからひかりの安堵した声が聞こえた。清吾は心配してくれる人がいる事が嬉しかった。そして自分を待っていてくれる人がいる今の環境に感謝した。


 彼女の柔らかい声を聴き清吾も先ほどの恐怖体験から、ようやく落ち着きを取り戻した。


 清吾は、秋文を部屋まで送っていく途中、なんであんな連中からお金を借りたのか、それとなく訊いてみた。


「芸術にはお金が掛かるもんなんだよ、清吾くん。色男、金と力は無かりけりってね、へへ」

 隣で歩く秋文は俯きながら自嘲しているようだった。

「何言ってんんだコイツ」とは思ったが、同時にそんなもんかなと清吾は納得した。


「それよりさっきの人、ひょっとして清吾くんの奥さんと子供かい? もの凄い美人だね」

 秋文は興味津々に問いかける。

 清吾は照れながら慌てて否定した。


 他愛もない話しをしている間に、二人は秋文のマンションに到着した。

 大体の場所は聞いていたが、物件の様子までは聞いていなかった清吾の目に映った秋文のマンションはマンションではなかった。かなりのボロアパートだった。


 清吾は秋文を誤解していたようである。

 秋文のことだから、美人OLの所有する高級マンションか、もしくは自称芸術家やタレントの卵どもと集まっておしゃれにシェアハウスにでも住んでいるのだろうと想像していたのだが。

 清吾は、イケすかないとまでは行かないが勝手に秋文をそんな目で見ていた。

 が、良い意味で裏切られた気分だった。同時に自分が秋文の事を偏見の目で見ていた浅はかさを恥じた。


 秋文のアパートは、駆け出しの俳優や、漫画家、芸術家等が、いつかは訪れる成功を夢見て日々、歯を食いしばって頑張っているような、そんなレトロなボロアパートだった。

 それも清吾の勝手な想像かもしれないが……。


 清吾に勝手に見下され、勝手に見直された事に、当然ながら秋文は全く気づいていない。

 そしてそんな彼が「どうしても部屋に寄っていって欲しい」と懇願したので、秋文を誤解していた後ろめたさもあって仕方なしに部屋に上がる事にした。

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