第6話

 家に向かって歩き出した清吾だが、やはり親子がどうしても気になった。引き返せなくなるかもしれないが、もうちょっとだけ、ほんの少しだけでも親子の様子を見てみようと思った。嫌な予感が清吾の頭から離れなくなったからだ。


 清吾は急いで来た道を引き返し、先ほどの親子と出会った大通りに戻った。


 目を凝らすと道の先にひかり親子の後ろ姿が見えた。


 彼女達の姿を見つけてホッとした清吾だが、声を掛ける事を躊躇い、暫く後をつけるかたちになった。


 ひかりは三歳の翔太に合わせた歩く速さなので、後をつける清吾も自然と歩幅が小さく歩くスピードもゆっくりになった。


 程なく河川敷に着いた。


 近くには電車専用線路の大橋が架かっており、人が渡ることは出来ない様になっている。橋の下は芝生が敷き詰められており、なだらかな芝生の坂の下、平らな芝生が続き、河口付近になると背の高い草木が茂っている。橋付近の芝生にBBQ禁止の立て札が掲げられている。


 ひかり親子はなだらかな坂になっている芝生の横のセメント階段を下りて行く。

 清吾はここで声をかけようか迷ったが、躊躇っているうちに二人は大橋の下へと行ってしまった。そのまま親子は橋の下を河方面に歩いて行く。


 途中、電車が、警笛を鳴らしながらかなりの騒音を立てて橋を渡った。慣れているようでひかりも翔太も騒音に驚きもせず歩いている。


 清吾は二人が何処へ行くのか疑問に思った。まさか二人は河を歩いて渡る気なのだろうか? 彼は階段を下りた芝生の辺りで立ち止まり二人を目で追った。


 親子二人は芝生の範囲を超え一メートルほどの高さの草木をかき分けて河岸まで行くと、二つ目の橋脚の影に入り見えなくなった。


 清吾は慌てた。両手に荷物を持ちながらも早足で二人の後を追った。

「なんでこんなところを歩くかな! 」

 心の中で呟きながら清吾は両手に荷物を持ったまま鬱陶しそうに草木をかき分けた。


 二人に気づかれないように用心しながら進むと橋脚の壁際にワンタッチのドーム型テントが、世間から隠れるようにひっそりと広げられているのを見つけた。そして、そのテントにひかりと翔太が入っていくところを目撃した。


「住居を転々とって言ってた……テントで転々って……テントで転居!? 」

 信じられない光景に出くわした清吾は目を丸くしながら口をパクパクと動かした。


 ちょうどテントからひょこっと顔を出したひかりが清吾に気がついた。

「あっ、あっ、あっ、あっ、ああ、あああっ!! 」

 彼女は驚いた顔で口をパクパクさせ、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにオロオロしている。


 決して見てはいけない場面を見てしまった清吾と、決して見られてはいけない場面を見られてしまったひかりはお互いにオロオロするばかりであった。


 狼狽えるひかりの横からヒョイと翔太が顔を出した。翔太は清吾の姿を見つけると嬉しそうにトコトコ近寄って来る。


 清吾は両手の荷物を下に置くと、未知の生物でも触るかの如く恐る恐る翔太の頭に手を触れた。そして頭を撫でた。先ほどのチョコレートが功を奏したのか、翔太は清吾の手を不思議そうに見つめながらも、ジッとしている。

 清吾は小学生の頃に初めて動物園のふれあいコーナーでウサギを触った時の感動を思い出していた。


 落ち着きを取り戻した彼はひかりに向き直った。

「ええっと、尾行していたって訳ではないのですが……さっきの話を訊いて、その、色々と気になってしまって」

 清吾は目を泳がせ、言葉を濁した。彼は自分でもどうやってこの場を取り繕って良いのか分からないのだ。

 ひかりは一旦目を伏せて悲しそうな表情をした。

 だが何か決心したように顔を上げた。清吾に秘密を知られては仕方がないと思ったのかどうかは分からないが、晴々とした顔をしている。

「……驚かれたでしょう? ご覧になった通り私たち親子はこのテントで暮らしています」

「お、驚きました、正直」

 本音を言った清吾が逆に項垂れた。

 普通キャンプ場のテントは楽しくワクワクした雰囲気を発する物なのだが、清吾から見た彼女たちの暮らすテントからは負のオーラがムンムン立ち込めていた。

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