第5話 ひかりと翔太
二人のの食事も終わり、清吾はどうやって話を切り出そうかと考えて少しの間、沈黙してしまった。
気まずい雰囲気が漂う中、女が
「久しぶりにしっかりとした食事を摂る事ができました。本当に有難うございました」
と深々と三秒ほど頭を下げた。
清吾にしてはこんなものでしっかりした食事とは言い難かったが「いえ、いえ、いえ、とんでも無いです。僕も公園で一人で食事していると怪しい奴に思われないか心配でちょうど良かったです」と気を遣った。
先ほどまで清吾は敢えて怪しげな人物になって公園にいる人達に不安感という打撃を与えようとしていたくせに、白々しい言葉を吐いた。
それから清吾が訳を訊くまでもなく、女の方から語り出した。
途中清吾は子供が暇を持て余してしまうと思い、ミナトマチで買ったチョコレートを与えて良いかと訊ねた。
女は、今更ながら遠慮がちに清吾にお礼を言うと、次に子供に許可を与えるように頷いた。
子供は清吾に「ありがとう」と拙く可愛い声を発するとチョコレートをとても嬉しそうに食べ出した。
二人はお腹が満たされ元気になったのか、女の声は若がえったようで、子供の方は可愛い顔をしている。つい先ほどまでは地獄の二人組の様だったのが嘘のようである。
清吾が話を訊くと二人は祖母と孫ではなく親子であった。
女の名前は筒井 ひかり。子供は男の子で名は翔太。「暗いのにひかり…… 」清吾は余計な一言を黙って押し殺した。
一年前、ひかりの夫は会社を経営していたが倒産し、借金を残して突然蒸発した。
それから息子と二人で逃げるように住居を転々としているそうだ。
「最近まではホステスをしてなんとか生活していましたが……」
ひかりは恥ずかしそうに目を伏せた。
清吾は「その陰鬱な顔でホステスを? 」と、またもや言いかけた言葉を飲み込んだ。
働いている間、ひかりには翔太の面倒を見てもらえる人もいなくて夜の仕事を続ける事は出来なかった。
昼の仕事を探そうにも、そんな短時間の仕事だけでは生活など到底出来るわけもない。パートの賃金だけでは保育園料を払ったらあとは残らないくらいのお金しか稼ぐ事は出来ない。
生活保護を申請しようにも住所を届け出る必要があり、それをすると借金取りに住んでいる場所が可能性がある。
生活に困窮し精神的にも疲弊しきっていた彼女はどうして良いのか分からず翔太と連れて途方に暮れていたと言う。
ひかりは清吾に今までの苦労話をしながら感情が昂ったのか、オイオイ泣き出してしまった。どうして良いのか分からない清吾はただオロオロするばかりであった。
隣でチョコレートを食べていた翔太が「ママ……だいじょぶ? 」と不安げな顔で言葉を発するとひかりの腕をしっかり掴んだ。ひかりは「大丈夫よ」と繰り返しながら翔太の頭を撫でた。嗚咽するひかりに寄り添う翔太を見て、清吾にはなんだか分からない感情が生じた。小学生の頃に亡くした母親の事を思い出し、淋しい気持ちと温かい気持ちがごちゃごちゃに溢れ出したようだ。
更にひかりの話を聴く内に、絵に描いたような不幸話に気が滅入ってしまい、清吾は慰めの言葉が全く出てこなかった。
「自分などは、ひかり親子に比べれば、幸せな方である。ひかり達は今後の生活の見通しさえ立っていないと言うのに……恋人に振られたぐらいで落ち込むなんて」と清吾は自分の不甲斐無さを痛感した。
同時に彼女らに余りにも肩入れするのは危険だと思えた。困っている人間など世の中にいくらでもいる。そんな人間全員に手を差し伸べていてはキリがない。清吾は彼女たちに深入りしないよう決心した。
「最後にこの子に、お腹いっぱい食べさせる事ができて……」
清吾が話を切り上げて立ち去ろうとする前に、彼女の方から先に席を立った。
「最後? 」
不思議に思った清吾はひかりを見上げて、何気に彼女の言葉を繰り返した。
「あっ、いえ、あの、ありがとうございました」
慌てた様子でひかりは翔太の手を握り清吾にシッカリとお辞儀をして立ち去った。清吾は慌てて袋からお菓子を取り出して、翔太に手渡した。
途中何度か彼女は振り返ってお辞儀をした。その度に翔太も振り返り清吾に手を振る。
清吾も黙って手を振りかえした。
最後に翔太が振り返って、笑顔で手を振っていたのが印象的だった。
清吾はテーブルの上の後片付けをしながら、あの親子の今後の事を考えた。「可哀想だと思うけれど関わっちゃダメな事だ」と清吾は心の中で自分に言い聞かせた。彼は今までもそうして生きて来たし……これからもそのように穏便に過ごして行くつもりである。
翔太の振り返って手を振る顔が清吾の頭に浮かんだ。彼の口元に少し笑みが溢れた。清吾は目を瞑ってゆっくりと左右に首を振りった。
それから食糧の入った袋を持って公園を出た。
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