第4話

 清吾は散々食料と酒類を買い込みミナトマチを後にした。両手に荷物を持ち、重たそうに背を丸め歩く清吾の姿は、先ほどの親子よりも疲れ果てて見えるのだろうか。


「はぁあ、あーあ」

 昨日フラれた事を引きずっている清吾はため息ばかりを吐きながらダルそうに歩く。


 坂道の下で、今からこの長い坂道を大量の荷物を持って歩いて上ぼるのかと思うと溜息どころではなくなった。

 半自暴自棄な彼はその場で500mlのパイナップル味の缶酎ハイを開けゴクゴクと半分ほど呑み干した。彼は勢いよく呑んで、程よく気分も良くなり再び歩き出した。


 坂道を歩き始め途中の公園に目をやると、小学生の子供たちや、小さい子連れの親子たちの遊ぶ姿が見える。

 今の彼の気分はは無法者である。彼は恋人から見捨てられた腹いせに、人様に迷惑をかけたくなった。人が嫌がる事をしたくなったのだ。

 清吾は残りの酎ハイをゴクリと一口呑むと薄ら笑いを浮かべて公園に入って行った。


 公園には遊具だけでなくウッドテーブルとベンチのセットが四つ点在している。

 家に辿り着くまで我慢するのが出来なくなった清吾は、買った握り寿司セットを二つテーブルに広げた。


 朝から公園で寿司を食べながらお酒を呑むような男がいたら、子供達を遊ばせている親からはかなり警戒されるだろう。自分がそんな事をするなんて、何と豪胆な事かと清吾から不敵な笑みが溢れた。


 内心ドキドキしながらもアウトロー気分で酎ハイ片手に寿司を食べ始めると、不意に背後から声をかけられた。

「あのぉ」

「はいぃぃぃっ!! 」

 清吾は心臓が止まるかと思うほど驚き、上擦った声で返事をした。お酒を呑んでいるのを注意されるのだろうかと恐る恐る振り返った清吾は、今度は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。


 そこには先程の、ドス黒いオーラを放つ親子か祖母と孫だか不確かな二人が立っていた。


 清吾は一瞬、この女に殺されるんじゃないだろうかと、恐怖で全身に鳥肌が総立ち全ての毛が逆だったのを感じた。

 身体中の毛穴全てから汗を吹き出したながら彼はやっとのことで言葉を絞り出した。

「な、な、なんでしょうか? 」

 清吾の無法者としての心はポッキリとへし折れ恐怖心だけが残っていた。


 訊ねてみたものの返事はなく、彼女は何か言い淀んでいる様子である。こちらに悪意があるようでもなく、ただ悲しそうに暗い眼を泳がせている。

 先ほどのジロジロ見ていた気まずさもあって「一緒に食べますか? なんちって、へへへ」と下らない冗談を言ってみた。

 お酒も少し入っている清吾は、何時もなら絶対にそんな事は言わない事を言ってしまった。


「え、良いんですか? 本当に? 」

 女はドス黒かった瞳を、キラキラと輝かせながら、清吾に一歩近づいた。


 清吾は要らぬことを言ってしまったと思った。が、女のまさかの返答に驚きながらも、向かいのベンチに座るようにすすめた。それからテーブルの上の握り寿司セットを一つ渡した。

「お子さんは菓子パンの方が良いのかな? 」

 清吾は言いながらスーパーの袋から菓子パンを二つ取り出した。清吾は飲み物を炭酸水と酎ハイしか買わなかった事を少し後悔した。

「ちょっと待ってて下さい。そこの自販機でお茶を買ってきますから」

 清吾は立ち上がると小走りで自動販売機へ向かった。


 お茶を買って戻って来た清吾は二人を見てギョッとした。何故なら女は涙と鼻水を流しながらお寿司を、子供の方はものすごい勢いでメロンパンをがっついていたからだ。


 それは何ともオドロオドロしい壮絶な光景であった。

 清吾たちを除いた周りはワイワイ楽しそうに遊ぶ子供達や幸せそうな家族で賑わっていると言うのに……見てはいけない物を見てしまった感と、同時に見てしまって後へは退けない感が清吾の中でぶつかった。


「とんでもない大きなトラブルを抱えてしまったかもしれない。早く、この人たちと別れなければ」と焦る気持ちとこの二人の事情も知りたいという好奇心が清吾の心に芽生えた。


 女は「有難うございます、本当に有難うございます」

 と感謝の言葉を述べながらも、休まずに寿司を食している。 隣に座る子供は黙々とパンを食べ続けている。

 清吾も二人に負けじと残りの寿司を次々口に放り込んでいく。余り味は感じなかった。


 ようやく食べ終えた女に清吾は「もし良かったら、こちらもどうぞ」と言いながら夜に食べようと思っていた弁当を差し出した。


 今度は少し遠慮する素振りを見せたが、結局やはりまだ食べるようだ。女はお礼を言うと、お腹の具合も少し落ち着いたのか弁当をゆっくりと開けた。二つ目の菓子パンの袋を開けてもらった子供の方も少し落ち着いたのか、ようやくゆっくりと食べ出した。


 清吾は話初めの取っ掛かりに「随分お腹が減っていたんですね」と言おうとしたが、女に恥を掻かせてしまいそうで言葉を飲み込んだ。

 何か言おうか考えたが、どのように質問しても失礼になりそうなので、取り敢えず二人が食べ終わるまで黙る事にした。


 今この場の三人は周りからは家族に見えるのだろうか? などと考えながら二人の食事の終わりを待つ間に酎ハイを呑み終えた清吾は、もう一缶開けようか迷ったが、止めておいた。

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