第22話アーサーとガウェイン

翌日の午前八時、大島から電話があった。

電話の内容はガウェインについての報告だった。

「竜也君、ガウェインについて三つほどわかったことがあるんだ。」

「それで、その三つとは一体なんだ?」

「まず一つ目、彼はマッチ・クリエイターのメンバーであるということ。」

これは俺も納得だった、奴はイグニスの忠実な部下だから。

「彼は今から五年前に、イグニスの運営する『クラッシャーブラザーズ』というチームに入団して、そこから一気に勝ち進んで全米の注目の的になる選手へと成長したんだ。彼は今やアメリカの騎士と言われるほど有名なんだ。」

アメリカの騎士か・・・、騎士とドラゴンは互いに敵対関係。

だったら相手として不足は無い。

「なるほど、ガウェインはそんなに凄い奴なのか・・・。」

「次に話すのはガウェインが『クラッシャーブラザーズ』に入団する前の話。彼は十八歳で総合格闘技の選手になった、だけど成果をあげられずに底辺のレベルでくすぶっている日々。そんななか今から五年前に、ある大会に出場し決勝進出まで勝ち進むことができた。しかしその決勝戦で敗北し、彼はそれから三年間総合格闘技の表舞台から姿を消したんだ。」

誰にだって辛い敗北を味わうことがある、俺にだってそれはいくつかある。

だがその敗北を忘れずに力に変えて努力し、俺は総合格闘技の世界に踏みとどまってきた。

しかし一度の敗北にくじけて逃げる奴なんて、それは勝負の世界においては追放を意味することだ。

「あいつにそんな過去があったとは・・・、あいつの強さからは想像もつかなかった。」

「まあ、人には敗北やミスをして心が大きく落ち込むことがあるからね。ガウェインの気持ちもよくわかるよ。」

大島は静かに言った。

「それで最後にわかったことはなんだ?」

「それはね、ガウェインが過去に犯罪歴があるということだよ。この情報については正しいという確証は無いけど、彼は夜な夜な通行人を突然殴っては去るという、通り魔的なことをしていたんだ。それで警察に捕まってプロ資格を剥奪されて、完全に選手生命を断たれてしまったんだ。それが数か月後には、総合格闘技の世界に舞い戻ってきたんだっていうから彼は凄いよ。」

「ていうか何で犯罪行為をした選手が、再び表舞台に舞い戻ってくるなんて何か裏があると思うがな。」

「うーん、確かにそれもそうだね。一度引退したプロの選手が再び活躍できるレベルまでに戻るのは難しいからね。もしかしたらその道に通ずる強力なコネを手に入れたことも考えられる。」

「つまりそれが、ガウェインの「クラッシャーブラザーズ」ということになるな」

「そうだね、それで私から一つ提案があるんだけどいいかな?」

大島が突然言い出した、これは何か仕掛けるようだ。

「大島、お前一体なにをする気だ?」

「アメリカ代表への取材と称して、ガウェインに近づくんだ。それで彼からクラッシャーブラザーズについて、詳しく聞いてみる。」

「そんなことしたって、あいつが簡単に教えてくれる訳がないと思うが・・・。」

「大丈夫、取材する振りをして要点を聞き出すだけだから。当日はボランティアを休んで行くから。」

「そうか、そういえば黒いマスクしているとこしか見ていないなあ・・・。」

俺はガウェインの表情を想像してみた。

「それじゃあ切るね、また電話するから」

「じゃあ、またな」

俺は通話を切った、そしてトレーニングを始めた。













それから八時間後、俺が走り込みを終えて合宿所に戻ろうと歩いていると、またガウェインに出会った。

「おい、竜也。ちょっと話がある」

「ん?何だ、ガウェイン」

「楠木正成像の近くにある木を見ろ、お前に渡したいものがある」

「おい、それは何だ?」

「それは実際に行って確認してこい、では伝えたぞ」

それだけ言ってガウェインは去って行った。

『竜也、何やら胸騒ぎがする。急いでクズノキマサシゲ像へ行かねばならん』

「わかった、あとクズノキじゃなくてクスノキだから!!」

ここから楠木正成像はちょっと遠い、俺は合宿所に戻ると岩井に事情を説明して、岩井の運転する車で楠木正成像へと向かった。

楠木正成像のところに来た俺と岩井は近くにある木を見て回った。

「おーい、竜也君ーーー!!」

「大島か、どこにいる!?」

「ここだよ、三人も一緒にいる」

俺は岩井と一緒に大島の声がする方へと向かった、するとそこには木に縛られた大島と厚田と赤谷と友近の姿があった。

俺と岩井は四人のロープをほどいて救出した。

「いやあ、助けにきてくれてありがとう」

「助けに来たんじゃない、ガウェインに言われたから来たんだ。そうしたらお前らが無様に木に縛られているのを発見したんだ。」

「そうか・・・、あいつが」

大島が考え込むしぐさをした。

「それにしても、どうしてこんなところにいたんだ?」

岩井が言うと、大島が事情を説明した。

「四時間前、朝の電話で竜也君に言った作戦をしたんだ。そしてガウェインから話を聞き終えてその場から去ろうとしたら、ガウェインに背後から殴られたんだ。もちろん三人も同じように殴られ、気を失ってしまった。それで気が付いた時にはこの木に縛り付けられていたんだ。」

「あの拳は強烈だった、竜也君の拳といい勝負だったよ」

赤谷がしみじみと言った。

「でもこうなった以上、ガウェインに接触するのは不可能ですよ」

友近が言った、これ以上詮索したら命に関わると既に察しているようだった。

「じゃあ今度は向こうから来て、彼の口から話してもらおう。」

「はあ!?大島、ガウェインをおびき出す気か?」

俺は大島の提案に呆れて開いた口が塞がらない、友近も同じ表情をしていた。

「そうですよ、我々のことはもうバレているんですから!!」

「確か、アーサーとガウェインって親友だったんだよね?」

「アーサーをエサにするのか・・・、それでどうやってガウェインを誘い出すんだ?」

「アーサー君に会いたいという内容の手紙を書いてもらって、私の仲間がそれをガウェインのところに持って行かせる。竜也君、悪いけどアーサー君が来たら頼んでくれないかな?」

「・・・まあ、いいですよ。」

「ありがとう、それじゃあ今夜は助けてくれたお礼に私が送ってあげよう。」

俺は大島の誘いを断ると、再び岩井の車に乗って合宿所に向かった。












そして翌日、今日はスポーツドリンクを買いにきた時にアーサーと出会った。

「アーサー、今から仕事か?」

「うん、これからオランダVSコンゴの試合を観戦しに行くんだ。」

「そうか。なあ、お願いを聞いてもらってもいいか?」

「もちろん、竜也君のお願いなら何でも聞いてあげるよ。」

アーサーの方は問題無さそうだ、俺はアーサーに大島が昨日言ったガウェインを誘い出す計画を話した。

「そうか、ガウェインを誘い出してマッチ・クリエイターについていろいろ聞き出すんだね。いいよ、それなら尚更協力してあげる。」

「仕事で忙しいところ悪いな」

「そんなことないよ、実を言うと大島さんの提案に感謝しているんだ。」

「ん?どういうことだ」

「僕はガウェインとあの頃から楽しく話すことをしなくなった、あの頃以降にガウェインとした話は全て記事のための取材という名目で行われていたんだ。だからガウェインと友達として話す機会をくれてありがとう。あの時聞き出せなかったことが色々あって、頭の中でモヤモヤしていた。」

アーサーはあの頃を思い浮かべて、暗い表情になった。

「そうか・・・、そんなにあの頃のこと後悔しているのか」

「うん。だから手紙を書くよ、それで手紙はいつまでに書けばいいの?」

「明日までに書いてくれ、別に文章は短くても構わない」

「じゃあ、またね」

「ああ、忘れるなよ」

その翌日、アーサーは俺に手紙を渡した。

そして俺はその手紙を大島の仲間の一人に手渡した。

そこにはこんな文章が書かれていた。

『親愛なるガウェインへ、君と話したいことがあるんだ。今日の午後二時に小石川後楽園に来てほしい、あの頃の話の続きをしよう。』

そして俺はアーサーに誘われて、小石川後楽園にきていた。

「ガウェイン・・・、来てくれるかな。」

「まあ、待つしかない。」

時計の時刻は午後二時まで十分前、俺とアーサーは時計の秒針が進むのを見つめていた。

そして十分後、ガウェインが俺たちの前に現れた。

「アーサー、久しぶりだな。」

「ガウェイン・・・、久しぶり」

「竜也も一緒か・・・。それで今さら俺に何の用事があるんだ?」

「君に訊きたいことがある、どうして君はマッチ・クリエイターに入ったの?」

ガウェインは少し黙り込んだ・・・、そしてアーサーに言った。

「俺は勝ちたかった・・・、総合格闘技の世界で生き続けるために、勝ち続けなければならなかった。」

「まさかそれって、どんな手を使ってもという意味じゃないよね?」

アーサーがガウェインに訊ねると、ガウェインは頷いた。

「そんなのダメだよ・・・、スポーツならルールを守らないといけないよ」

「やっぱりお前にはわからないか・・・、勝利することがどれだ重要なことか。最初の頃は良かった・・・、勝っても負けても俺の勝負ができていれば関係ない・・・。だが現実はそんなに甘くなかった・・・、勝たなければ大会に出場できない、勝たなければみんなから蔑まれバカにされる、勝たなければ生活が苦しくなる・・・、とにかく勝たなければ生きていけない世界だというのを全身で感じた。俺は息苦しくなって、自分が『格闘家としての死』に近づいているのを日に日に強く感じた。負ければ死ぬ・・・、俺はその気持ちに囚われていた。そして一度は格闘技の世界で自殺したんだ、俺はそれで構わなかった・・。」

ガウェインは苦渋の表情で語った。

俺にはガウェインの気持ちが理解できない、負けるのが『格闘家としての死』になるのがわからない。

「そんな時にイグニスと出会った・・・、彼は俺の気持ちを一番に理解してくれた。そして彼は言った、『そなたが格闘家として蘇りたい気持ちがあるのなら、そなたに英雄の力を授けよう』と・・・。最初はそんな話がある訳ないと思っていた、だけど俺は微かで根拠のない希望を信じて、俺はイグニスの話に乗った。そして手に入れたんだ、このジークフリートの力をね!!」

ガウェインは高揚に笑いながら言った。

俺はガウェインが哀れに思えた、勝利に憑りつかれることがここまで己を醜くさせるのだと感じた。

「ガウェイン・・・、君はもう目先の勝利しか大事にできないんだね・・・。」

アーサーが悲しみの目で言った、そしてアーサーはこう尋ねた。

「ガウェイン・・・、最後に質問させて。僕とガウェインは、友達だよね?」

「ふん、お前との友情はとうに消えている。二度と声をかけるな。」

ガウェインはそう言うと去って行った、アーサーは友情が消えた悲しみのままに涙を滝のように流した。









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