第20話勝利の聖杯
その翌日、全世界格闘技フロンティアから日本代表にお知らせが届いた。
そこには試合内容の変更について、重大なお知らせが書かれていた。
『この大会で不正行為が相次いだことで、出場するチームの減少に伴い、大会の存在が危うくなってきた。そこで大会の方式を一対一のトーナメント方式に変更し、優勝者にはそれまでの商品に加えて、【勝利の聖杯】を授けよう。これからもこの全世界格闘技フロンティアで、素晴らしい戦いを見せてくれ。
主催者・イグニス 』
そのお知らせは俺や岩井らが、目を凝視して文面を読んだ。
「ふん、全くなことだ。あんなに不正行為ばかり見せられたら、面白くなくなるわ。」
岩井が吐き捨てるように言った。
「しかしトーナメントとなると、俺たちの内の一人しか出られなくなるな・・・」
目白は考え込んだ表情になった。
「誰が出場するんだろう・・・?」
俺は特にそういうことは気にしない素振りをしていた、たとえ俺が選ばれなくなってもいいと思っていたからだ。
最初の頃は優勝を目標にひた走っていた・・・、けれどルール無視の試合を経験していくうちに、大会へのモチベーションは半減していた。それでも最後まで大会を走りぬく気持ちは最後まで持ち続けるつもりだ。
「よし、これからトーナメントに出場するメンバーを決める試合を行う。各自準備にかかるように。」
俺は準備に入った、ドラゴンが俺に言った。
『竜也、この試合は何としてでも勝利しなければならない。お前はあいつと我をなんとしてでも出会わせるのだ。』
ドラゴンが言っているのは、ジークフリートのことだ。そして俺はガウェインと決着をつけなければならない。
俺は気合いを入れて、入念にウォーミングアップをした。
そして一時間後、まずは俺VS松井の試合が行われた。
「竜也さん、今までの試合はどれも見事なものでした。ですが、この試合は負けません。胸を借りるつもりで行きます。」
「まあ、いい。それよりも早く始めよう。」
松井はきょとんとした顔になったが、直ぐに戦闘体勢をとった。
「それでは、第一試合。城ヶ崎竜也対松井権太・・・始め!!」
俺は先制のジャブを放った、松井の顔面に当たった。
しかし松井は直ぐに反撃してきた。
今思えば、松井はスタミナのある奴だった。果敢に相手に挑み、相手の勢いが落ちた隙をついて仕留めるタイプだ。
それなら一気に攻めて、KOを狙いに行ってみようか・・・。
俺は松井のキラーパンチをかがんで避けると、アッパーカットを決めた。
松井はネットに体をぶつけて倒れたが、直ぐに起き上がった。
「やるな・・・、だけどそれだけじゃあ倒れないよ!!」
松井は直ぐに攻めに出た、俺も攻めに出る。
「二人とも、いつにもまして気合い入れているな・・・。」
俺はとにかく松井の体力を早く削り切ることに精神を集中した。
「くっ・・・、攻めが早くて隙がつかめない。さすがはドラゴンだ・・・。」
松井は守りに徹している、このまま俺のスタミナ切れを狙うつもりだろう。
それなら、いっそのこと・・・。
俺はあえて攻撃をやめて距離をとった。
「さあ、どう来る松井・・・」
松井は俺が一時休憩していると踏んで、仕留めようと動いた。
俺はフェイントでかわした、そして松井をグランドにねじ伏せて片手絞めをきめた。
「うぐっ、しまった」
俺はここで仕留めるために力を入れた、ここでやつを離すわけにはいかない。
「そこまで!!勝者・城ヶ崎竜也!!」
岩井が言った、俺は松井を解放して立ち上がった。
「はぁ・・・はぁ・・・、負けた・・・。まさかあれがブラフだったなんて・・・、思わなかったよ。僕の完敗だ・・・。」
松井は悔しそうに呟きながら起き上がった。そして俺に向かい合って言った。
「君には総合格闘技の才能がある、だからこれからも負けずに頑張って」
そして松井は右手を差し出した、俺も右手を差し出して握手を交わした。
その次は目白VS松井の試合だった、俺は岩井の隣で試合を観戦していた。
「松井は安定の動き・・・、それに対して目白は技の切り替えの早さがいい。」
『竜也、相手の観察か?』
ドラゴンが言った、今集中して見ているから話しかけないでほしい。
『竜也、それはいいことだ。相手の行動と動きが予測できれば、上手に戦える。これから強い相手がぞくぞくと現れるからな、今までのようにぶつかるだけでは負けてしまうぞ。』
ドラゴンはもっともなことを言った。
「そんなことは言われなくてもわかっている、今は集中して見たいから黙っていてくれ。」
ドラゴンは少しへこみながら姿を消した。
さて試合の結果は、目白の勝利に終わった。
そして第三試合、俺VS目白の試合が始まった。
「竜也さん、俺はあんたに憧れてこの世界に入った。それからあんたを目指して、必死に強くなった。今回、あんたと戦えて本当に良かった。これから強くなる力試しに、あんたに挑む。どうかよろしくお願いします。」
目白は俺に頭を下げた、こいつ普段は中学生みたいに子供っぽいが、根は真面目なようだ。
「それでは、城ヶ崎竜也対目白炎・・・始め!!」
俺はいつも通り速攻で攻めた、技の切り替えが得意なら怒涛の攻撃で相手のペースを崩す戦法を取る。
「くっ・・・、パンチが早い!!」
「竜也、お前にはやはり格闘家としての天性の才能がある。そして何よりも唯一無二であるものは、何者も恐れさせる究極の闘争心。それがそろえば、総合格闘技の世界で光り輝く選手になる事ができる。」
俺はただ攻撃を繰り返した、しかし相手もプロで目白は俺のパンチを一度は避けた。
そして俺はその隙にカウンターパンチを喰らってしまった。
「どうだ、竜也!!」
「・・・やるな、目白」
目白はそんな俺に感化されたのか、いつもよりも激しい攻撃を繰り出した。
目白がそうするなら、俺もそうする。
「エイッ!!エイッ!!ヤァ!!」
「クッ・・・ソリャ・・・エイ!!」
ボクシングや格闘をテーマにした漫画でも、ここまで熱くなれる試合はない。
それが可能にできるのは、やはり本物の試合だ。
俺は目白に正拳突きを放った、目白は顔面をもろに喰らい、攻撃が止まった。
「よし、今だ!!」
俺は少し後ろに下がると、そこから飛び上がって拳を繰り出した。
「スタンピング・タイラント!!」
目白はグランドに叩きつけられ、気を失った。
「そこまで!!勝者・城ヶ崎竜也!!」
俺は息を切らしてリングから降りた、これまでのトレーニングの中で一番体力を使ったトレーニングになった。
「みんな、今日はここまでだ。誰を代表に選出するかは、一週間後発表する。それではまたな」
岩井はそう言い残して去って行った。
その日の夜、俺のスマホに大島から電話がかかってきた。
「もしもし、竜也君。そういえば、全世界格闘技フロンティアの試合内容が変更になったそうだね」
「ああ、なんかトーナメント方式になったそうだな。」
「うん、それで優勝者には勝利の聖杯が渡されるようなんだけど、それって一体なんだろうか?」
「うーん、ネット上では勝利の聖杯についてかなり話題になっているらしい。今までは『こんな下品な大会は初めてだ』とか『はやくこの大会を中止にしろ!!』など、全世界格闘技フロンティアへの非難が大多数だったけど、今は勝利の聖杯とは何かについての話題が大きくなっているんだ。」
「もしかして、イグニスはトーナメント方式への変更と勝利の聖杯で大会をリニューアルしたんじゃないか?」
「なるほど・・・、そうすれば違う大会としてまた新しい動画を撮影できたり、人々の関心を集めることができる。」
「それで話は変わるけど、あんたを見込んで頼みがあるんだ?」
「何だい竜也君?」
「実はガウェインというアメリカ代表の選手について調べてほしいんだ。」
「ああ、いいよ。でも、どうしてガウェインのことが知りたいの?」
「あいつはどうも、アーサーの昔の親友らしい。アーサーはあいつとはまだ会っていないようなんだ、だからアーサーとガウェインが会う前にガウェインの過去について何か一つでもアーサーに教えたほうがいいと思うんだ。」
「わかった、こっちで調べて見るよ。後、大会がトーナメント方式に変わっても油断はできないよ、竜也君。」
「わかっているさ、そっちもバレねえようにな」
俺はスマホを切ると、ベッドにもぐりこんだ。
「さて・・・、これからこの大会はどうなるんだ?」
俺はそうつぶやいて眠りに着いた。
トーナメント戦が始まるまでは、まだ二週間はある。
そこで岩井からリフレッシュとして、四日間自宅に帰ってもいいと言われた。
なので俺は約五ヵ月ぶりに名古屋へと戻ってきた。
帰ってきたからにはやるべきことがあった、上原セレナの墓参りだ。
試合のスケジュールで命日の日に来ることはできなかったが、今日を逃したら墓参りに行くのは難しいだろう。
俺は名古屋駅から列車と徒歩で、セレナの墓がある八事霊園に到着した。
八事霊園に着くと、獅童の姿があった。
「ん?獅童、お前がどうしてここにいるんだ?」
「竜也さん、ここに祖母が眠っているんです。ですからお参りに来たんです。」
「そうか、俺もお参りに来たんだ。」
「竜也さんの家族も、ここに眠っているんですね。」
「俺に・・・、そんなもんはない。」
俺の本当の両親は、俺を山奥に捨てた。
それがなければドラゴンに出会えなかったが、それを差し引いても俺は両親を決して許さない。
「竜也君・・・」
獅童はそれ以上俺に何も言わなかった。
俺はセレナの墓の水を入れ替えると、花瓶に花を挿して手を合わせた。
「セレナ・・・、これから俺はある大一番に挑んでくる。だから見ていてくれ、空の上からな」
俺はセレナとの因業を思い浮かべた。
平和公園でナイフ片手に俺に挑んできたあの時。
お袋の提案で文殊と愛の家で暮らした日々・・・。
お使いの途中で一緒にいた僅かな時間・・・。
そして白血病の再発という絶望を思い知らされたあの時。
それでも死の時が来るまで生き続けた、セレナの覚悟の強さ。
そしてあの時、試合中に俺に語り掛けてきたセレナの声。
そして最後の葬式での、セレナを亡くした悲しみ・・・。
その一つ一つが、俺にとって生涯の一ページに残る永遠の思い出なのだ。
「それじゃあな、セレナ」
俺は八事霊園を出た、そして電車と徒歩で久しぶりに文殊と愛の家に戻ってきた。
「竜也さん、お帰り!!」
「試合見ています、いつもカッコいいです!!」
「さすが無敵のドラゴンキングだぜ、必殺のスタンピング・タイラントマジで最高だぜ!!」
子どもたちは相変わらず俺の事を慕っている、別にそんなに俺の存在価値は高くないが。
「竜也、お帰りなさい。今日はここに泊って行きなさい。」
「ああ、そうだな。今日はここで一泊するとするか。」
こうして俺は、文殊と愛の家で戦いの前の一時の休みに入るのだった。
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