第16話ドラゴンと円卓の騎士
翌日、起床して朝食を食べていた俺は、衝撃的なものを目撃した。
食堂に一台置いてあるテレビ、そこに映し出されたのはこのニュースだ。
『今日の午前四時、愛知県名古屋港近海で漁をしている男が、全裸になっている男性の水死体を発見しました。男は遺体を網で回収し、港に戻って海上保安庁に通報したとのことです。捜査によりますと遺体の男性は
一条が殺された・・・、これは予想外だった。
岩井たちが食中毒で入院したときに病院で連絡先の交換をして以降、何も連絡はなく音信不通になっていた。
てっきり情報収集しているのかと思っていたが、殺されて海に捨てられていたとは思わなかった。
そして俺だけではなく、岩井・松井・目白の三人も、食事を止めて呆然とテレビ画面を見つめていた。
「まさか、一条が・・・。」
岩井もニュースの衝撃で、それしか言えなかった。
『竜也、一条を殺したのはマッチ・クリエイターの仕業だ。』
ドラゴンが言った。
一条はこの全世界格闘技フロンティアをルール違反無しの健全な大会にしようと奔走していた、だとしたら何でもありな試合の動画で大儲けしようとするマッチ・クリエイターとしては邪魔な存在だ。
「俺もそう思う、やはりあいつらはやることがおかしい。」
「竜也、一体誰と話しているんだ?」
俺は慌ててごまかした、岩井たちにはドラゴンの姿は見えない。
「それにしても、一条さんが一体どうして・・・?」
「さあな、だが残念なことだ。入院していた時、一条は試合している俺たちの気持ちを理解して、何度も慰めてくれた。そんな彼が殺されるなんて、世知辛い世の中だぜ・・・。」
岩井は暗い表情でため息をついた、しかしそれから十分後にはいつも通りにトレーニングが始まった。
それから三十分後、トレーニング中の俺に獅童が声をかけた。
「竜也、お客さんが来ていますよ。」
「なんだ、アーサーか」
「違う、君のお父さんと若い女性が来ているよ。」
俺は驚いた、まさか親父が来ているのか?
俺が合宿所の入り口に来ると、本当に永久がスーツ姿で現れた。
「竜也、久しぶりだな。テレビでお前の活躍を見ているぞ、やはりお前は強いなあ。」
永久は自慢する口調で言って俺の肩を叩いた、となりの若い女が永久をたしなめるように咳払いをした。
彼女は
「竜也さん、大島さんから伝言を預かっています。それを報告しに参りました。トレーニング中のところ恐れ入りますが、お時間をいただいてもいいですか?」
「ああ、構わない。」
俺は永久と友近と食堂に向かい、話を始めた。
「今回、竜也さんにお話しするのはマッチ・クリエイターについてのことです。」
「ああ、それならアーサーから聞いている。この全世界格闘技フロンティアで無法な試合をするために暗躍している組織で、ボスの名前がイグニスって奴だな。」
「そこまでご存知でしたか・・・、それじゃあ説明は省きますね。」
「ていうか、どうして大島がマッチ・クリエイターについて知っているんだ?」
友近は経緯を話しだした。
厚田と一緒に名古屋に帰還した大島、だが連中は名古屋まで大島と厚田を追いかけてきた。それなら逆に捕まえてやろうと、組織の力で連中を上手くおびき出して、連中の仲間二名を捕えることに成功した。そして問い詰めたところ、二名は「マッチ・クリエイター」の一員であること、俺と一緒にオーランドの顔を見た大島と厚田を始末するためにやってきたこと、そしてマッチ・クリエイターの一部情報について白状した。そして大島は全世界格闘技フロンティアでの不正行為を知って、マッチ・クリエイターの陰謀が許せなくなり、永久にも声をかけてマッチ・クリエイターの陰謀をそししてやろうと動き出したのである。ちなみに捕えた二名は警察に自首させたそうだ。
「なるほど、あいつらしいな。協力しているお前たちも、苦労しているのがよくわかるよ。」
「本当にその通りだわ。悪の組織を相手にするのは、アニメみたいに必ず上手く行くわけじゃないのに・・・、大島さんったら子どもみたいにやる気満々になっているわ。」
友近はため息をついた、大島の道楽に付き合うのはやはり面倒なようだ。
「話がそれましたね、私と永久はあなたにマッチ・クリエイターの討伐にご協力していただけないかどうか、本日訪問しました。」
「俺は協力しない、マッチ・クリエイターが許せない気持ちは解るが、俺には大事な試合がある。だから協力するのは無理だ。」
俺は永久と友近にはっきりと言った、二人は俺に向けてこう言った。
「そうですよね、大島さんからも特に無理強いさせる必要はないと言っていました。それでも、大島さんは本気でやりますよ。」
「友近さんの言う通りだ、目の前に大きな悪があればそれは無くさなければならない。そして何より、マッチ・クリエイターとイグニスの身勝手な行動のせいで、竜也が理不尽な状況で試合をさせられていることが、我慢できない。だから我々はマッチ・クリエイターを討伐する。」
二人の意志は固いようだ、俺がどう説得しようがやる気持ちがこめられている。
「それに一条さんの仇もかねて、この計画を実行するって大島さんは言っていたわ。」
「一条・・・ああ、名古屋港沖で遺体で発見されたそうだな。」
「それで全国格闘技協会のメンバーから聞いた話だけど、一条さんは、全国格闘技協会にイグニスたちを追い出す計画について、色んな人々に協力を募ったそうだよ。それだけこの状況に危機感を感じ、したたかに行動してたんだろう・・・。」
「そうだよな・・・。俺は一条を最後に見たのは病院だったけど、一条は俺に『全世界格闘技フロンティアの健全化』に協力を求めていた。俺がOKしたら、一条は嬉しそうに喜んでいた。もし俺が一条さんに協力できることがあったとするならば、あの時に一条さんを安全な場所に誘導させることだけだったな・・・。」
もう過去はどうにもならないから受け入れるしかないが、一条の死には俺の心に小さな穴を開けたのも事実だ。
「ふぅ・・・、それで二人はこれからどうするんだ?」
俺は遠くに視線を向けて二人に質問した。
「私はこの後、東京で二人の仲間と出会って名古屋に戻るわ。そして名古屋で作戦を立てて、近いうちに東京にまた来るわ。」
「私も友近さんと同じだ、そして必ず竜也に正々堂々とした試合をさせてあげるからな。それまで、負けずにがんばれよ!!」
ああ、言われなくても俺は試合で頑張るぜ。
それから永久と友近は合宿所から去って行き、俺はトレーニングを再開した。
その日の午後五時、俺がスポーツドリンクを購入して合宿所に帰ろうとした時だった。
「おい、竜也」
不意に後ろから声がした。振り向くと、以前俺に攻撃してきた黒いマスクの男が現れた。
「あ、お前は・・・!!」
あの時、お前とやりあったおかげで俺は警察に連れて行かれて、事実を理解してもらえない苦しみを味わった。
「今日はお前と戦いに来たのではない、お前に会ってほしい人がいるんだ。」
「会ってほしい人・・・?」
「もしそいつに会いたくないと言ってもいい、ただしその時は俺とタイマンをしてもらうがな。」
冗談じゃない、もう警察に連れて行かれるのはごめんだ。
上から目線は気に入らないが、俺は男の言う事を聞くことにした。
男に案内されたのは、JR水道橋駅にある喫茶店。
男が指定した席に座る、その向かいの席には別の男が座っている。
「連れてきた、繋げろ」
黒いマスクの男が指示すると、その男は持っていたカバンからノートパソコンを取り出して作業を始めた。
「今からお前には、リモートで話してもらう。」
「直接ここに来るんじゃないのか?」
「ああ、忙しい方だからな。申し訳ないがそうさせてもらう。」
そして男の作業が終わり、パソコンの画面が俺に向けられた。
そこにはスーツ姿の顔の整った男がいた、年齢は俺と同い年あたりだろう。
『君がタイラント城ケ崎・・・、本名は城ヶ崎竜也だね。』
「ああ、お前は何者だ?」
『私はイグニス、君が出ている全世界格闘技フロンティアの主催者だ』
俺は初めて諸悪の根源の顔を見た、俺は顔面全体に力が入った。
「イグニス・・・、俺に何の用だ?」
「私は今までの君の戦いを見させてもらった、本当に素晴らしい戦いだった。どんな状況でも、激しく勝利を求めるその姿勢、まさに格闘家としての信念を貫いている。
そして君の最大の魅力はあの逆鱗の如く暴走する闘争心、その後の勝利には必ず勝利する麻薬のような爽快感が強く感じられた。君のような逸材に出会ったのは奇跡だ、そこで私は君を『パワー・エンターテインメント』にスカウトしたい。君と一緒にいるガウェイン、黒いマスクをしている彼が所属しているチームだ。もちろん報酬も名誉も、お前が望むだけのものをくれてやる。さあ、どうする?」
イグニスは俺にパソコンの画面越しでも解る熱い視線を向けた、こんなクソ試合の主催者という事実と相まって、気持ち悪い印象を強くする。
「はっきり言ってお断りだ、お前みたいな奴の言いなりになんかなりたくない。」
『ふーむ・・・、まあそう簡単に首を縦にはふらないか。それなら君は何を望む?』
「お前が全世界格闘技フロンティアの主催者を辞めることだ。」
『な、何だと!!』
「おい、ふざけたこと言うんじゃねえぞ!!」
ガウェインが俺の胸ぐらを掴んだ、だが俺はここで口を止めなかった。
「おい、イグニス!!貴様はこの全世界格闘技フロンティアで、総合格闘技を侮辱した。勝利をしたい選手の心につけこんで、ドーピングを与えたり不正行為をさせたりして・・・。お前がネットでみんなに見せているのは格闘技の試合じゃねえ、ただのケンカだ!!」
「んだと、このお!!」
ガウェインが俺を殴ろうとした時、イグニスが「待て」とガウェインに指示をだした。
『私の価値観が理解できないようだな・・・。最高の逸材と言える程の才能があるのに・・・、君には失望した。スカウトを諦める代わりに、一つ質問してもいいか?』
「・・・何だそれは?」
「ガウェインから聞いた話によると、君からドラゴンを感じたという。そのドラゴンというのは、君が思うになんなのか教えてくれ。」
「それは俺の強さを見た人の印象に強く残るイメージです、俺には自分がどうしてドラゴンと呼ばれているのか、興味がねえ。」
『そうか、もういいぞ。帰りたまえ』
ここでリモートは切れた、俺は強く俺を睨むガウェインの視線を背に受けて、喫茶店を後にした。
午後九時過ぎ、就寝直前の俺に大島からかかってきた。
「竜也、また私の誘いを断ったそうだね。」
「ああ、ていうかあんなこと始めるなんて驚いた。しかも俺の親父まで巻き込んで」
「今回は大規模な戦いになりそうだ、君も見かけることになるだろうから、覗いてみるといいよ」
「ところで今回は何人くるんだ?」
「アーサーと私を入れた十人だ、円卓の騎士みたいだろ?」
俺はアーサーが十人の兵士を連れているようすを思い浮かべた、あんまりかっこよくなかった。
そして俺は通話を切って就寝した。
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