第9話大会に潜む巨悪の思惑

俺はリングではないどこかに座り込んでいた。

そこでこれまでのアンジェロのした行為について振り返る。

「あれは試合をしている選手ではない・・・、ケンカをしている奴の顔だった・・、最後にケンカしたのはいつだったか・・・。」

俺がケンカを頻繁にしていたのは、中学から高校にかけての頃。

当時のケンカは殴るや蹴るは当たり前で、木刀や金属バットやナイフなどの武器を使ったり、砂を顔にかけたり金的攻撃もあった。

とにかく制限無しのバトル、あの頃は大怪我をしながらもそんなバトルに情熱を燃やしていた。

しかし今ではそんなバトルに全く燃えることはなく、見ていて馬鹿馬鹿しいことをしているというふうにしか感じなかった。

それは俺がプロの選手になったからだろう・・・。

『竜也、お前はこんなところで何をしている?』

静かに圧迫感を感じるこの声は、ドラゴンのものだった。

「ドラゴンか・・・、俺は負けたのか・・・。」

『竜也、今から立ち上がればまだ間に合う。お前はこんなことで敗北してはいけない、己のために勝ち続けるのだ。』

ドラゴンの力強い言葉に俺は活力を授かり、再び戦場へと帰還した。









『さあ、竜也選手!!気を失ってしまった。レフェリーのカウントが刻一刻と近づいていく、ここまで無敗のドラゴンがついに敗北してしまうのかーーーっ!!』

俺は身体を震わせながら何とか気力だけで立ち上がった。

「竜也選手、立ちました!!やはりドラゴンの異名を持っているだけに、そう簡単にはやられない!!さあ、ここから怒涛の逆転はできるのか!!』

俺はただ立っているだけで精一杯だった・・・。

『竜也、我の力を持って逆鱗を体現せよ』

ドラゴンから力が送り込まれた、俺の心に闘争心が補填される。

アンジェロはしぶとい俺に小さく舌打ちをした、それが俺の攻撃のボタンを押した。

俺はアンジェロの顔面に拳をぶつけた、アンジェロは顔を歪めて倒れた。

そこから俺は拳をアンジェロにぶつけた、今までしてきた俺に対しての反則技以上のダメージをアンジェロに与えてやる。

『竜也選手、怒涛の連打撃だ!!まさに逆鱗、こうなったらもう誰も彼を止められません!竜也選手、このままKOにしてしまうのか!?」

俺はアンジェロをとにかく殴り、最後に気合いを入れたアッパーカットをした。

その衝撃は凄まじく、アンジェロのマウスピースを口から外した。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

俺は顔面が歪んだアンジェロを見つめた、眼はよく見えなかったが白目だったのは間違いない。

レフェリーのカウントが終わっても、アンジェロは立ち上がらなかった。

ゴングが鳴り響き実況が叫ぶ。

『竜也選手、またもや奇跡的な大逆転!!無敗記録を更新、そして日本代表に得点を入れる活躍を見せました!!果たして、このタイラント城ケ崎を止められる選手は現れるのでしょうか?次回の試合が楽しみです』

俺がリングから降りようとしたとき、ふと目に留まったのはアンジェロの口から出たマウスピース。

よく見ると、刀をぶつ切りにしたような金属の刃が二つ付いていた。

「まさかマウスピースにこんな細工をするとは・・・、普通のケンカでもここまではやらないぞ。」

リングから降りるとすぐに下田が俺に言った。

「すぐに医務室へ行こう、酷い反則技を受けたからな」

こうして俺は下田に連れられて医務室へ向かった。








幸い俺の目に異常はなく、肩に包帯を巻いて終わりという結果になった。

医務室のベッドで休んでいると、アーサーと大島が入ってきた。

「竜也君、大丈夫かい?今日の試合で酷い怪我をしたって聞いたけど・・・」

「ああ、大丈夫だ。」

「良かった・・・。」

大島はほっと胸をなでおろした。

「そういえば今日はアーサーが来ていなかったな、別の取材をしていたのか?」

「うん、フランス代表の選手が亡くなったって知らせが来て、そっちの取材に行っていたんだ。」

「そんな事件があったのか・・・。」

俺は気にしないふうを装っていたが、何か嫌な予感を感じていた。

そしてその予感の的中が、大島の口から伝えられた。

「そして亡くなったというフランス代表の選手というのが・・・、君と戦ったオーランドだったんだ。」

俺は驚いて声が出なかった。あの俺を敗北寸前まで追い詰め、俺と大島と厚田で介抱したあいつが、まさか死んでしまうとは・・・。

「まさか竜也君と大島さんがオーランドを助けていたとは思わなかったよ、それで助けた時に何かおかしなこととかなかった?」

「おかしなこと・・・、俺が救急車を呼ぼうとしたら、それを拒んで『宿舎まで送ってほしい』と言ったことだな。」

「うーん、確かに妙だね。普通に考えて違和感を感じるよ。」

「俺の予想なんだけど、診察されるとマズいことがあったんじゃないかっておもうんだ。」

「うーん、たぶんドーピングをしている可能性はあるね。」

「それで、オーランドはどこで死んでいたんだ?」

「神田川に浮いていた、第一発見者は明大通りでオーランドが浮いているのを発見したそうだ。」

「だとすると、どこかで殺されて神田川に捨てられたことも考えられるな・・・。」

『そもそも、オーランドのことについて格闘選手以外に分かっていることはあるのか?もしかしたら、意外な一面が見えるかもしれない。』

ドラゴンが言うことも最もだ、人が殺されるには必ず理由があるはずだ。

「オーランドについては、大会の成績と経歴しかわかっていない。プライベートについては調べたことがないからな・・・。」

俺とアーサーと大島が首をひねって考えたが、オーランドが何故殺されたのかはっきりとした答えを出すことが出来なかった。











翌日、合宿所にまた猪名川がやってきた。

「竜也、ちょっと話を聞いてもいいか?」

「あ、はい。わかりました」

猪名川が俺に訊ねたのは、やはりオーランドのことについてだった。

俺は猪名川に、オーランドのことについて正直に話した。

俺にもオーランドのことについて気になることがあったので、猪名川に訊ねた。

「あの、オーランドの遺体に何か変なことはありませんでしたか?」

「オーランドを司法解剖した結果、体内からドーピングの薬物に含まれる成分が検出された。」

やはり俺の予想通りになった、ドーピングの使用が発覚すればスポーツの世界では大きなタブーとなる。

病院で原因を調べれば、おのずと原因が明らかになるだろう。

「やはりあいつはクスリを・・・。」

「だが、オーランドの直接的な死因は絞殺だ。となると他殺の可能性がでてくる。」

「そうですか・・・。」

猪名川はもう用事は無いと合宿所を出ようとした、俺は言いたいことがあり、猪名川を呼び止めた。

「猪名川、ちょっと待ってくれ。」

「どうしたんだ竜也?」

「昨日の試合で俺は不正のある試合を受けた、だがレフェリーはその不正を見過ごしていた。この大会は・・・、何かがおかしい。」

俺が言うと、猪名川は俺にこんな話をした。

「お前も感じていたか・・・、実は全世界格闘技フロンティアは全国格闘技協会が開催しているが、その背後には世界中の大富豪たちが絡んでいる。」

「世界中の大富豪・・・?」

「二ヶ月前、アメリカ人のイグニスという人物が全国格闘技協会に『総合格闘技の世界大会を開催してほしい』と依頼し、全国格闘技協会に資金提供をした。コロナウイルスの影響で落ち込む経済に莫大な利益を与えるという意味でも、この話は好機だった。だが実際にはルール無視で戦わせる、デスマッチと言ってもいい試合を全世界中に向かて発進するものだった・・・。全国格闘技協会はこれに反対したが、提供した資金を返せと言われて何も言えなかった・・・。それから多くの大富豪が自国の選手を参加させるために、全国格闘技協会に金を渡した。」

「なるほど・・・、それでどうやって大富豪たちは儲けるつもりなんだ?あの試合は無観客だから、チケット販売されていないだろ」

「インターネットだよ、試合の映像をインターネット上の専用サイトと動画配信サイトで有料公開する、YouTubeにもチャンネルを立ち上げて一般公開向けに「お試し動画」を配信し、全編を見たい方にはメンバー登録を勧める、そうすれば毎月収益が手に入る。大会の公式グッズも、インターネット上で販売すればいい。」

もはやインターネットは商売をする場所にもなっている、金の儲けようはいくらでもあるのだ。

「つまり、オーランドは奴らにとって邪魔になったから、消されたということか・・・。」

「それはもう少し捜査してみないとわからんが、その可能性はあるな。それじゃあ私は失礼するよ。」

猪名川が合宿所を出ると、ドラゴンが俺に言った。

『気にするな、人が集まるところで金が動くのは当然。選手であるお前が気にすることではない。』

俺はドラゴンの言う通りだと思った。





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