第8話醜態の予感
この日、アーサーが自身の過去について語ったのはここまで。
アーサーはここで話題を変えた。
「竜也・・・、純粋にこの大会に参加している君には言わない方がいいかもしれない・・、でも言ってもいいかな?」
アーサーは申し訳なさそうに俺に訊ねた、アーサーは一体何を言おうとしているのだろう?
「構わん、話したいなら話せばいい」
「じゃあ、言うよ。この大会には不正が多いんだ、ドーピングとか反則技がほとんどだけどね。今日もメキシコVS中国の試合が行われたけど、そこで中国の選手がドーピングを使用した事実が発覚したんだ。しかも中国はこれまでの試合でも、選手一人が必ずドーピングに手を出していたんだ。これはスポーツを取材している僕にとって、ショッキングな事実だったよ・・・。」
ドーピングに反則技・・・、俺は勝利のために手を尽くすことにとやかく言わない。
俺が試合でもし反則技を使われても、俺は相手を罵倒する気にはなれない。
「そうか・・・、みんな試合で勝つためにこんなことまでするんだな。」
「でもルールを守ってこそスポーツは熱狂的に盛り上がると僕は思う、もし反則技やドーピングが蔓延したら純粋に試合を楽しめなくなるよ。」
アーサーの言う事も最もだ、試合というのは選手のためだけにあるのではない。
『人は勝利や名声を手に入れるために、人道を踏み外した策を講じることがある。それが勝利のための正義か、決まりを破る悪かは個人それぞれが決めることだ。』
ドラゴンが言った、勝利への思いは選手と観客の違いだけで随分違う。だから反則技やドーピングといった手段が今でも行われているのだ。
「あれ・・・?ドラゴンが喋っている・・・」
「え!?アーサー・・・、ドラゴンの声が聞こえているのか?」
「うん、十歳のあの日もドラゴンが叫んでいる声が聞こえていたんだ。」
「マジか・・・、やっぱりお前はただものじゃないな・・・。」
俺は十歳の頃にアーサーが今まで出会ってきた人物とは違うことに驚異を感じていたが、十五年たってそのことを再確認した。
そして俺とアーサーは、それから十分間雑談した後別れた。
翌日、俺がトレーニングでジョギングをしていた時の事。
御茶ノ水方面へと俺が走っていると、様子がおかしい外国人と出会った。
『竜也、あいつは昨日の・・・。』
ドラゴンに言われて俺は思い出した、昨日の試合で俺を極限まで追い詰めたフランス人のオーランドだった。
オーランドはおぼつかない足取りで歩いていたかと思うと、突然前のめりに倒れた。
「おい!どうしたんだ!?」
俺はオーランドに駆け寄った、オーランドは意識はあるが顔色は最悪なほど悪く、目は虚ろだ。
俺がスマホで119番通報しようとすると、オーランドはかすれた声で俺に訴えた。
「病院は・・・、勘弁してくれ・・・」
「おい、それどういう意味だよ。お前は自分の状況が解らないのか?」
俺は疑問をぶつけた、するとオーランドはさらに喋った。
「俺の宿舎・・・、案内するから・・・頼む」
俺は仕方なしにオーランドの肩を持って、オーランドのいる宿舎まで運ぶことにした。
少し歩いていると、俺に気づいて一台の車が停車した。
車から降りてきたのは大島だった、大島はオーランドを運んでいる俺にとても驚いていた。
「竜也くん、これは一体どういうことだ!?」
俺は大島に一通りの事情を説明した。
「それは大変だ、早く病院へ行かないと、さあ乗って!!」
「悪いけど、送って行くならオーランドが宿舎にしてほしいそうだ。」
「・・・それはどうしてだい?」
大島も俺同様に首を傾げた、しかしオーランドの容態に大島は疑問を引っ込めて、オーランドを後部座席に乗せた。
俺も大島と一緒に車に乗りこみ、車を運転する
フランス代表が泊っている宿舎は四ツ谷にあった。
宿舎前に車を停めて、オーランドを宿舎の中へと運んだ。
フランス代表の監督が俺たちに気づいて何かを喋っていた、幸い厚田がフランス語ができたので厚田に事情を説明した。
監督は俺たちを医務室に案内し、オーランドをベッドに寝かせた。
そして俺たちは宿舎を出て、厚田の車に乗り込んだ。
「それにしてもどうにかなって良かった、オーランドの体調が良くなるといいな。」
「大島さん、変だと思いませんか?」
「変というのはどういう意味だ?」
「オーランドがどうして病院ではなく、フランス代表の宿舎に連れて行くようにお願いしたのかということです。普通に考えて違和感を感じなかったのか?」
俺が大島に訊ねると、大島は腕を組んで考え込んだ。
「確かに妙だ、体調的に緊急事態な人間が病院を拒むのは何かあるな・・・。」
「おそらく体を診察されるとマズいことがある・・・。」
「診察されると良くないこと・・・?」
「例えば、薬物を使用した痕跡が見つかるとか。」
「それはドーピングということか!?」
大島は驚いて俺の方を見た。
「確証は無いが、可能性はある。」
俺は大島に、昨夜アーサーから聞いた話をした。
「この大会にそんなことがあったのか・・・。勝ちたいという気持ちは誰にでもあるが、それにこだわり過ぎると大切なものを失うだけじゃなく、大きな代償を背負うことになる。戦争に敗北した国のようにね。」
大島はため息をつきながら言った。
「スポーツ競技のドーピングは、世界的なスポーツにおける問題です。薬物で選手を無理矢理強化させて試合するなんて、人道的に反する行為です。ドーピングによる選手への悪影響もありますからね。」
厚田が言った。
それから俺は車で合宿所まで送ってもらった。
翌日、日本VSイタリアの試合が行われた。
最初の相手は目白VSマッド、次の試合は松井VSパッチャブルと続き、なんと日本側が二連敗してしまった。
この時点でイタリアの勝利は確定、だが目白と松井はこの試合に納得できないことがあると言い出した。
「俺と戦ったマッドなんだけど、あいつメリケンサックしてたんだぜ。攻撃してきた時に、ハッキリ見えたぜ。」
「あのパッチャブルなんか、頭突きしたり肘で殴ってきたりしたぜ。これってルール違反だよな?」
目白と松井の言う事に岩井は納得した。
そして岩井はレフリーに苦情を言った、しかし岩井の訴えは聞き入れてもらえずに、岩井とレフリーの口論が続いた。
『やはり、この大会には何か大きな裏があるな・・・。」
ドラゴンが言った、俺はドラゴンの言う「大きな裏」がとても気になった。
そして予想外の出来事が起きた、なんと特別に第三試合が行われることになったのだ。
「もしこの試合に日本代表が勝利することができたら、敗者に関係なく一点が与えられる。ただしイタリア代表が勝てば、イタリア代表に三点が入ることになる。つまりこの試合に勝てば日本の優勢は変わらないが、イタリアが勝てばイタリアが三位へと一気に順位が上がる。今日の日本の敗北は確定したが、この試合には負けられない。竜也、この試合に必ず勝て。」
岩井は俺の肩を持って真剣な口調で言った。
俺は何も言わずに頷いて、リングの上に上がった。
「赤コーナ、愛知の巨竜・タイラント城ケ崎っーーー!!」
「青コーナ、コロッセオの覇者・アンジェローーー!!」
アンジェロは体格的にいえば俺より一回り小柄だ、だが試合にはそんなことは一切関係ない。
「レディー・・・ファイト!!」
ゴングの音が鳴った、まずは互いにジャブの打ち合い。
ところが突然俺の顔に何かが吹きかけられた、俺は手で顔を覆った。
「一体何が・・・ガハッ!!」
この隙にアンジェロから攻撃を受けた。
攻撃を受けたら攻撃か防御をしなければならない、しかし目に染みた何かの刺激が強すぎてそれどころではない。
「おい!!誰か竜也の顔面に何か吹きかけたぞ!!出て来い、捕まえてやる!!」
「竜也!!大丈夫か!!」
俺はアンジェロから一方的に殴られた、だがそれだけじゃなかった。
アンジェロはまるでオオカミのように俺に飛び掛かり、俺の右肩に噛みついた。
「いだだだ!!痛い!!」
その痛みは苛烈だった、どう考えても人に噛まれて発する痛みではない。
「おい、レフェリー!!あいつ反則だろ!!とっとと止めさせろ!!」
岩井の激しい怒りの声が聞こえた、しかしレフェリーに反応は無く、俺とアンジェロを見ている。
俺の血がリングの一部に赤い染みをつけさせる。
「くそっ、こいつ!!・・・早く離れろ・・・!」
俺は渾身の力を左の拳に込めて、アンジェロの顔面を殴った。
アンジェロは俺の肩から口を離した、だがアンジェロは再び立ち上がる。
出血が多かったのか、俺の意識がかなり消えかかっている。
「はぁ・・・はぁ・・・、倒さ・・・なきゃ・・・。」
俺は落ちてしまった・・・。
世界には強い相手がいることは知っていた・・・、ただ反則技をする相手に敗れてしまったことが俺の悔いだ・・・。
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