第7話あれからアーサーは(1)

翌日、俺はアーサーと一緒に合宿所に来た猪名川に、例のボイスレコーダーを手渡した。

音声を聞き終えた猪名川は、俺とアーサーに言った。

「それにしても、病院内でボイスレコーダーを使うなんて普通は不審者がするものだが・・・、博末が何かの組織に加入していたか、手を貸していたという証拠になるな。このボイスレコーダーは、証拠として預かっておこう。」

「あの、博末について何かわかりました?」

俺は猪名川に訊ねた、猪名川は少し迷ったが俺に言った。

「お前に言えることといえば、博末が金に困っていたぐらいのことだ。博末の経歴を洗ってわかったことだが、彼は元々旅行会社のバス運転手として働いていた。だが去年の十一月、新型コロナウイルスによる不景気で、勤めていた旅行会社からリストラされてしまった。それからは職探しに明け暮れる毎日、しかし職は見つからずに貯金は減る一方、とうとう住んでいたアパートも追い出されてとうとうホームレスになってしまったそうだ。」

「実家に帰らなかったのか?」

「博末の実家にも行ってみたが、過去に両親とトラブルがあったようだが、その内容については俺にもわからん。それで博末の友人から聞いた話によると、一カ月前に全世界格闘技フロンティアに出場する日本代表を乗せるバスのドライバーをすることになったと博末は言っていた。久しぶりの仕事に喜んでいたそうだ。」

猪名川はそれだけ言うと、合宿所を後にした。









翌日、日本VSフランスの試合が日本武道館で行われた。

最初の対決は松井VSユゲイ、互いに絞め技の掛け合いが行われたが、松井は勝てなかった。

次の対決は目白VSシャネル、こちらは拳の打合いが続くバトルで、目白が勝利した。

「よし・・・、竜也。お前の出番だ、最後まで頑張っていけ!!」

岩井に肩を持たれながら言われた、言われなくても戦うつもりだ。

俺がリングに上がると、凶悪な人相の男が入ってきた。

俺にはわからないフランス語で何か俺に言っている、挑発しているだろう、フランス人とは思えないほど粗暴な男だ。

『赤コーナ、愛知の巨竜・タイラント城ケ崎ーーーっ!!』

『青コーナ、ジェボーダンの魔獣・オーランドファランス!!』

そして互いに睨みあいながら、ファイティングポーズを取った。

『レディー・・・、ファイト!!』

お互いに激しいパンチの打合いが始まった、キラーパンチとアッパーカットが互いに相手の隙をついて放たれる。

『さあ激しい殴り合いだ、まるでドラゴンVSジェボーダンの獣!!互いに昔のヨーロッパから恐れられている伝説上の生き物、果たして勝つのはどちらなのか!!』

俺は無意識だった、相手に殴られて痛いはずなのに痛みが気にならない。

「いいぞ、ガンバレ!!やれやれ、そのままいけ!!」

俺への応援も聞こえない、とにかく相手を倒すことに夢中だった。

しかし、相手に幸運がやってきた。オーランドファランスのアッパーカットが俺のアゴに命中した。

俺は衝撃にこらえきれず、リングのネットに体をぶつけた。

そして倒れた俺に向かって裸絞をした。

『アーッ、オーランド選手!!リア・ネイキッド・チョークをした!!しかも両足が完全に胴体にフックしている!!これは逃げられない、竜也選手!!ここからの大逆転は不可能だ。このままオーランド選手の勝利が決まるのか!!』

「何てことだ。竜也、しっかりしろ!!」

俺の喉が強く圧迫されている、このままでは失神して落ちてしまう。

眼を狙う攻撃をすれば起死回生の一手になるが、ルール上反則負けになってしまう。

「ぐっ・・・、ああっ・・・ううっ・・・。」

「竜也、ガンバレ!!ドラゴンが憑りついている君が、こんな簡単にやられる訳が無い!!」

朦朧とする意識の中でアーサーの声がした、そういえばアーサーが来ていたな・・。

『竜也、今ここで我が力を使うか?さあ、勝利のために覚悟を決めよ』

ドラゴンが訴えかける、言われなくてもここがドラゴンの力の使いどころだ。

俺の体にドラゴンの力が流れ込み、理性が完全に封じ込まれる。

俺はオーランドの右腕を力任せに首から離した、そして立ち上がってオーランドを背中から投げた。

「し・・・信じられん、リア・ネイキッド・チョークから脱出するなんて、なんて奴なんだ・・・。」

「す・・・凄いよ、竜也!!今まで見てきたなかで最高の逆転だ!!」

『これは信じられません、決められたら絶対に逃げられないリア・ネイキッド・チョークから脱出!!竜也選手、これまでにも人間離れした瞬間を見せてくれましたが、これは過去最高の離れ業だ!!これが城ヶ崎竜也選手!!もはや人ではない、ドラゴンだ!!』

俺はリング外での驚愕する人々をよそに、俺はオーランドに袖車絞めをした。

『さあ、今度は竜也選手が絞めにかかった!!圧倒的な力で仕留めにかかる、オーランド選手は必死の抵抗すらできないほど苦しんでいるぞ!!』

もがき苦しむオーランドは、まさに断末魔を思わせた。

そして彼は力なく落ちてしまった、俺はここでドラゴンの力から解放され、オーランドから離れた。

レフリーのカウントが始まったが、カウントが終わっても彼は立ち上がらずに、ゴングの音が高らかに響いた。

『勝者ーーーっ、タイラント城ケ崎!!総合格闘技史上、前代未聞のファイト!!圧倒的パワー!!見事な大逆転!!こんな試合に立ち会えて、私はとても感動しています!!この全世界格闘技フロンティアのベストバトルに入るのは確定です!!ありがとう、タイラント城ケ崎!君はまさにドラゴンキングだ!!』

俺がリングを下りると、岩井・アーサー・松井・目白が俺を称賛した。そして俺は今日の試合に勝てて良かったと、心の底から感じていた。












翌日、俺を取材しに多くの記者たちがなだれ込むように合宿所にやってきた。

何でも昨日の試合にかなり感動したようだが、俺からしてみればドラゴンの力を使ったことを除けば、普通に試合をしていただけだ。どこに感動したのか、わからない。

記者の数が多すぎてトレーニングにならないので、ドラゴンの威圧で記者たちを早々に帰らせた。

ただ、アーサーだけは威圧が効かずにその場にいた。

「あいつには効かないか・・・。」

『まあ、以前から竜也には慣れているし、あの時は逃げ出したが今は成長したということだな。』

ドラゴンの言う通りだ、俺はアーサーに声をかけた。

「アーサー、取材なら後にしてくれ。今からトレーニングの時間だ」

「いいや、もう記事のネタはまとめて会社に送ってある。今回は君と会う用事を取り付けたくて来たんだ。」

「個人的に会いたいんだな・・・、じゃあ今夜の九時から十時までなら会えるぜ。」

「ありがとう。それじゃあまたね」

アーサーは笑顔で帰って行った。















そして九時十分頃、予告通りアーサーはやってきた。

コンビニで買ってきた缶コーヒーを俺に渡して、合宿所の前の階段に腰を落とした。

階段って上るよりも座っている方がいいよな。

「それで、話しって何?」

「大島さんから昔の君について教えてもらったんだ。」

俺は「あいつ・・・」と静かな怒りで拳を握りしめた。

「君が山の中で二年も生きていたのには驚いたよ、その時にドラゴンに出会ったんだね。君があの頃から他人と関わることを嫌う理由がわかったよ。」

アーサーの顔は俺の過去を教えた時の大島に似ていた、ただ感想も批評もせずに優しい顔で話を聞く。

あの時の大島にもドラゴンを見せたが、驚きつつも恐れることはなかった。

「言いたいことはそれだけか?」

「いいや、今度は僕の過去を教えてあげるよ。」

アーサーの過去・・・、言われてみれば気になった。

「教えてくれるのか?」

「もちろん、でも全部は教えないよ。」

「は?」

「だってそうした方が、物語みたいで面白いじゃん。」

イタズラな笑みを浮かべながら、アーサーは過去を話し始めた。











日本から逃げるようにアメリカへ帰国したアーサーだったが、イジメによる心の傷と人間不信は簡単には完治せずに、アーサーはそれから約四年間ほど家の自分の部屋に引きこもる生活を送っていた。

両親との会話はしなくなり、毎日通っていた学校も全く通わなくなった。

アーサーの勉強のために母親は家庭教師を雇ったが、アーサーが暴れて家庭教師に怪我をさせたことで、それからは家庭教師ではなく自宅で勉強できるホームスクールで勉強させた。

食事は母親がアーサーの部屋のドア前に置いて、アーサーが食べ終えたら再び部屋のドア前に置いて母親が回収するという感じだった。

そんな生活を送っていたある日、当時十四歳のアーサーに衝撃的な出来事が起きた。

アーサーが部屋で勉強していると、一階のリビングから激しい言い争いの声が聞こえた。

うるさくてたまらなくなったアーサーは、黙らせようと一階のリビングに向かった。

ドアを乱暴に開け、「うるせえよ!!」と怒鳴るつもりだった・・・。

しかしリビングにいたのは久しぶりに見る両親と初めて見る男がいた、男は両親よりも若かった。

アーサーはドアを開けたまま、驚きで固まった。

「あら、アーサーじゃない。丁度いいわ、お父さんの隣に座りなさい。」

母親の真剣な剣幕にアーサーは怒る気持ちを失い、大人しく父親の隣の椅子に座った。

「アーサー、お母さんはもうあなたのお母さんではなくなる。覚えておきなさい」

困惑するアーサーに父親は状況を説明した。

それによるとアーサーの両親は離婚することになったというもので、離婚の原因は母親の不倫。

母親は部屋に引きこもるアーサーに失望し見限りをつけ、三年前から職場の同僚である男と夜中に父親の目を盗んで会っていたという。

父親は母親の態度の変化に違和感を感じ、秘密裏に探偵に調査を依頼したところ、不倫が発覚。

父親が不倫の証拠を突きつけると、母親は悪びれない態度で「会っている男を連れてくるから、離婚について話し合いましょう」と言った。

アーサーは告げられた事実の衝撃で、両親と男との会話が耳に入ってこない。

一時間後に母親は男と一緒に家からいなくなった。

「アーサー、これからは父さんと二人で生きていかなければならない・・・。」

父親の悲しげな言葉がアーサーの心に突き刺さった・・・。

自分が今のようになってしまったから、母さんが男と一緒に出ていってしまった。

そしてアーサーは立ち直ることを誓った。

そしてアーサーの両親は離婚した。

しかしアーサー家の財産は家屋以外は母親のものなので、アーサー家は離婚をきっかけに急激に貧しくなってしまった・・・。





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