第4話ドラゴンとアーサーとの因業
事故に遭ってから三日後、俺は病院を退院した。
しかし間宮・神宮・千堂と岩井は引き続き入院、俺だけが合宿所にいた。
この事故を受けて日本代表はてっきり全世界格闘技フロンティアを棄権すると思っていた、しかし全世界格闘技フロンティアの試合日を一週間延期することになっただけで、棄権することはなかった。
その理由は合宿所に来た大島から教えてもらった、元々全世界格闘技フロンティアは日本が開催したものなので、その日本が棄権したとなったら他国に格好がつかないということだ。
こうして一人での自主練が続いたが、一人でいることは慣れていたし、うるさく言われないのでむしろ好都合だ。
翌日、合宿所にトラックがやってきて、トラックから降りてきた四人が間宮・神宮・千堂の部屋から、それぞれ荷物を運び出して荷台に乗せた。
四人の内の一人に訊ねたところ、三人共大会を辞退することが決定したので、合宿所から引き払う作業をしているということだった。
こうして大会への出場者は俺だけになった。
俺が退院してから六日後、松葉づえをつきながら岩井が現れた。
「お前・・・、ずっと自主練をしていたのか?」
「ああ、いつでも試合に出れるようにな。」
「真面目だな・・、これからは私のトレーニングに従ってもらう。」
岩井は真剣な顔で言った、ここでは反抗的になっている場合じゃない。
「わかりました。」
「本当に頼むぞ、唯一奇跡的に無傷だったのはお前だ。お前にはまだ、日本代表を背負える力がある。」
岩井は俺の肩を両手で持って自信のある声で言った、その声に俺はどこか嬉しさを感じた。
その翌日、アーサーと大島が合宿所にやってきた。
アーサーは「一人だけの日本代表」というタイトルで、俺の特集をスポーツ誌に載せるらしい。
俺がトレーニングを終えると、アーサーは俺に取材を始めた。
取材は三十分で終わった、アーサーが合宿所から出ると大島が俺に質問した。
「君とアーサーの過去について教えてくれ。」
という訳で、俺とアーサーとの因業を語ろう。長くなるが、聴いてほしい。
俺が小学五年生の頃、俺のクラスにアメリカからホームステイにやってきた少年がいた、そいつがアーサーだ。
俺はというと、クラスの教室ではなく特別支援クラスの教室にたった一人。
小学三年生のころにやったピアノ破壊事件により、俺は他の生徒と一緒にいることができなくなり、ここで小学校を卒業するまで授業を受けた。
特別支援クラスというのは名ばかりで、本当は俺という規格外の悪ガキを閉じ込める為の檻。そのため当時の生徒や先生から「ドラゴンの牢屋」と言われ、滅多に近寄ることはなかった。
特別支援クラスにいるのは基本的に、俺と生徒指導の
俺は鬼頭先生からクラスの情報を教えてもらっていた、アーサーの来日も教えてもらったが、特に俺自身は感心がなかった。
俺は特別支援クラスに入っていても、相変わらず同級生から蔑まれていた。
ただ俺の力と度胸が人並み外れているのは周知されているので、イジメの手口は正面から近寄っていくのではなく、陰口などの陰険な手段がほとんどだった。
そんなある日の放課後、いつも俺だけのはずのこの教室に金髪の少年が入ってきた。
「・・・お前誰だ?」
俺は睨みながらアーサーを見た。
「ぼく?ぼくはアーサー、アメリカから来たんだ。」
「ああ、ホームステイしにきたのはお前だな。とっとと出ていってくれ。」
俺は凄みながら言った、しかしアーサーは平然と首を傾げた。
「どうしてそんなこと言うの?僕は君と友達になりたいだけなのに」
「あ?俺には友達なんていらない、だから早く出ていけ。」
「そんなこと言わないで、僕と話そうよ。」
俺がキレてアーサーを殴ろうと立ち上がった時、ドラゴンが俺を止めた。
「何すんだよ、ドラゴン。」
『我はこの者に興味がわいた、お前に怯まずに楽しく話しかけるとは大したものだ。』
「何言っているんだよ、どう見たって大したことなさそうだけど・・・。」
『いや、きっとお前を変えるいいきっかけになるかもしれん。」
ドラゴンの意志は固いようだ、俺は仕方なくドラゴンの言う通りにした。
「わかったよ・・・、それで何を話すんだ?」
「いいの!?やったー!」
アーサーは飛び上がって喜んだ、そして俺はドラゴンの言う通りにしたことを後悔することになった。
それからアーサーは毎日のように特別支援クラスにやってきた。
鬼頭はやってくるアーサーを追い払うどころか、「これからも、竜也のために来てくれ」なんてことをアーサーに言った。
俺は昼放課になると一人で学校の中を歩き回る。
特に意味はないが、当時は退屈しのぎになった。
しかしそこにもアーサーがついてくるようになった、俺は面倒な気持ちになった。
「よお、竜也。」
そこにさらなる面倒なやつが、
あいつは当時、いつも仲間を引き連れて俺に嫌味たらしく絡んでいた。
「お前、本当にいつも乱暴だな・・・。少しは俺たちのことも考えて、大人しくしていたらどうなんだ?」
「そうだ、そうだ!!お前、うぜえんだよ!!」
いつも聞いている罵倒、ていうか喋っている方も飽きないのか。
「あ、お前アーサーじゃねえか!!」
獄山の仲間の一人がアーサーの存在に気づいた。
「お前、どうしてドラゴンと一緒にいるんだよ?」
「僕はドラゴンと友達なんだ。君たちも竜也と友達になる?」
俺と獄山たちは「ふざけるな!!」と心の中で共感した。
「なる訳ねえだろ、そんな化け物と?」
「そうだよ、こいつはイカれているんだ。」
都合のいい正義で訴える獄山たちに、アーサーは言った。
「竜也君は化け物じゃないし、イカれてもいないよ。ただ僕の友達なだけさ。」
そう言うとアーサーは俺の腕を引っ張って、呆然としている獄山たちの横を通り過ぎていった。
校庭に出た所で、俺はアーサーの手を乱暴に振り払った。
「お前、勝手なことを言うなよ。俺はお前を友達だとは認めていない、お前はただの迷惑なやつだ。」
ここまで罵倒したら、さすがに怒って俺の前からいなくなるだろうと思った。
しかしアーサーは、こんなことを言った。
「じゃあ、いつでもそばにいてあげるよ。これならずーっと友達だよ。」
あ、こりゃどうしようもない。呆然とアーサーを見つめながら、アーサーを追い払う事を諦めた。
『ほら見ろ、かなり面白そうなやつじゃないか。我の目に狂いは無いようだ。』
ドラゴンが胸を張って言った。
「ねえ、将来の夢は何になりたい?」
ある日、アーサーが俺に話しかけた。
「将来の夢なんて、特に無い。」
「ええ!?そんなのもったいないよ、夢があれば頑張れるのに。」
「じゃあ、お前の夢はなんだ?」
「僕は科学者、そしてハーバード大学で研究することなんだ。」
「ふーん・・・。」
「じゃあ、約束しよう。互いの夢が叶ったら、その結果を手紙に書いて、送るって。僕も科学者になったら手紙書くから。」
勝手な約束だ、そもそも将来なんてどうなるかわからないものに、願望を持つ方がばかげているのだ。
「アーサー!!」
「あっ、裕香ちゃん。」
アーサーのおそらく初恋の相手の少女・
裕香はショートヘアーが可愛いと評判で、アーサーが転校してきた日からアーサーのことが気になっていたようだ。
「ねえねえ、明日一緒にピクニックに行こうよ。」
「うん、じゃあ竜也君も一緒に行かない?」
裕香は気まずそうに俺を見た、俺はそっぽを向いた。
「あの、竜也君は行きたく無さそうだし来なくていいよ。」
裕香は優しい口調で言ったが、それは「あんたは来ないで」という裏の気持ちが込められている一言だ。
その後アーサーは、裕香と楽しそうに手をつなぎながら俺の前から消えた。
『あの裕香って少女・・・、何かあるな』
「そうか?特に楽しそうにしている以外、何も変なところはないが?」
しかし、ドラゴンの懸念は的中することになった。
それから一週間、アーサーは特別支援クラスに来なくなった。
なぜ来なくなったのかという疑問よりも、煩わしい奴がいなくなって清々したという気持ちが大きかったので、アーサーのことは全く気にならなかった。
しかしアーサーは、突然やってきた。
しかも元気が無くて、全身で絶望を表現しているように落ち込んでいる。
アーサーは校舎裏に来て欲しいと俺に言った。
校舎裏に来るとアーサーは話し出した。
「竜也・・・、君がここまで嫌われていたとは思わなかった。僕は君と知り合ったことで、みんなの敵になってしまった・・・。僕はドラゴンの手先だと後ろ指をさしてくる、そして物を隠されたり出会い頭に叩かれたりするようになった。先生に相談しても「竜也と関わろうとしたお前もよくない」というんだ。イジメは酷くなるばかりだ・・・、どうして君はそこまでみんなから嫌われているの?」
なんだ、そんなことか・・・。
嫌われている理由なら、明かしてもいい。
俺はドラゴンに頼んで、姿を現すようにしてもらった。
俺の背後でドラゴンが咆哮を上げる、アーサーは腰が抜けて全身が震えだした。
「これは・・・どういうこと?ど・・・ドラゴンが・・・。」
「これが俺の嫌われている理由だ、俺はドラゴンの力であいつらのイジメを跳ね返した、先生が止めようがそれも跳ね返した。だからあいつらと先生たちは、俺を恐れて忌み嫌うんだよ。」
ドラゴンのプレッシャーはアーサーには強すぎた。
ドラゴンが顔をアーサーに近づけると、アーサーはあっさりと逃げ出した。
『どうやら、我の威圧が強すぎたようだ・・・。』
ドラゴンは残念そうに言った。
それからアーサーは特別支援クラスに来なくなった。
特に何も気にしていない、これで気楽な一人に戻れた。
俺が校内をうろついていると、獄山たちと裕香に出会った。
「ドラゴン、子分を失くした気分はどうだ?」
獄山が俺に嫌らしく言った。
「アーサー、あんたの本性を知って逃げ出したそうだね。全く、あんたは本当に嫌われ者よね。」
裕香は俺を見て冷たく笑った、俺は裕香に言った。
「アーサーのこと、今はどう思っている?」
「ああ、最初は好きだったけど、竜也と知り合っていたことを知ってから冷めたわ。それでデートの日に、獄山くんたちとたっぷり可愛がったの」
俺は全てを察すると、獄山たちと裕香の横を通り過ぎた。
それから数日後、鬼頭から話を聞いた。
アーサーが帰国することになったというものだ。
アーサーはドラゴンを見た日から不登校になり、ホームステイ先で引きこもるようになった。
それで不登校児を抱えていられないとホームステイ先の人が、アーサーの両親と相談してアーサーを帰国させることにしたそうだ。
「これを読んでくれ。」
そう言って鬼頭が俺に手紙を手渡した、そこにはアーサーの字でこう書かれていた。
『竜也・・・、あの時僕はドラゴンに怯えて逃げ出してしまった。君はあの時、一番思っていることを言っているのに、僕はドラゴンが怖くて聞いていなかった・・・。みんなが怖がり蔑むのもよくわかった、それでも竜也君は僕の友達だ。僕のそばにいてくれてありがとう、それじゃあさようなら。
アーサー』
俺は手紙を破いてゴミ箱に捨てた、鬼頭が何か怒っていたが聞こえていない。
これが俺とアーサーとの因業である。
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