ループ①―2

「なに、これ…」




私はまだ夢の中にいるんだろうか。


そう思ってしまうくらいにはあり得ないことが起こってる。




だって本当なら、今は11月のはずなのだ。


祥真が死んでから3ヶ月が経っていて、その間私はずっと後悔に苛まれ、悲嘆に暮れてただひたすらに泣き続けていた。




「祥真…」




彼のことを想うと、また涙が目尻から浮かんでくるのを感じる。


あの日以来片時だって 、私は祥真のことを忘れたことなんてない。




本当に本当に大好きだった、ずっと一緒に過ごしてきた大切な幼馴染。


誰より大事だったのに、気付けば傷付けてしまっていた人。




彼に謝りたいって、何度思ったことだろう。


時間が巻き戻って欲しいと願った回数なんて数えきれない。


だけど、現実は残酷で、そんなことは実際にあり得るはずがないって、そう思っていたのにーーー








そこまで考えたところで、私はハッとする。




「……そうだ!祥真!祥真は!?」




今が夢の中だろうが時間が巻き戻っていよういが、そんなことはこの際どうでもいい。




私にとっては今が7月6日であるかどうか、それだけが重要だ。


スマホが狂っていないのなら、今この瞬間には間違いなく祥真がこの世に生存してるはずなのだから。




「邪魔よ!」




そのことに気付いた私は勢いよく被っていた布団を払いのけ、立ち上がった。


その際視界に映ったかけ布団には染みのひとつもなかったことを確認して、私はますます上機嫌になる。


遮るものがなくなった私を包む空気は、少し肌寒い。




そういえばあの頃は寝るとき、いつもクーラーを全開にしてたっけ。


忘れていた記憶が掘り起こされ、歓喜が次第にこみ上げてくるのを肌で感じる。


私は窓辺に立つと、閉じられていたカーテンを震える手で、勢いよく開け放つ。












そしてそこに、彼はいた。








「あ、あ、あああああぁぁぁぁ……」






ちょうど制服に着替えていたのか、ズボンを履き、シャツへと袖を通す祥真が、そこにいたのだ。




生きて、動いている祥真が今私の目の前にーーーー






「ううう…ぁぁぁぁぁ……」




手を窓辺に置いたまま、へなへなと床へと膝をつく。


どうやら腰が抜けてしまったらしい。


これではきっと、当分立ち上がることはできないだろう。


今朝は祥真を迎えに行くこともできないに違いない。




「えへ、えへへへ…やった、やったよぉ…」




だけど、それでも良かった。


祥真が生きている。そのことと引き換えに腰が抜けたというなら、いくらでもこうして膝をついてやる。


涙だっていくらでも流そう。私の目が溢れてるのはさっきまでの後悔を伴ったそれではなく、喜びの涙なのだから。




「神様、ありがとうございます。本当にありがとうございます…!」




幸福のあまり、気付けば神様へ感謝の言葉を綴っていた。


神様は確かにこの世に存在していたのだ。


私にやり直しの機会をこうして与えてくれたことに、もはや感謝の念しかない。




きっと、私が心の底から後悔していることを察してくれて、こうしてチャンスをくれたんだ。


これからは彼を大切にして、そして幸せになりなさい。


そう言ってくれているのだと、私は感じた。




「うん、うん…!私、これからは祥真のことを大切にします…!ふたりでもう一度やり直して、あんなことにならないようにしますから…!」




私は誓う。もうあんなことを祥真には絶対にさせないと。


あんなことだって言わせない。


祥真を救い、私が彼のことを今度こそ幸せにしてあげるんだ…!




「私、頑張るからね…!」




ああ、だけど。


こんなに嬉しい気持ちになったのは、いつ以来だろう。


少なくとも祥真が死ぬ前なのは確かだ。




そうだ、思い出してきた。


彼が死ぬ前の私は不安に襲われることもあったけど、彼が側にいることに幸せを覚えていたんだ。


この幸せに、もっと浸っていたかった。




「……ちょっとくらい、ワガママいってもいいよね?」




名残惜しさはあったけど、這うようにしてベッドへと向かう。


そこにはスマホがあるからだ。私はゆっくり手を伸ばした。




「今回だけ。今回だけだから…」




今の私は立てる状態じゃないから、自分から祥真に会いに行くのは難しい。


だけど、どうしても祥真に直接会いたかったのだ。




会って話をしたかった。


彼の声をもう一度聞きたかった。


早く早く聞きたかった。




そのためには、彼に迎えに来てもらうしかない。


だからこうしてスマホで呼び出す以外に道はない。


仕方ないんだと、これっきりだからと、自分に強く言い聞かせた。




「でも、これってなんだかお姫様みたい…」




悲劇の運命に囚われたお姫様が、王子様と再会を果たす。


なんだか物語のヒロインになったみたいな気持ちになる。


私は少しうっとりしながら、彼が電話に出てくれることを、今か今かと待ち望んだ。

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