PROLOGUE
Plologue01―ドジっ娘メイドの明日
"砂漠要塞"ラージャハの周囲に広がる広大なカスロット砂漠。太陽神の加護である日差しは今日も眩しく、砂漠は想像を絶する暑さとなっている。
そんな過酷な環境の中、少女は杖を突きながらゆっくりと歩いていた。
「あ、暑すぎるっす……」
杖を突いて立ち止まった後、苦しそうな顔で呻く。杖に体重を預けており、今にでも倒れてしまいそうだ。
砂漠を歩き続けて丸三日。水も食料もまだ辛うじて残っているが、既に体力が限界だった。あまりの暑さに眩暈がする。頭がどうにかなってしまいそうだった。
「いつになったらラージャハに着くっすか……」
少女の目的地はラージャハだった。実力さえあれば蛮族ですら受け入れる国家ならば、ナイトメアでも仕事にありつけるという情報を耳にしたからだ。
しかし、行けども行けども砂ばかり。見回しても建物どころか、オアシスすら見えてこない。蜃気楼でも見えれば少しは希望も持てたのだろうか。
「も、もう駄目っす……」
どさりと音を立てて砂の上に倒れ込む。身体が全くいう事を効かず、少女は死を覚悟した。
こうなるのが自分の運命だったのだろうか。もう何も考えられなくなり、揺らいでいた意識が暗闇に堕ちていった。
時は数週間前に遡る。
物心ついたころには孤児だったナイトメアの少女は、ディガット山脈の西側にある緑豊かな村の村長に引き取られた。名前も無かった少女はベルクと名付けられ、村長の姓名を貰ってベルク・ライスフェルトとなった。
村長からの待遇は決して悪いものではなかった。実の娘のように可愛がりはしなかったが、衣食住はきちんと与えた上に迫害もしなかった。村長に相応しい良き人格者だったと言えるだろう。
しかし、成長したベルクが使用人として村長の住む屋敷で働き始めてから状況は一変する。
「こら、ベルク。また皿を割ったのか。」
「ご、ごめんなさいっす。」
どこか抜けているところがあるベルクに、使用人という仕事は致命的に向いていなかったと言える。いくら言っても失敗ばかりの彼女に、主人である村長もさすがに呆れ果てていた。
そして、村長が大切にしていた壺を割ったある日、遂にこう告げられる。
「ベルク、お前さんにはこの仕事は向いとらん。済まないが、これ以上ここで雇うことはできん。」
ベルクに反論はできなかった。今すぐにでも屋敷から叩き出されてもおかしくないと思っていたからだ。
もちろん、彼女は適当な仕事をやっていたつもりはない。だが、一生懸命やっても自分に嫌気がさすほどに失敗ばかりだった。
「じゃあ、このお屋敷にはもう。」
「置いておくことはできんな。お前さんももう立派な大人だ。いつまでも私が面倒をみるわけにはいかん。」
「そうっすよね……」
いつかこの日が来ることは分かっていた。
いつも笑顔の絶えない彼女だが、今ばかりはさすがに顔を伏せ、泣き出してしまいそうなぐらい悲しそうな表情を浮かべた。
「だが、無一文で屋敷から出すつもりはない。ほら、餞別だ。」
「えっ!?」
ふと顔を上げる。見てみれば、村長はベルクに対して銭が詰まった革袋を渡そうとしていた。
「退職金だ。遠慮をせずに持っていきなさい。」
「こ、こんな額は貰えないっす。自分のミスで追い出されるわけっすから……」
「きっとお前さんに向いている仕事があるはずだ。ラージャハならば、ナイトメアが理由で差別されることはないだろう。まずはそこを目指しなさい。」
村長は完全にベルクのことを見捨てているわけではなかった。思いがけない優しさに彼女は涙する。ここまで育ててくれた恩もあった。
そして、決意した。何があっても諦めず、精一杯生き抜くことを。今度こそ、期待を裏切らないことを。
「わかったっす。今まで本当にお世話になったっす!」
それが、このザマだ。
どうすれば良かったのかは明白だ。
無計画にラージャハなど目指すべきではなかった。
金をケチらず、ラージャハ行のラクダ便に乗っておけば。
迷って野垂れ死ぬこともなかっただろう。
どうしてこうもそそっかしいのか。
同じ間違いを何度も繰り返すのか。
意識が混濁する中で、彼女は自問自答を繰り返した。
――――不意に目が覚める。知らない天井が見えた。
ここは何処だろうか、とベルクは慌てて身体をベッドから起こす。
「おっ、起きたかい。」
知らない女性が傍に立っていた。屈強な身体、重厚な革鎧。腰帯には鞘付きの剣が差さっている。
冒険者だろうか。村でもたまに依頼でこういう恰好をした人物が来ていたのを見ていたので、推察することができた。
「自分が誰だか分かるかい。記憶喪失とかは勘弁しておくれよ。」
「ベルク……ライスフェルトっす。ここは何処っすか。」
ライスフェルトまで名乗るかどうか迷ったが、結局名乗ってしまった。
周囲を見回すと、どうやらここは宿の個室のようだった。屋敷と比べれば質素なものだが、暮らすために最低限の物は揃っていた。
「冒険者の宿さ。お嬢ちゃんが砂漠のど真ん中で倒れてたからね、慌ててラージャハまで連れてきたんだ。」
「ラージャハ!」
幸運にも、ベルクが目指していた目的地だった。思わず声を上げてしまい、冒険者の女性に咎められる。
「あまり大声を出さないでおくれ。宿の主人に追い出されちまう。」
「ご、ごめんなさいっす。」
「でも、その反応だとお嬢ちゃんはラージャハを目指してたのかい。どうしてこんな所まで。」
「ええっと、仕事を探してたっす。」
ベルクは自分がナイトメアで仕事を探すためにラージャハを目指していたことや屋敷を追い出されたことなど、今までの経緯を説明する。
冒険者の女性は納得するが、同時に思い悩む仕草を見せる。
「うーん、仕事といっても冒険者はお勧めできないねえ。武器も持ってないだろう。」
「武器はあるっすよ。杖が……って、私の荷物は!」
慌てて再度周囲を見回す。ベッドの傍に持っていた鞄が置いてあるのを見つけるが、杖は何処にも見当たらない。
「杖なんてどこにも落ちてなかったよ。」
「そ、そんなぁ。あれが無いと魔法も使えないっす。」
ベルクは酷く落ち込んだ仕草を見せる。
森羅魔法の心得はあるが、専用の杖が無ければ行使することはできない。護身用の武器としての役割も兼ねていたので、かなりの痛手だった。
「まあまあ。杖なんてまた買い直せばいいじゃないか。命があっただけ良かっただろう。」
「確かにそうっすけど。」
冒険者の女性は励ますようにベルクの両肩を叩く。
「少しの間くらいなら宿が面倒を見てくれるさ。給仕でもしてお金を稼げばいい。」
「給仕……上手くできる自信がないっす。」
「何事も挑戦だよ。自信がないからって立ち止まってても仕方がないだろう。」
「そ、そうっすよね!」
励まされたベルクは屋敷を出たときにした決意を思い出す。
何があっても諦めず、精一杯生き抜くことを決めたのだ。
「あたしが昔使ってたお古の剣をあげるよ。剣の稽古もつけてあげるから、元気だしな。」
「そ、そこまでしていただいていいんすか。」
「構わないさ。もちろん、依頼の合間だけどね。お嬢ちゃんのような子が辛気臭い顔をしてたら、こっちまで気分が落ちちまう。」
冒険者の女性はベルクに優しげな笑みを浮かべる。
ベルクは見ず知らずの自分にここまでしてくれる彼女を疑いもせず、ただかっこいいと尊敬してしまった。
失敗をして落ち込んでいる自分よりこんな存在でありたいと、心からそう思ったのだ。
その日から特訓の日々が始まった。今まで出来なかった家事を宿の女主人から徹底的に叩き込まれ、冒険者の女性からは実戦で使える剣技をみっちりと教え込まれた。
普通の人間ならば根を上げてもおかしくはなかったが、ベルクはそれらを真面目に取り組み、少しずつだが腕を上げていった。
宿に世話になり始めてから三ヶ月が経過した頃。
冒険者の女性はベルクに掲示板に貼られていたとある張り紙を持ってきた。
「ええっと……キングスフォールの魔動列車型冒険者ギルドで、乗員兼冒険者を募集?」
「ベルク嬢ちゃんに丁度いいんじゃないかって思ってね。給仕の仕事も頑張ってるだろう?」
「確かに今やってることを、ここなら活かせるかも……」
「ベルク嬢ちゃんなら大丈夫さ。なに、駄目でもまたここに帰ってくればいい。」
冒険者の女性は、張り紙に釘付けになっているベルクの背中を叩いて元気づける。
「で、でも。お世話になった宿の皆さんに恩返しできてないっす。」
三ヶ月という短い間だったが、宿に所属している冒険者や女主人にはすぐに言葉で言い表せないぐらいの恩があった。ベルクはその恩を返さないままでこの宿を出て行ってしまうことに後ろめたさを感じていた。
「気にしなさんな。ベルク嬢ちゃんの幸せが一番さ。宿の皆もきっとそう思ってる。」
「……うぅ。ありがとうっす。」
嬉し涙を流すベルクを、まるで歳の離れた妹のような気持ちで冒険者の女性は見守っている。彼女だけでなく、宿の皆もそう思っていたことだろう。
何をしても失敗ばかりのベルクだったが、どこか人を惹きつけるような愛嬌があったのだ。
「じゃあ、早速支度をしないとね。もたもたしてたら募集が終わっちまう。」
「わ、わかったっす!」
こうしてベルクは魔動列車に乗ってキングスフォールへと旅立つこととなった。
彼女の双肩には様々な者達の期待が載っている。彼女一人ではここまで来ることはできなかっただろうから。
果たして、愛されるドジっ娘メイドの明日は如何に。
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