第70話

「何時頃寝たのか解らなかった」


 私は鈍い頭を振り、枕元にある剣と盾を持ち、長老のテントから外へ出た。霧画は朝だと言うのに白い城の反動で果実酒を飲みに行ったようだ。


 村の中央には蒼穹の戦士が約百名、そして、角田と渡部が武器を携え集まりだした。


 安浦と村の女たちは炊き出しをしてくれるようだ。


 そこは、やや大きく人が10人くらいは入れる大きさだ。中央の食べ物が置いてある木製のテーブルはテントからはみ出している。安浦が寝泊まりした場所でもある。その奥の食料は目に見えて、十分ではなかった。何日も貯蔵された果物と猛獣の肉のむわっとする匂いがし、漂い、よく安浦はこの中で眠れるなと思った。


 安浦に挨拶をしにいくと、


「ご主人様のは特別です」


 安浦は他の人たちには、猛獣の肉を拳大3個なのに、私のだけは多種多様の果物を挟んだ猛獣の肉サンドを3個だった。


「ありがとう。大事に食べるよ」


 私は肉サンドをズボンのポケットに丁寧に入れ、渡部と角田に挨拶に行く。


 二人は武器を真剣な顔で軽く振り合っていた。これからの戦いで心が昂ぶっているのだろう。


「赤羽さん。今度は死ぬかも知れないんですよね。俺は今までの人生でこんな体験をしなくていい道を、必死に目指していればよかったです。でも、村の人たちや世界の人たちのためにもなるんですし、何より自分の悪夢が無くなる……やらなきゃなって……」


 渡部は極度の緊張と恐怖で、震えを必死に抑えていた。


「俺もこうなったら仕事よりも頑張るさ。生きて帰れるか解らないけど……赤羽くん。頼むからみんなの命をその不思議な力で守ってやってくれ……。それと……独身生活を……卒業したかった……」


 角田はさすがに嫌と言うほど真っ青だ。その緊張と恐怖をすぐに解けるはずはなく。


 私は、二人を元気づける。


「二人とも、これは夢さ。ディオや呉林姉妹は死ぬと駄目だと言っているけど、そんなことはないかも知れない。きっと、死んだら布団の中で目を覚ますだけさ。勇気を無理にでもだして、これからの戦いを精一杯頑張れば、明日からはまた元の生活さ。みんなで酒をたくさん飲もうよ。勿論、俺の奢りで……」


 私は二人に向かい。これまで一度も出来なかった純粋な優しさを含んだ笑顔を向けた。それが今、出来る。精一杯の二人への応援だった。

 カルダは凶悪だ。この悪夢の世界で大量殺人を企て、世界を我が物としようとしている。けれど、この世界は夢だ。死んだとしてもなんとかなるかも知れない。


 ただ、家に帰ることを考えよう。


 私はそう心に決め、剣と盾を置いて最後の戦いを勝ち抜けるように現実の神に、両手を合せて天に深々と頭を下げた。


「あ、何か感じるわ。ディオが呼んでいるわ」


 呉林は何かを受信してから、長老のテントで大声で私を呼んだ。


 当然、ディオは携帯を持っていない。


 私と渡部と角田、安浦は、呉林姉妹がいる長老のテントへと走り出す。


「準備万端だそうよ。私と姉さんと恵ちゃんはこの村から出られないけど、戦で傷ついたら必ず戻ってきてね。絶対よ」


「ご主人様。超武運を」


「赤羽さん。勝利のお呪いよ」


 霧画がそう言うと、私の頭上に何かの印を結んだ。


 すると、私の中で一睡の眠気も粉々になった。


「死ぬでないぞ。夢の旅人よ」


 テントの奥から出てきた長老が顔の皺を引き締めた。


「みんなありがとう。俺、行くから。それから……」


 私は気取って呉林の顔をまじまじと見た。


「気を付けてね!」


 呉林がいつもの調子で明るく言うと私に優しくキスをした。


「ご主人様ー!」


 安浦は私の頭を本気で叩いた。



 私たちはぞろぞろと、森の間の広場まで大勢で歩いた。その数おおよそ百名。それぞれ武器を携えている。ある者は斧、ある者は槍、またある者は弓、私と角田と渡部は剣と盾。など、原始的な武器だ。


「広場まで、後どのくらいだろう」


 私は盾を持った腕で、額の汗を拭う。


 森は南米だが寒かった。太陽が無く薄暗い森は、今でも猛獣や黒い霧が出てきそうだった。赤い月の下、何時間と夜の森を大勢で歩いた。


「呉林さんから聞いた話だと、歩いて28時間だそうです」


 隣にいる渡部は、私と同じく寒さに強いようで汗をかいている。


「食事を間に挟さんでいこう」


 私はここに来て呉林のようにリーダーシップを発揮した。


 単調に寒い森を松明の明かりで進んでいくと、どうしても元の世界のことを考えてしまう。上村と中村は今、どうしているのかな。仕事かな、カラオケかな。などと、とりとめのないことを考えてしまった。

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