第69話

 ディオもこちらに顔を向ける。


「えーと。……5千体もいるわ……」


「違うわ。5千5百体よ」


 青い顔の呉林の言葉を霧画が訂正する。


「5千5百……。こちらはどう見積もっても……約百人」


 ディオは唸る。


「あ。そうじゃ、この村だけじゃない。他の村も協力するとして。して、何人じゃ?」


 長老は静かに言う。


「大きい西の村と斜めの東の村、北の谷の村ならば、協力するじゃろう。全部で2千3百人くらいにはなるじゃろう」


「こちらのだいたい二倍か。それと赤羽くん。さっきの力はかなり遠くても出来るのかな」


「ええと。恐らく」


 私が自信が無いように言うと、呉林姉妹が当然、可能だと太鼓判を押した。


「何とかなるか」


 ディオはニンマリした。



 それから、ディオは西の村と東の村、北の村へと使者を送り、説得と協力を要請をした。それと、穴掘りが得意な者を4十名余り、そして何をするのか解らい者を数名連れ、森の広場を目指す。


 穴掘りの作業は一夜漬けとなり、私には、


「赤羽くんは戦いで眠らされると困るから、しっかり寝ていてくれ」


 と言った。


 私は長老のテントで休ませてもらった。カルダは襲ってこないだろうと頭では安心しているが、心は最大限の緊張はしている。


「これが本当の最後の戦いね」


 呉林は長老のテントの中でそう言った。私たちは周囲のテントと長老のテントを借りて、その中で眠ることになった。


 長老のテントにいる私の隣には呉林と霧画が横になっている。何かカルダの魔術的なことが起きた際に、シグナルを発してくれるだろう事である。


 安浦は食糧がたくさんあるテントを独り占めして眠り、村のテントの消火作業や救出作業を終えた渡部と角田は周囲のテントで自由に寝たいと言った。周囲のテントは焼け落ちたところが多いが、無傷のところも幾つかあった。村の住民も死者がでたが落ち着いていた。


「ああ、俺がしっかりしていれば……何とか勝てるさ。無事にみんなで家に帰ろう」


 私は悪夢のような恐怖よりも生きていたというしっかりとした気持ちを持っていた。この平和な日本で、生まれて初めて戦をしなければならない自分の人生に、今の私は打ち勝つ程の力と能力がある。もう悪夢は終わりだ。

 その力は、今までの過酷な体験でのぎりぎりの、生きるための努力によるもの。そのお陰で私は、きっと明日も明後日も生きていけるのだ。それと……呉林のため……。


 そして……今頃、中村・上村は何をしているのだろう?


「赤羽さん。怖い? 私はすごく怖いわ。戦なんて死んでもおかしくないはず。今までは不思議な感じる力やみんなのお陰で、死の恐怖があまり無かったけれど……」


 動物の匂いがする毛皮の継ぎ接ぎの毛布に包まった。横になっている呉林はこちらにか細い口調で話した。枕はない。


 横になっている私と霧画は少し考えるが、


「大丈夫さ。ただ単の夢のことさ。きっと、いや……必ず何とかなるさ」


 私はカルダへの怒りで、平静に言ってのける。


 私はこのリアル過ぎる恐ろしい夢の世界でも、やはり夢は夢と考えられるところがあると思う。


「そうよ真理。これは夢よ」


 霧画は優しく言う。


 霧画が私の考えを読んだ。


「姉さん。私じゃどうしても無理だったから。この戦いは私たちが勝てるかどうか何か感じる?」


「残念だけど、私も何も感じないわ。どうしても何も感じられないのよ。今でも心は空虚で、そこから何も生み出せえない。でも、一つだけ何かとても強く感じることがあるの。それは言語化できないけど……」


 霧画は少し間を開けて、


「……空が見えるの」


「え、空。それって、蒼穹の戦士が関係しているの?」


「……違うわ?駄目、解らないわ……」


「なんだ……」


 私は自信が揺らぐことは無いが、緊張しているのにどんよりとした奇妙な眠気を感じた。


「何か変よ!」


 呉林は上半身だけ起き上がったが、すぐに横になる。


 三人は眠った。



 ルゥーダーとカルダは祭壇で、その禍々しい頭蓋骨でできた杯を飲む。


「しっかりと、わしの呪いが効くぞ。小娘どもよりわしの力の方が上なのは当然じゃ……。日本人か……。まさにこれまでにない生贄。一番残酷な儀式の準備をしなくてはな。これで、わしは完全に世界を統べる。未来永劫の全てのものがわしの手中に……」


 ルゥーダーの意識の中、いや、外の私は生まれて初めての抑えようのない怒りと同時に戦慄を覚える。



 次の日。戦いの車輪は何千人もの犠牲者を磨り潰すために動き出した。


「赤羽さん。おはよう」


 私は呉林の優しい声に目を開ける。

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