第67話

 急に外が騒ぎ出し、立ち上がった呉林姉妹は全速力で外へと出た。私たちも呉林姉妹の後を追うようにと外へと飛び出し、長老とバリエも異変に気付いたようで立ち上がる。

 この集落には中央が、長老がいる大き目のコニーデのような天幕。その周辺は大きな広場となっている。更にその周辺には無数の小さな天幕があって村を形成していた。


 私の周辺の天幕には、いきなり真っ赤に火を吹いて、傷つき逃げ惑う人たちがいた。大勢の悲鳴や戦いの怒号を聞き、私はカルダの性格が想像以上に残虐なのにまた恐ろしくなった。

 

 駆け付けた呉林姉妹とディオが幾つもの亡骸を避け、倒れ込みそうな女性や子供たちを奥へと必死に誘導していた。


 女性や子供たちは必死で村の奥にある森林へと逃げ込んだ。しかし、その森林は猛獣がでるところだった。


 ただ、私は呉林が心配だった。


 村のあちこちの天幕から武器を持ち出してきた蒼穹の戦士と、角田と渡部、そして私は武器を持ち出し、この騒ぎの張本人たち、得体の知れないたくさんの黒い物体へと駆け出した。


 広場や天幕の周辺には何百体もの黒いものがうようよとしている。


 よく見ると、この騒ぎの張本人たちは、細目で顔は真っ白だが舌だけ真っ赤の、全身が黒い霧で覆われた者たちだった。持っている血塗れの武器はギザギザの刃のやや大きめの鉈。


「何だあいつら!」


 角田が剣と盾を構えて、さっそく一体の黒い霧に向かって行った。


「渡部!」


 私の目の前にいる渡部は、数人の蒼穹の戦士たちと持っている槍を思いっきり投げ飛ばしていた。子供たちを無残に切り倒す数体の黒い霧に槍が数本突き刺さり、血を噴き出して跡形もなくなった。


 黒い霧数体の女性や子供の殺戮を止めるために、奥の森林まで私は走り出す。周辺の黒い霧にだけ剣を振り回しては、必死に追いかけていた。


「カルダの村が攻めて来たのじゃ!」


 長老が叫ぶ声が剣を振りまわす私の耳に届いた。恐らく私たちが居るからだろう。


 蒼穹の戦士たちと黒い霧の戦いに、私たちは否応なく参戦することとなった。


 私はハチの巣を突いたようなこの場所で、覚醒しようと恐怖でいっぱいの頭で考えていた。ここまで来たのだからと、自分に言い聞かせた。


「はっ!」

 私は目を瞑り、心の奥底でこれは夢だと何度も繰り返し、意識を浮上させていく。


 すると、心の奥底から声のような叫びのような何かが聞こえてきた。そして、恐ろしさが薄くなりだした。


 私はゆっくり目を開けると武器を捨てた。片手を上げて数人の子供たちを追っている黒い霧に向ける。


 そうすると、数体の黒い霧が血の入ったでかい風船のように破裂し霧散した。


「きゃー! 赤羽さーん!」


 呉林の悲鳴だ。


 そっちへと顔を向けると、奥の森のところで、松明で応戦していたディオと呉林姉妹に数十体の黒い霧が鉈を振りまわしていた。


「呉林!」


 私はハイスピードで、広い集落を走って数十体の黒い霧に向かった。両手を突き出す。あっという間に、数十体の黒い霧が血飛沫を上げて消える。


 死人がでてきたこの暗闇の村に、黒い霧は何百体もいたが、私の参戦で片が付きそうだった。怪我を負う蒼穹の戦士たちの血を吐く怒号にも余裕が出てきたようだ。


 突然、後ろの村の入口から、ゾクリとする視線を感じた。


 振り向いてみると、それは話に聞いたカルダのようだ。


 冷たい両の目で私を見つめていた。


 高齢を思える皺の顔、姿形はこじんまりとしているが、しかし、その目は何千人も殺した殺人者の目というより、数多の骸の上に君臨する女王の目だった。


 背筋の凍りそうなその目で見られると、私は何故か過去に幾度も二人に出会った感じがした。そう悪夢の世界で……。


 カルダの隣に青年がいる。その青年も古代文明の王といった風格をしていた。


 二人の服装もこの村の長老と比べると豪勢に見える。毛皮はやはり猛獣のそれと解るが、ぶ厚く豊富に着こなして、所々に原始的な金や銀でできた輪をはめていた。


 カルダが手を上げると、黒い霧が一斉に霧散した。辺りはチリチリと松明や炎で燃えている天幕以外、シンと静まり返った。


 カルダが私のところへと歩きだした。青年も後を追う。


 目の前まで二人が来ると、私は二人の持つ不気味な雰囲気を感じ取った。


「死ぬための訓練はしてきたか?……こ……この男、起きている!」


 青年が私に向かってかなり驚いていた。その声は今まで聞いた時が無い。氷よりも冷たい声だった。

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