第66話

「でも、私たちや夢の旅人と同じく。現実を知っている者も多くいます。つまり、カルダは悪夢での戦いによる死で……」


「現実を全ての人の内面的にも片っ端から破壊しようとした」


 バリエの説明の中、霧画が震える声で割って入った。


「その通りです。だから、私たちはここで戦うのです」


 ……私は強く頭を振って気を取り直し、小刻みに震えはじめた呉林の肩に手を置いた。呉林も気を取り直して、


「カルダのいる村はここから遠いの? 何て言うか……私たちはそのカルダに招待されたのよ。……私たちは戦うわ」


「歩いて1日半のはずじゃ。わしらはそんなに遠いと実感できないが……」


 長老の普通の口調に呉林はがっくりして、


「そんなに遠いの。でも、仕方ないか……」


 呉林は顔を急に上げ、


「うーんっと。出来るだけ情報を集めた方がいいわね。あ、そうだ。それじゃ、カルダは何故、今でも生贄を欲しているの? もう十分なんじゃないかしら? 夢の反乱でこの世界が沈没するのは……もう時間の問題だと思うわ」


 バリエはキョロキョロと神経質そうに辺りを見回して、


「この森の更に奥。暗闇が濃い場所にカルダの木があります。その木は根が自らの尾を噛む蛇、その蛇を完全に目覚めさせるためには、この夢の世界でも起きることが出来る覚醒者を生贄にする儀式が必要のようです。儀式を完成させると、その蛇は自らの尾を全て貪り。呑み込み終わると、蛇は死んでしまいます。現実と夢は統合し全て虚構となります。きっと恐ろしい完全な壊れた世界を支配することを目指しているんですね……。多分ですがカルダはここ南米に覚醒者がいると思い込んでいるようです。何故ならここ南米でしか生贄を捧げていないので……」


 私はさすがに恐ろしくなる。


「カルダの木の息吹って、その蛇の息吹?」


 青い顔の安浦の声に、


「そうです」


 バリエは目をキョロキョロしているが、平静に受け答えする。


 渡部は決して寒さのせいではない震える声を発した。


「気が付いたんですが。何故、大昔は大きかった蛇が今では小さいのですか?」

「それは、カルダの木の根の蛇は大昔から幾度となく、何百年に一度、シャーマンたちの神聖な儀式で、少し起きるのです。そして、尾を貪る。そのために、丸い形が小さくなってきました。本来は小さくなるだけで実害はありません。小さくなっても無くなることがないのです。何故なら夜と朝の神でもあるのです。けれど、今ではカルダがその神の力を悪用しようと、暗黒の生贄の儀式をして小さくしています」


 パチリッと、みんなの囲んだ焚き火が鳴った。


「カルダの木は私たちの仮説のウロボロスの大樹のことと確証が持てたわ。プネウマ的だったカルダの木を、カルダが生贄を捧げる儀式によって原初の混沌にしてしまっている。そして、覚醒者とは赤羽さんのことね……ここ南米ではなくて日本にいたというわけね。何としてもこれ以上の生贄を捧げることを阻止しないと」


 霧画が呉林に囁いた。


「う、うん。でも、どうやって何とかしようかしら」


 呉林は考える。


「安心して下され、わしらも共に戦いますぞ。この村の平和のためと、わしらの朝日のために、そして生贄という犠牲者をもう出さないために、ここにいる蒼穹の戦士が百人います……」


 長老の力強い言葉に呉林が涙を浮かべ、


「私たちと戦ってくれるの。ありがとう」


「じゃが、まずは敵をよく知らねば。それには斥候を誰か決めねばな。わしが行こうかな?」


 ディオの言葉に長老が皺を増やして戦き、呉林の手を恐る恐る掴む。


「それは無理ですじゃ。近づいたものは誰一人と戻っては来ませんじゃ」


 バリエも震え上がり、


「それは危険です!」


「大丈夫。赤羽さんがいるもの。私と赤羽さんとで行きましょ」


「へ……?」


 呉林は私の袖を掴む。私は呉林とだと不思議とまったく恐怖しない自分に気が付いた。


「じゃあ、早速明日……行きましょ」


「やっぱり、俺か。任せてくれ」


 私は森を1日半も歩くことは気にならなかった。ゴルフ場を思い出す。


「では、まずここに泊めてもらうとして、渡部くんと角田くんはわしの特訓をまだ受けた方が良いぞ」


「えー!」


 渡部が猛獣の肉片手に青い顔をした。


「俺はやるぞ。ここまで来たんだ!チャンバラ大歓迎だぜ。現実に帰って美人の姉ちゃんと結婚したい!」


 角田は果実酒をがぶ飲みしてふっきれる。


「あ、ちょっと待って……。何か来るわ?」


 呉林が警戒心の張られた声を出した。

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