第65話
「古い文献通りね」
呉林が呟いた。
「これから、どうするんだ呉林?」
私は呉林とジュドルの間に割って入った。
「うーんと。カルダの木が私たちの仮説のウロボロスの大樹かも知れないわ……」
「ここで、少し休ましてもらってはどうじゃ。何か作戦が必要じゃし。この7人で戦っても勝ち目がないじゃろ。相手は大勢いる。まずは、この村で情報を集めよう。わしらの持っているのはみな仮説じゃ。この辺で確かなことを知った方がいい」
ディオは険しい顔でみんなに言う。
「そうしよっか。私はお風呂に入りたいわ。森を抜けたから枝や草木で、すごく服が汚れちゃったわ」
…………
二グレド族の村で、呉林姉妹と安浦はお風呂が無いことに怒りだした。
「近くの川で洗うのです」
ジュドルは平静と言う。
7人は長老らしい老人のコニーデのような使い古した天幕で休ませてもらった。
「夢の旅人よ。よく来なさった。わしはあなた方のような方が来るのを待っていました」
長老は禿頭で、渋柿のような皺くちゃの顔だった。
疲れ切った顔だったが、表情に明るさがほんのりと芽生える。
長老は私たちを火のあるところへと囲むように座らせ、みんなに挨拶と、貴重な果実酒と果物、そして猛獣の肉を御馳走してくれた。
その長老の隣に座っている男は、シャーマンらしい服装の、痩せ型で神経質そうな顔をしている少年だ。
少年が微笑んで、
「よくご無事で。私は二グレド族の巫女。バリエ」
「男なのに巫女なのですか?」
渡部は腰をおろして、首を傾げている。
「ええ。私はこの村で唯一の武器を持たない男」
バリエは頭を下げる。ここ南米でも頭を下げる風習があるようだ。
呉林は細い体のバリエを見つめて、
「私と姉さんの不思議な力のようなものをこの人も持っているのかしら……?」
しばらく、バリエを見ていた。
呉林は長老へと視線を向け、
「で、長老。カルダってどんな人なの。出来るだけ詳しく教えてほしいわ。私たちははそれを何とかしないといけなくてここまで来たのよ」
呉林は早速、本題に入る。私たちも緊張のために青い顔で身構える。
長老は敬語を使わない呉林を気にせずに、
「カルダは今年で489歳になります。そして、カルダの村はこの村の四倍の大きさです。カルダは200年以上その村に君臨しているのです。闇の自然の力を行使する力は想像できません」
「400歳以上ー!?」
私と渡部と角田は驚いて異口同音する。
「カルダは昔は普通の巫女だったようで、カルダの木を守っていたのですが、本来、先祖代々神々の力で守るはずの義務を、百年と生きる間に人が変わってしまったようで、カルダの木を悪用して、そう……全てを支配しようとしたんです」
しんと、静まり返った……7人は青ざめた。
「それは大変じゃな。支配欲は遥か昔からとてつもなく強力な欲望の一つじゃ」
ディオの一言がそれぞれを囲う空間に木霊す。
次にバリエが頭を少し下げ、
「カルダ。その息子ルゥーダーも400歳以上です。二人は余りにも不自然に年を取るので、自分たちは永遠なのだと思いました。そして、本来、彼らの祖先が守る朝と夜の力のカルダの木を生贄の儀式を使って悪用しました。とても危険なことです。そのせいで夢の反乱が起きるのです。たくさんの空気を発生させる森が、そのカルダの木の息吹によって、この世界の現実を所々無くしていきます。二人は永遠の命ある限り、この壊れた現実の世界を支配しようとしているのです。昔は普通の巫女と息子だったようですが……何故か老衰や病気、怪我もしない。そんな人間の望むものといったら支配だけでしょう。彼らはまず、この周辺での唯一お金になるコーヒー豆に、目を付けました」
とつとつと話すバリエの話にみんなが注目する。みんな緊張している。私は26歳だ。若い頃は知らなかった時の長さというものを知っている。(例えばアルバイトの拘束時間の毎日が何年という連続だ。)恐らく、カルダとルゥーダーは超人的な時の長さの中、やり場の無い巨大な精神で、本当の永遠の支配という悪夢を見たのだろう。
バリエは軽く手を合わせて頭を再度下げると、
「そして、そのコーヒー豆に村中のシャーマンと自分たちで、呪い(まじない)を掛けました。それは子守歌という呪いです。人間の精神も破壊して現実を無くそうとしているのです。今ではカルダの木の息吹で、この南米は壊された現実の一部、熱帯雨林気候からカルダの興味を引くツンドラ気候となっています」
神経質そうなバリエの話はまるで、真夏の夜の怖い話だ。
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