第41話
私は必死で応戦する。
拳、蹴り、頭突きなんでもした。興奮はピークを過ぎていた。
また、人々が数人囲んできた。私は頬を殴られながらも、腹に蹴りを入れられながらも、背中を殴られながらも。まるで、狂ったように各々を叩きのめす。
私はでこぼこの顔で、生き抜くことと、安浦のことを考える。もう、ゴルフ場の時の呉林の犠牲は御免だった。あんなに自分に落胆し猛烈な劣等感を感じるのがどうしても嫌だった。
「どけー! どけー!」
自転車が微動だにしない多くの人々の間を縫って、走ってきた。渡部である。
「赤羽さーん! 大丈夫ですかー!」
渡部も参戦した。
「安浦があの洋服店に入って出てこないんだ! 何かあったらしいんだ!」
渡部は頷くと、拳に力を入れる。
二人とも数秒で痣と血だらけになる。
空には赤い、巨大な月が現れた……。
何本も歯が折れたようだ。腹の中の蕎麦はとっくに吐いた。血を吐くまでのリンチが止まった。何十人と戦ったのだろうか。渡部は数分前に蹲った。私は血だらけの体をコンクリートから引き剥がして、立ち上がり、ボコボコになった顔で、安浦の入った洋服店を見つめていた。
安浦は無事だろうか……。
口の中が鉄臭い。体の到る所がズキズキする。けれども、歩きだす。安浦の入った洋服店へ。
洋服店が突如明々とし、炎上する。建物の到るところから炎が顔を出した。
私は茫然と立ち尽くした。
「安浦……」
私はぱつりと言った。涙が滲みでる。頭の中が真っ白になる。
「赤羽さん。……諦めないで下さい」
蹲った渡部の弱い声が耳に入る。
「きっと、安浦さんは無事です……」
渡部はそういうと、力なく血を吐く。
「解った」
私は最後の力を振り絞り、安浦の入った洋服店へと歩きだした。
煙る店内は広く。店の中央にある受付を中心に洋服が所狭しと、陳列されていて、奥の方にコンクリート製の階段が二階と地下に繋がっている。炎が散りばめられて、煙が視界を遮る。
一度も買ったことのないような高級そうな服が、原型を辛うじて持たせているが燃えている。
私は炎による熱で、汗をかいた。
二階は男子トイレ、地階は女子トイレがあるようで、私は地階にゆっくりと降り出した。
地下は一階と逆に仄暗かった。炎はここまでは来ていないようで、造りは一回とだいたい同じようだ。中央に受付があった。
照明に手を伸ばし何回かスイッチを押すが、点かなかった。女子トイレは奥の方。私は噛みつかれて、出血をしている左手で額の汗を拭う。
ゆっくり、歩く。
一階が騒がしくなった。
女子トイレのドアをやはり一度、ノックする。
「安浦? いるのか? 大丈夫か?」
私は酷い痛みの右手は避けて、左手でドアを開ける。
女子トイレは真っ暗だった。私はそれでも奥へと歩きだした。さすがに使用中ということはないはずだ。
何が起きたのか。痛む頭で考えたが、結論はすぐそこ……。
一つ二つとドアを開け、中を緊急時よろしく覗く。多少の罪悪感が募ったが、私は安浦のことだけを考える。
「誰?」
安浦の声がした。もっと奥だ。
打ちっ放しのコンクリートの女子トイレだった。冷たい風にあたるかのように冷やりとしている。
「ご主人様?」
安浦の声に応えてやりたいのだが、何故だか怖くなった。
私は一番奥の女子トイレのドアを開け放った。
「きゃあ!」
見ると、暗い一室の中に安浦と同じ格好のマネキン人形が洋式のトイレに座っていた。
「安浦!」
私はさんざ血反吐を吐いた口で叫んだ。
まるで、これはたちの悪すぎる悪戯のように思えた。
「赤羽さん! 聞こえる! 返事して!」
呉林の声がコンクリートに響く。
「呉林! 頼むから安浦の居場所を教えてくれ!」
私は返事をする変わりに叫んだ。
走りだす足音がすると、呉林らしい人物がやってきた。
「恵ちゃんがどうしたの。あ、いないのね」
私は今度こそ本物の呉林だと思い。力いっぱい振り返る。
そこには、地味なスーツ姿の呉林が立っていた。どうやら、銀座で仕事をしていたようだ。
「怪我が酷い。体がボロボロよ、本当に大丈夫?」
呉林の心配そうな声はコンクリートに吸収されそうだった。私の顔を覗き込む。
「渡部は? 無事か?」
「ええ。私と同じく仕事をほっぽりだしたお姉さんの車の中よ。外の人たちも動かなくなったようよ。恵ちゃんはどこか遠いところにいるみたいね」
「え、なんで?」
私は全身に張り巡らせた痛みを感じなくなるほど驚いた。
「そう。その窓の向こう」
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