第3話 穢れた魂
バチン!!!!
鋭い平手で頬を打たれ、痩せ細った小さな体が吹っ飛ぶ。
汚れた布切れの様な服だけを着た少女の体は、木製の簡素なテーブルへとぶつかると、
鈍い音を立てた後に崩れ落ちるように床へと倒れこんだ。
つかつかと歩み寄る男は、
倒れた少女の体を更に靴の先で蹴り上げる。
ドスッと言う鈍い音
「…っ」
声にならないくぐもったうめき声が少女の口から漏れるが、
それを気にする様子もなく 男は、もう二度、三度と少女の体を蹴りつけた。
「…あっ……ぐっ… ぅ…」
腹部を蹴られ、思わず体を丸めた少女がえずく。
血か、胃液か、分からないような液体が少女の口からこぼれおち、
床を汚すのを忌々しいものを見る目で眺めてから、男はようやく少女から離れた。
「くそっ… くそっ… どうして、こいつが生きていて…あいつが…」
酒の匂いを漂わせる男は、涙声でそうぼやき、
乱暴に椅子に腰掛けるとそのままテーブルに頭を突っ伏した。
「…サリア…サリア…どうして… あぁ、神よ…彼女を…返してくれ…」
男が嗚咽を漏らし、すすり泣き始めるのを
少女は痛みと息苦しさでぼんやりする意識の端で聞きながら
(…ごめんなさい… ごめんなさい…)
そう何度も何度も懺悔した。
取り立てて珍しいことではない。
彼女が物心ついてから幾度となく繰り返された光景だった。
男が少女を痛めつけ
少女が懺悔する。
男が少女を恨み、憎みながらも彼女を育てたのは、
どんな化け物であっても妻の忘れ形見であったからだろうか。
それとも、化け物を殺すことで、
自分の身に災いが降りかかるかもしれないという恐れがあったのだろうか。
その答えを少女自身が知る機会はもう永遠にないのだが、
ただ、男が 赤子だったその少女を物心着くまでに育てたというのは紛れもない事実であり、
それは、ただ生まれた赤子をその場で殺してしまうよりも
ずっとずっと
互いにとって残酷で、不幸な結果を生んでしまったのかも知れない。
歪な父と娘の関係は歪なまま正されることはなく
男は決して届かぬ神への祈りをし続けることとなり
少女は決して許されない懺悔を唱え続けることとなった。
男は決して我が子を愛せず
少女は決して得られぬ父の愛を欲し続けた。
それはまさに
醒める事のない永久に続く悪夢だ。
全部全部壊れてしまった
全部全部壊してしまった
「穢れを持って生まれてきた子供なんて早く殺してしまうべきだ」
「不吉すぎる。どんな災厄がこの村を襲うかもわからない」
お父さんの幸せを
お母さんの幸せを 命を
二人の未来を
「どうしてあんな不吉な子供を生かしておくのか」
「化け物を殺したらどんな祟りがあるかわからない。それならばお前が殺せばいい」
「汚らわしい。関わりたくない。そこまで言うのならお前こそ自分で殺すべきだろう」
私が
「あいつは"けがれてる"んだってさ。けがれてるのは、蛮族とかアンデッドと一緒だ」
「化け物の癖に人間みたいなフリをしている。俺達を騙そうとしているのか?性質が悪い」
「殴っても蹴っても、何をしてもあいつ、いつも笑ってるんだ。気味が悪いよ」
石を投げつけられることくらい何でもなかった
冬の池に突き飛ばされるくらい何でもなかった
畑の作物が誰かに盗まれたのも
家畜が野獣に殺されたのも 全部私のせいだ
不作も流行り病も全部全部私のせい
愛する人を失って嘆くお父さんは正しい人だ
愛する人を奪った私を憎むお父さんは優しい人だ
穢れた魂を持つ私を憎む村の人たちは正しい人たちだ
穢れた魂を持つ私に罰を与える村の人たちは優しい人たちだ
だから責めてください
それはきっと正しいことだから
だから罰してください
それはきっと大事なことだから
許されない罪を背負った私を裁いてください
でもね
お父さん
どうして私は生まれてきちゃったのかな
ごめんね
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