第2話 星に手を伸ばして


(今日はお父さん…すごく機嫌、悪かったな…)


少女は打ち身と切り傷でボロボロの腕を、

反対側の手で押さえながら、夜道をぼんやりと歩いていた。

とはいえ、別に腕だけではない。

少女の体はいつだって、足も胴体も顔だって傷だらけだ。

それだけ当たり前に彼女の父親は彼女を殴りつけていたし、

少女と関わりたくない村の住人たちも、

子供達が度を越えた悪戯で彼女を責め立てようとも、

例えそれによって少女が大怪我をしようとも、

決してそれを止めることはない。


それで少女が弱り果て、病のひとつでもこじらせて死んでしまったのなら、

ある意味で楽だったのかもしれないが、そうはならなかった。

"ナイトメア"は肌の色こそ青白く 不健康そうにも見えるが、

肉体的には強靭であることが、彼女の不幸のひとつだったのだろう。

どれだけ痛めつけられてもその傷が癒えるのにそう時間は掛からず、

そうしたことも、彼女が化け物であると迫害される理由を強めていた。


(…今日は、帰らない方が良いかな…。)


荒れた父親の顔を思い出すと、自宅へ帰ろうという気持ちは沸いてこない。

自分が暴力を振るわれることや、暴言をぶつけられることには慣れきっていたが、

単純に、苦しそうな父親を見るのが嫌だった。

暴力を振るう時、暴言をぶつけてくる時、彼はいつも泣きそうな顔をする。

自分が彼にそういう顔をさせているのだと、

自分の罪深さを思い知らされるようで…、

それを突きつけられるのが、何よりも辛かったのだ。


だから少女はそんな日は家に帰らず、外で夜を過ごす。


少女は夜が好きだった。

村の人達は皆自宅へ帰ってしまっているから、

誰かに姿を見られ、心無い言葉を向けられることもないし、

子供達から石を投げつけられるようなこともない。

夜は、少女に取って昼間よりも格段に安全で、穏やかな時間だった。


(…それに… 今日は、星が良く見えそう!)


ボロボロの靴で地面を蹴って、軽い足取りで向かう先は村外れの小高い丘。

そこは小さな村を一望できる、この村で一番高い場所だ。

小走りに走ってきた少女は、たどり着くと勢い良く草の上に寝そべった。

ごろんと寝転がり仰向けに空を仰ぐ。


「…わぁ」


こうすれば視界が全て星空で満たされると知った時は、

少女は自分の閃きにちょっとした感動すら覚えた。


「きれい」


少し肌寒いくらいの澄んだ空気の中

空に輝く星々は、まるで宝石のように少女の目に映っていた。

大きなもの 小さなもの

輝きの強いもの 仄かなもの

瞬く光のかけら達が 真っ黒の布の上に散りばめられている


手を伸ばしたら、ネックレスのように連なって、

あのキラキラ達をこの手に掴めたりはしないだろうか?


両手いっぱいに空のキラキラを抱えて、

お父さんに見せてみたなら、彼は喜んでくれないだろうか?

そんなことを考えたりもして




けれど、それが儚い夢でしかないことも

その幼い少女はわかっていた。


どれだけ手を伸ばしても、星には手が届かないことも

どんな見事な宝石を捧げたとしても、父親が笑いかけてくれることはないことも


それでも

それでも

それでも


少女は星空に夢を見た

無数のその輝きに希望を描いた

届かないと知りつつ恋をした







届かないからこそ恋をした

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