第16話 4th day.-4/アネモネの種 - デリンジャー -/DERINGER

<デリンジャー/DERINGER>


 ―――夕食も終わり、本格的に夜が深くなってきた。月は朱く、満月まで後一日と迫る。

 崩壊していた庭はジューダスの魔法によって元の状態に直っていた。本人曰く、範囲は広いが無生物の再構成は比較的簡単で、分子間の結合を調節すればすぐにできるそうだ。それってどうなの? 意味は全くもって理解できなかったよ、うん。

「こちら側の理屈を理解しないほうがいいぞ。きっと後悔するのはお前自身だからな」

「なにそれ。なんか仲間外れみたい」

「みたいではない。云っただろ。こちら側に深く入りすぎると戻れなくなる。魔術的現象を目撃するのはお前の頭の中だけで押し込めておけばいいが、理屈を理解してしまうとお前も立派な魔術師なってしまう。ナツキ自身もそれは望んだことではない。一応身を守る手段としてこれからデリンジャーについて説明するがそれ以外のことはノーだ」

 なんか不愉快だ。確かにあまり魔術とかなんとかわかってしまうと現実の事柄が馬鹿馬鹿しく思えてしまう気がする。それでも、今の現状として力が無ければ戦えない。宗次郎を助ける事すらもできないじゃないか。

「そのことに関してはオレとジーンが一任する。お前は自分の身を守ることに専念しろ。他の手段を考えるのはその後だ」

 ・・・・・・確かにジューダスが言うことは一理ある。宗次郎と助け出そうとして中途半端な力では己に過信し、きっと足元を掬われる。攻撃は最大の防御なんていうけど、それはできる人の理屈であって、力が無い人は結局攻撃なんて選択肢を求めてはいけない。

「そう自分に悲観になるな。お前はお前なりによくやっているよ。普通の人間ならこの前の出来事ですでに狂ってる。現実と大きく外れすぎてるしな。

 だけどお前は自ら前を見ている。それだけでも十分力としてあるんだよ。諦めないって気持ちがあるだけで力になる。坊主を助け出すためにも必要な事だ」

「・・・・・・うん。わかった」

「あまり納得しているようには見えないな」

「大丈夫、わかったから。そんなことよりデリンジャーについて教えてよ」

「あぁ、そうだな。アルス。とりあえずデリンジャーに戻れ」

「ほいさ」

 一瞬にしてアルスは宗次郎の姿から一番初めに見せた小型拳銃の姿へと変化した。どちらかというとこちらが本当の姿なのだろう。

「この銃の存在自体がアルスの能力の具現化だからな。こいつはそれなりに強力だから吸い取られるなよ」

「? どういうこと?」

「とりあえず慣れろ。はい、落とすなよ」

 手渡されたデリンジャーは小さく、ちょうど握りこぶしより少し大きいぐらいだ。グリップも小さく、小指と薬指でしか握れない。人差し指を引金に掛けようにも中指が邪魔して掴めない。

「人差し指は銃身に添えろ。引金を引くのは中指で、だ」

 こうか? ん、実に持ちにくい。小さすぎる拳銃だ。夏喜はこんなものを使っていたのか。

「引金を引いてみろ。それなりに引き易くはなっただろう」

 確かに、人差し指で引こうとするよりこちらの方が引き易いではある。それでもなんかぎこちないな。

「そこは慣れてもらうしかないな。ちなみにこの家に弾は無い。ナツキはそれなりの銀弾頭を発注していたが、さすがにそんなものは遺してはいないだろう」

「え? それならどうやって使うのよ。弾のない銃なんてなんの意味も無いじゃない」

「この銃の特性を忘れたか? 昨日のうちで一応言っておいたつもりだがな」

「あれ? そうだっけ?」

「まぁいい。もう一度説明しよう。これには持ち主の魔力を弾丸に変換する魔術式が組まれている。

 こいつは超越種の神獣の純子だということは言ったな。こいつは“牙”の種族に属する精霊でその能力は二つある」

 一つは“変化メタモルフォーゼ”って言ってたっけ。

「それじゃああと一つは?」

「もう一つは“弾貫”と呼ばれる力だ。これは物理的、魔術的要因で阻まれたモノに左右されずにただ“撃ち貫く”ことに特化している。極めれば物質に傷痕を残さず、魔術的要因だけを壊す事もできる」

 なるほど。だからアルスは躊躇せず新守渚の姿をしたロキへと飛びかかろうとしていたのか。

「とりあえず開封するから、気をしっかり持てよ」

「??」

 突如、視界がぐにゃりと歪む。―――気持ち悪い。目の前が霞む。蒼色の斑点が視界を覆う。歪に空間がずれていく。意識がどんどん空間に粗食されていく。

「―――これがデリンジャーの力の副作用だ。今こいつはお前の魔力を吸っている。これがデリンジャーの能力として吸収されてるんだ。

お前の魔力を固めて弾丸とする」

 そんなこと、急に説明されてもわかんないって。それより、本当に気持ち悪い。全身から吹き出た汗が余計に身体を冷やす。背筋に何十匹もの黒い虫が這いずるような気持ち悪さがどんどん広がる。

「大丈夫か? さすがに最初からは強すぎたか」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。気持ち、悪い・・・・・・」

「ふむ、・・・・・・今のでお前の魔力を弾丸として精製させようとしたんだがな。オカしいな、どうもお前には魔力が殆どないようだな」

「それって、・・・・・・どういうこと?」

「いや、どうやってお前は俺たちを呼び出すことができたんだろうってな。結果として召還できたのはいいが、お前に魔力がないことが不可解だ。ナツキがなにか仕出かしたことはなんとなく考え付くが・・・・・・」

「どうしたのよ? ブツブツ言っちゃって、意味わかんないんだけど」

「ふむ。どうやらお前には魔術師としての能力は限りなく皆無のようだ」

「どうして?」

「なんせ魔力をない。それなら魔術式を組むことは不可能だ。そのクセ、アルスを現世へ定着させる事はできるから驚きだ」

「それってどうオカしいの?」

「考えようだな。使い魔というのは召喚者・契約者の魔力を糧に現界している。つまり魔力のないものをマスターにすることはできない。アルスにはまだナツキの魔力が残っているから問題ないが、魔力のないお前がアルスのマスターになることは本来ありえないことだ。しかもアルスは特別な使い魔だからな、よりありえん。しかし現にお前はアルスのマスターとなっている」

 たしかにオカしな話だが・・・・・・結果としてできたのだから問題はないのではないか。

「たしかにな。だが今の話からすれば、お前は本来魔術師ができることができないということだ。自らの身を守るために肉体強化もできなければ魔法障壁も張れない。ナツキの魔力がアルスの中から消費しきればアルスを使わす事も難しくなるだろうな。まぁアルスの現在の貯蔵魔力は桁が外れているから暫くは問題ないだろうが・・・・・・」

 あんまり理解できなかったが、結論からすると私には魔術師とかの才能はないって事か。

「才能ではなく資質というべきか。才能がなくとも努力次第で魔術師にはなれるさ。だがお前の場合はそれ以前の問題になる」

「うっ・・・・・・」

 ・・・・・・なんかショックだ。別に魔術師なりたいわけではないが、こんなにはっきり言われればさすがに傷つく。

「なに、別に気にすることでもあるまい。お前に魔術師としての才能がなくともオレやジーンがいるし、アルスにはナツキの魔力が残っている。戦うことに困る事はないだろう」

 それならいいのだが。なんかスッキリしないな。

「それなら寝て忘れてしまえ。朝にでもなればスッキリするだろうし、一度頭の中を整理しておけ。アルスからナツキの魔力が無くなった時の問題はこちらでどうにかするさ」

「・・・・・・うん、わかった。それじゃあ、オヤスミ」

「あぁ、オヤスミ。明日は寝過ごすなよ。寝過ごしたら明日も担いで行ってやる」

「それだけは御免被る。七時までに起きなかったら叩き起こしていいからヨロシク。それじゃオヤスミ」


「絶対寝過ごせないね、明日は。また担がれるのはゴメンだもの」

 部屋に戻ったのは日が変わる直前だった。コクコクと刻む時間は憂鬱にも正確に、狂うことなく進んでいく。あと四日。四日後には再び悲劇という名の回旋曲ロンドが繰り返される。殺戮の限り、今宵も月明かりの下で悪魔たちが牙を研ぐ。 

 そろそろ満月か、昨日よりは丸く、まだ少しばかり頭の欠けた月が見える。朱い月は静かに雲と共に流れる。明日は嫌な朝になりそうだ。満月が近づくにつれて色濃く再生される悪夢が脳裏に浮かぶ。きっと、夜明け前には雨が降るだろう。


 ―――やっぱり明日は、嫌な朝になりそうだ。




_go to next day. "PLASTIC SMILE"



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