第13話 4th day.-1/アネモネの種/FLEETING DREAM

<アネモネの種/FLEETING DREAM>


 鳥が鳴く。庭には夏の日差しが射し、木々にはひぐらしが留まっている。カナカナと鳴く姿は、一層夏の日差しを暑くする。

「―――今年の夏は、ずいぶんと暑いな」

 そう、夏喜は云った。たしかに久々に暑い夏だった。空に雲はなく、空一面に青空が広がる。一切の障害がないドームでは、爛々と輝く照明が激しく照らし出す。

「この雑草は切り傷を癒す力があるんだ。どこにでもある雑草だけど、使い方さえ判れば薬にもなるんだよ」

 庭先に生えている雑草を抜き、夏喜は云った。庭の石畳や石垣からは陽炎が顔を出している。裸足で庭に出れば足の裏が火傷してしまうのは必至で、これほどの猛暑に夏喜は麦藁帽子一つ被って庭の草花を探索している。

「この花の種は薬になるけど、茎の方は痺れ毒になってる。私の時代には草を咥える男がよくいたもんだ。舌が痺れて三日は味覚が麻痺しちゃうから気をつけるんだよ。

 こっちは山菜だね。こんなところに生えるなんて珍しい。今年はいいことがありそうだ」

 庭中に生えている雑草を抜いては歩き、歩いては抜く。夏喜の左手にはすでにたくさんの雑草が摘まれていた。

「ほら。こんな家の庭にもこんなに人間の為になる草花があるんだ。世間の人たちは一言で雑草なんていうけど、こんな雑草にも人の為になるものがたくさんあるんだよ」

 緑、赤、黄色。夏喜の手には色とりどりの草花が握られている。

 だけど全て雑草。いくら人の為になるといっても、雑草である事に変わりはない。

「葵、なんで人は雑草を雑草と呼ぶか判るかい?」

 そんなの私が判るわけがない。雑草を雑草と名付けたのは私ではない。私が生まれるずっとずっと昔から“雑草”と呼ばれてきたはずだ。

「たしかにね。でもね、だれもこの草花を“雑”とは言っていけないんだよ。だれにもこの草花を区切る事はできない。人間だって一緒さ。

白人も黒人も、日本人も欧米人も、皆同じ人間だからね、もともと同族の中を“”で括るなんて間違っている」

 そうだろうか。いくら同族といっても白人と黒人は違う。まず見た目が違うではないか。白人の肌は白く、黒人の肌は黒い。それが白人と黒人を分けている理由の一つだろう。

「それも一理ある。それに、先に世界の中心に立ったのが白人であっただけで、一つ文明が違えば逆になっていたのかもしれない。でも彼らをそう分けたところで意味がないんだ。だってそうだろ。人間みんな先祖は一緒なのだから。小数点にゼロがいくつ並ぼうとさかのぼっていけば結局は一人の人間に行き着く。人間は皆家族そのものなんだ。他人なんていないんだよ」

 両手を広げて演説する夏喜は満足気に続けた。

「この草花だって一緒、遡っていけば一つの生物だ。わたしたち人間もその一つの生物になる」

 結局、何が言いたいの?

「なにも区別する必要なんてないのさ。だから突き放す必要もない。葵はまだ自分を知らないから仕方ないけど、いつかは周りを受け入れないといけなくなる時がくるんだ。そのためにももっと周りに溶け込まなきゃね」

 土で汚れた手で肩を掴む。本当は服が汚れてしまうから嫌だったけど、夏喜の目はやけに真剣だった。だからそんな事も言えない。そのまま夏喜の言葉に耳をかたむけた。

「おっと、ごめんよ。わたしの所為で服を汚してしまった」

 いいよ。汚れなんて洗濯すれば落ちるもの。これぐらいどうってことない。

「そうか。君は優しいな。普通の子なら親にだって怒るものだ」

 それは、私が普通じゃないから。

「なにを悲観になる。なにも縮こまることはない、葵は普通の子だ。周りとは違うかもしれないけど、いたって普通な子だよ」

 周りと違うって事は普通とは云わないはずだけど。

「普通と異常の境目なんてだれにも引けやしないさ。たとえ引いても、人が変われば境目なんていとも簡単にかわってしまう。だから意味がない。私からすれば葵は他の子と何も変わらない普通の子供だ」

 ふ〜ん。そんなもんなんだ。

「そんなもんだよ。だから悲観することはない。自分に自信を持ちなさい」

 わかった、ありがとう。―――私がまだ幼かった頃の、些細な記憶だ。








アネモネの種/4th day.




「―――……っん」

 朝焼けの灯火が薄く開いたカーテンから零れる。冬の朝は肌寒く、昨日の朝よりも寒さが眠気を消し去っていく。

「もう……朝か…………」

 ベッドの温もりは淡く、消え去った眠気が再び舞い戻る。カーテンから零れた光は薄暗い部屋に静かに影を作り出す。

 ゴーン、ゴーン、壁にかけられたアンティーク時計が鐘を鳴らした。しまった。ゴーン、ゴーン、ゴーン、もう朝の七時か。少し寝過ごしたな。

 ゴーン、ゴーン、


 ん? 今、鐘の音が鳴らなかったか? 一時間に一回増えていく鐘の音の回数はその現在の時間を表す。ってことは……

 恐る恐る布団から頭を出して、時計を確認する。朧気に映る時計の白い短針は七の位置を少し過ぎ――――――八の位置を指して………………………………………………………………………………

「遅刻だーーーーーーーー!」


「なんだ、騒がしいな?」

「チコクチコクチコクーーーーーー」

「やっと起きられたのですかアオイ。アルスは先にガッコウに向いましたよ」

「なんで起してくれなかったの!? こんなに寝過ごしたの初めてよ」

 失態だ。体調が芳しく無くて休むことはあっても、寝坊による遅刻なんて過去に一度もない。

「何度も部屋に尋ねましたが全く起きられませんでした。アルスはそのまま寝かしておけと云って半刻ほど前に……」

「あーわかった。あの子は薄情なのね。とりあえず遅刻だよーーーーー」

 なんて朝だ。よりによってこんな時期になってこんな朝を迎えなくてもいいのに。制服も急いで着替えたから形が崩れてるし、朝食を食べている時間もない。髪だってボサボサだ。この十年で一番焦っている気がするよ。いやホント。

「はぁー、まったく。朝っぱら騒がしいヤツだな。そんなに急いでいるのならオレが連れて行ってやろう」

「え? ってわぁーーーーーー」

 急に後ろから抱きかかえられて一瞬にして庭先へと移動した。いや、ちょっと待て。冗談抜きで空飛んでますけど。

「安心しろ、遅刻などさせんさ。黙って堕ちないように掴まっていろ」

「うひゃーーーー」


「おい、空を見ろ! あれはなんだ?」

「鳥だ!」

「いや、飛行機だ!」

「ちがう! あれは――――」

「―――――パンツが見えるっ!!」


「―――ほら、着いたぞ」

「はぁ、はぁ、はぁ、……怖かった……」

 走っても十五分以上かかる学校への道のりがものの三分でついた。それも屋上から登校という異業がセットについて……。

「なんだ、その微妙な表情は? 間に合ってよかったじゃないか。遅刻するよりマシだろう」

 軽い表情で肩を竦めている。朝っぱらから空中散歩は心臓に悪い。こんな怖い目にあうなら普通に走って行った方がよかった……ワケはないけど、少し遠慮してもらいたい。

「何を文句を云う。元はといえばお前が寝過ごすのが悪い。言っただろ。必要最低限通常の生活を送ってもらうと」

「だったら……空から来たほうが、……よっぽど、非常識、だって……」

「ん? まぁ考えてみたらそうか。だが安心しろ。だれも気付かないさ、屋上から登校するヤツがいることにはな。一応認識阻害はしていた」

 そんな軽くあしらわれても困るのは私なんだけど……。

「そんなことより、早く教室に向わなくてもいいのか? いつまでもここで時間をくっていたら結局遅刻になるぞ」

「えっ……? そうだった!! それじゃ、あんまり言いたくないけどありがとっ」

「……まったく、騒がしいヤツだな」


* * *


「いや〜、やっとこさ昼休みだよ〜」

「そうか? 俺からすればもう昼休みだけどな」

「あんたはずっと寝ていたでしょうが。しかも三限目からしか来てないからほとんど授業受けてないに等しいじゃない」

「あれ? そうだっけか?」

「さすがは佐蔵綾。眠りすぎでついにボケたか」

「はははっ、そうかもな。正直今日の朝はいい目覚めだったよ。気付いたら十時過ぎてたし」

「学校が家に近いヤツいいわね〜、お気楽でさ。ギリッギリまで寝ていられるからホントうらやましいよ」

「いや、佐蔵君、思いっきり遅刻してたよ」

「それはそれ、これはこれって言う」

「はははっ、バカ野郎かお前は。そんなこと羨ましがるなんて将来が心配だな」

「あっ、言ったなこのヤロー」

 佐蔵の背中に飛びつく蒔絵。

「ぐへっ」

 いや、どちらかというと飛び蹴りか。あれ、やけに綺麗に入ってるよ。

 朝、教室に入った時はホームルームが始まる直前だった。全身ボサボサで息まで切れてたもんだから、蒔絵と目線があった瞬間に爆笑された。例の登校ですでに疲れていたからツッコみを入れる気力もなく、そのまま蒔絵を爆笑させながら今日の日常が始まった。

 二限目の移動教室の最中に宗次郎アルスを見かけたが、ニカっと笑ってそのまま何処かへ行ってしまった。薄情者め。

 そして昼休み。今のところなんの問題もなく日常をこなしている。昨日のように彼女が現れもしなかった。

「そういや聞いた? 朝“空飛ぶ怪人”が出たんだって」

「!!」

「なんだそら。ル○ンでも出たんか?」

「ちがうわよ。あんたの頭は怪人=ル○ンかい。怪盗は空飛ばないから。その怪人、一人じゃなくて、誰かお姫様抱っこで担ぎながら空飛んでたんだって。そこら中で噂になってるよ。パンツ見えた! って叫んでるアホも大勢」

 ……なんてことだ。あれが人に見られていたなんて。しかも、お姫様抱っこ? パンツ見えてた? なにが認識阻害だ。バッチリ見られてるじゃない。ジューダスめ、どさくさに紛れてお姫様抱っこしていたのか。気が動転していて全っ然気付かなかった。一生の恥だ。

「それじゃあまさにル○ンじゃねぇか。カリ城ヨロシク飛んでたんじゃねぇの?」

「いやいや、この街にそんなひきこもりお嬢様いないから。でも気にならない? お姫様抱っこよ、お姫様抱っこ。どんな人だったのかしら。気になる〜〜」

 気にならないでください、目の前にいますから。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。あぁ、記憶が戻るまで平凡に過ごしていくつもりだったのに。シクシク、私の人生プランは悉く崩壊していきます。

「夢見る乙女ってか? 恥ずかしいヤツだな」

「なによ、いいじゃない。女の子は誰でも夢は見るもんさ。白馬の王子様シクヨロ! ってね。そうでしょ、葵?」

「!?」

 なぜ私に振る!? 事の中心になっている人にとって傍観に逃げたいところなのに……。

「えっ、あっ、そ、そうだね。だっ、だって女の子だもんね」

「あれ? なんでギクッってしてるの?」

「そっ、そうかな? べ、別にしてるつもりはないんだけど。あは、あはははっ……」

「ん〜〜〜〜、なぁぁぁぁんか怪しいっスね。葵、何か隠してないかい?」

「なっ、なにも隠してなんか―――」

 ぐぅうううう。

「……これまた豪快だな。お代官様のお腹が再噴火する前に早く行こうぜ、暴走小町」

「だれが暴走かっ!? ってコラ!! 襟掴むなぁ!!」

 迷子の子猫ヨロシク、佐蔵に首元綺麗に掴まれて運ばれていく栗崎蒔絵であった、まる。



_go to "homecoming".

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