第12話 3rd day.-5<茶会/TEA PARTY>

<茶会/TEA PARTY>



 ―――月下の街、その外れの廃墟。何処かの金持ちが道楽で買取り、一度も使われる事なく放置された洋館。

 その一角に、白髪の巨躯が佇んでいた。その傍ら、深く瞼を閉じた少年が黄昏ている。吹く風は街とは反対に強く、轟轟と音を立てて過ぎ去っていく。断続的に吹く風は休むことはない。

「―――」

「……」

 二人の男の間には沈黙だけしかなかった。それもそうだろう。会って一日ほどの関係だ、気の聞いた話なんて出来るものではない。

「―――な〜にしてるのさ、男二人して。ムサいったらないね」

 男たちの間に左眼に眼帯をした少女が入ってきた。

「やっと帰ってきたか。我々に報せもせず今まで何処に行っていた?」

「え〜、そんな事まで言わないといけないの? レディーの外出に口出しするのは感心しないなぁ〜」

「……淑女と呼べる容姿でもなかろう」

「……たしかに」

「あっ、二人共言ってくれるじゃない。なぁんかピリピリしてると思ったらケンカでもしたのかな? そしてボクに八つ当たりでもしてるわけ?」

「そういうわけではない。ただ話がなかっただけだ」

「ふ〜ん。それって元々クゲンが無口だからじゃないの? 必要なこと以外全くしゃべらないじゃない。愛想つかれちゃったんじゃないの?」

「ワタシの事はどうでもよい。それよりも、なぜ昼間から姿を消していた。また良からぬ事でも仕出かすつもりか」

「少し眠り姫に会ってきただけだよ」

「貴様、まさかそのままあの娘に―――」

「心配しないでいいよ、今回は何もしてないから。正直こっちが驚いて帰ってきたぐらいだもん、向こうに危害は加えてないよ。期限もまだあるし、少し向こうの動きが面白くてね。

 ―――知ってる? ナツキって特別な使い魔を持ってたの」

「ナツキとはあの娘の義母の事か。使い魔とはあの幻想騎士の男と女のことではないのか?」

「違うさ。キミはまだ呼ばれて間もないか、ナツキってね実は凄いヤツだったんだよ。近代の奇蹟の塊でね、一般の魔術師や教会の魔法使いだって出来ないことができたんだ」

「何が言いたい? 話が見えんぞ」

「キミって確か一匹神獣を使えていたよね、黒い幻想種の子」

「黒麒麟のことか? 確かに使えていたがワタシに再び神獣を呼び出す力は残っていないぞ。それにあれはワタシが島から出る時に教主殿から戴いたものだ。元々はワタシの神獣ではない」

「あれってさ、実は第三系の神獣なんだよ。細かく分ければ“神”や“麒麟”なんて名前がつく幻想種ではないのさ。ただ能力的には優れていたから、マガイモノでも“神”なんて称号貰えるだけ奇跡に近いケースだよ。 ナツキはね、現代の人間にも関わらず神代の精霊を使い魔にしてたんだよ」

「なに? まさか、超越種か?」

「さすがにそれはなかった。その一個下、純子タイプワンだよ。それものね」

「番犬の純子だと? まさか……、それではやつは神族の末裔か!?」

「もちろん神族なんてこともありえないさ。番犬だってと繋がってるし、ナツキはその番犬に負けている。そこの系列の神族はすでに封印されているからね、現代に残るなんてありえないよ。ただ謎だけは多いヤツだったよ。

 面白い女だよ。別に旧教者カトリックでも新教者プロテスタントでもないただの無神論者なのに、精霊族の純子を呼び出すなんてさ。能力だけはまさに神業だった」

「しかしなぜ、純子はすでに存在しないはずだ。封印を解いてヤツの様に自らの身体を寄り代するならまだしも、いくら純子とはいえ現代に呼び出すのは不可能だ」

「キミはあいつの事なに知らないでしょ? 『不可能な事があることはありえない。本当に不可能な事なら、まずその発想すら発生する事はない』ってね。あいつの口癖だったみたい。

 なぜ人は空を飛びたいと思うか、なぜ人は在りもしないものを空想するのか。それはもとより存在していたからなんだよ。火の粉がないところで煙は立たないように、無いものに対して不可能な事を発想することもまず無いんだよ。

 さっきも言った通り不可能って言葉はまず存在しないんだよ、ナツキの中ではね。人間が思いつき今実現できない事は、実はもっともっと昔に実現したんだよ。まぁ今の人間が実現できない事ってのは時間を戻すとか、遠く離れた場所に瞬間移動するとか、宇宙に住み着くとだけど、実際昔はそれができたんだよ。ただ今は衰退して滅んだだけで、今の人間の努力次第でいつでも実現可能なんだ。

 だからナツキは純子を呼び出すことが出来た。今では存在しないはずの存在を作り出すことが出来たんだよ。それこそ神にしか出来ない御業だよね。それだけナツキは特別な魔術師だったんだよ」

「しかし、純子を呼び出したとしても召喚者であるその女が生存していない以上、現界は望めないであろう。今のターゲットと何の関係がある?」

「わかってないな〜。純子はいるんだよ、眠り姫の手にね」

「なに!? それこそありえんぞ!?」

「そんなのボクだってわかってるよ。だけど確かにいた。前回と同じヤツだから間違いないよ。何らかの形でナツキが現界させてたんだろうね」

「そんな、バカな……」

「わかった? それだけターゲットは不明因子が多いんだよ。それだけに面白い、実に興味深いよ。ジューダスといい、あの金髪といい、眠り姫といい、純子といい、実に興味深い」

 ケタケタと笑うくろいアクマ。その口元は歪に裂け、その殺意が零れだす。轟轟と吹く風に揺れる髪一本一本が暗闇に蠢く蛇の様に広がっていく。



///



「もう、こんな時間か……」

 壁にかけたアンティーク時計から鐘の音が部屋全体に響いた。直に月が空の天辺から帰りだす頃だろう。

「ノド、渇いたな。何か飲むか……」

 渇きを潤すために自分の部屋を出た。廊下を歩いて、階段の傍にある宗次郎の部屋の前に来て足が止まった。誰もいない無人の部屋。つい先日まで一緒に暮らしてきた弟の部屋。なんで、こんな事になったんだろう……。

「おや、どうしたのですか?」

 階段の下からジーンが登ってきた。

「どうしてこんなことになっちゃんだろうってね、少し自分に問いかけてみたの。まぁ答えなんてでないんだけどさ」

 自らに戒めを込めた言葉だ。きっと誰の所為でもないのに、あの出来事はきっと誰かの所為なのだ。弟を守ることもできない無力な私の所為なのだ。或いは。宗次郎を奪って、私の日常を壊した誰かの所為なのだ。

「アオイ、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」

「……うん、気にしないで。少しノドが渇いただけだから」

「そうですか。それなら少しばかりワタシに付き合ってくれませんか? 渇きを潤す暫しの間だけで結構ですので」

「え? あ、別にいいけど、どうしたの?」

「いえ、特に意味はありません。どうもワタシはどうしようもないお節介でですね、アオイの顔色が優れませんから一人にするのが心配なんですよ。ワタシ自身も安心できないので、アオイの調子が良くなるまで縁側ででも様子を見ていたいのです」

 あぁ、単に心配してくれているだけか。金紗の髪が静かに靡く。私より拳一つ分ぐらい背の小さい彼女はお節介好きなお姉さんのようだ。

「うん。そういうことならそのお節介に付き合うよ」

「ありがとうございます。それでは下へ降りましょうか」

 そう言い、ジーンは踵を返し一階に下りていった。


 水の入ったコップを持ち縁側に出た。夜の風は冷たく、静かにも強く吹いている。断続的な風は昼間とは違い肌寒い。

「この国は十二月だというのにまだ暖かいですね」

「そうなの? これでも今年は冷え込んでいる方なんだけどな」

「そのようですね。ワタシの国ではすでに白雪が降りだし積もっている頃でしょうか、このような冬を過ごすのは初めてです」

 空を見上げる金紗の女性は静かにも瞼を閉じた。

「今でも思い出します。幼い頃はこの季節になると家の周りでよく父や兄たちと雪で遊びました」

「そっか、……そうだよね」

 空を見上げると雲が静かに通り過ぎて行った。空に近い庭に微かな光が灯った。

「……やっぱりさ、ジーンもジューダスと同じ様になにか未練か何かあるの?」

「なぜそう思うのです?」

「だって、幻想騎士ってのはなにか晴れない気持ちがあって世界に魂だけ残ってる亡霊だって……」

「ええ、確かにそうですね。魔術的には幻想騎士というのはそう定義されています。しかしワタシは世界にとって未練はありません」

「えっ? じゃあどうして?」

「未だ果たせ切れてない約束がある、とでもいいましょうか。まぁ、これが未練になるといえばなるのですが、そこまで深く拘ることでもないのですよ、ワタシの場合は。ただ残ってみたいと、行く末を見たいと、そう思っただけです」

「果たし切れてない約束って大事な事なの?」

「そうではありません。ワタシがワタシ自身に立てた誓いです。その誓いとは別に、ワタシはまだこの世界を観ておきたいのです。前世ではソウジロウの歳にはすでに戦いの場にこの身を置きました。そして、アオイの歳にはすでに死んでいる。それこそ毎日が死を意識する日々でした。しかしそれによって国を守ることができた、王と家族と仲間たちを守ることができました」

 金紗の女性は閉じていた瞼を静かに開いた。その目線は遠く、空の彼方の故郷を見ているのだろう。

「結果として、ワタシは戦の中で死にました。敵軍に捕まって異端者として処刑されてしまったんですよ」

「そんな。それって殺されたって事……」

「そうです。死ぬ時には魔女と罵られましたね。あれは一つの宗教戦争でしたから、敵軍からしたらすべての人は異端者であり人ではありませんから仕方ありません。もちろん魔女ですから火炙りでした。あれは熱く、辛かった」

「そんな辛い死に方って……ないよ」

「そうですね。ですけど、その死ぬ前の夜に素晴らしいものを見ました。それはこの世のモノとは思えないほどの光でした。その輝きは、今思ってみれば国のために戦ったワタシに対する励ましだと思っています。結果としてワタシの国が戦いには勝ちましたから」

 空に伸ばした手を月に翳す。細く綺麗な腕だが、この腕も彼と同じ様にたくさんの人を殺してきたのだろう。血に染まった手でも、月明かりに濡れるそれはとても綺麗に見えた。

「あの日の夜も今日のように月明かりが綺麗な日でした。暁が始まるその時まで、空を観続けました」

「怖くは、なかったの?」

「怖い、とは思いませんでしたね。それがワタシの運命でしたから。ワタシがその日に死ぬという知らせがありましたから心の準備ができていたのでしょう。ただ、その死ぬ日まで決して後悔せず、残された使命を果たすと心に決めていました。だから焼かれる場になっても、自分自身に絶望しなかった」

 決意されていたその瞳は淡く儚く見えた。すでに一度死んだ命。国のため、家族のためにその身体を犠牲にして守り、走り続けた騎士。そんな話は、どこか聞いたことがあった。

「死した今でも、ワタシは自分自身に絶望はしていません。それどころか、今は貴女を護るという使命があります。ナツキと交わした口だけの約束ですが、これはワタシがこの世界に残るという誓いでもあります。ワタシはこの世界を見失いたくない、それだけがワタシをこの世界に残しています」

 風に揺れる金紗の髪。その騎士は天に掲げた手を力強く握り締めた。 決意を握り締めているその腕はどこか哀しくも映っている。これだけが自分にとっての生き様だと、そう云わんばかりの拳だった。

「……やっぱり、あなたも彼と同じなのね」

「? 言葉の意図がわかりませんが」

「なにか、あなたもジューダスと同じなような気がする。戦いの中で、自分の人生が刷り込まれていったかのように……。……ごめん、うまく言えないけど、なにか間違っているような気がするよ」

「ええ、傍から聞けばそうでしょうね。その間違いをワタシはわかっているつもりです。しかし、ワタシのようなエゴイストにはそれがお似合いですよ。それがワタシにとっての全てでしたから、それ以外の答えを知らないのです」

 微かに笑ったその顔も、やっぱり儚く淡い。今にも崩れそうなその笑顔に、少し胸につまった。

 ―――きっと、私も同じ顔をしているんだ。そう思った。

「アオイ。あなたはソウジロウを取り戻すといった。それならワタシやジューダスは全力でその願いを届けます。困惑してはいけない。あなたが望む、この世界が望む姿こそが理想であり真実です。それは覆る事の無い結果です」

 一瞬、ほんの一瞬だけ蒔絵の顔が重なった。事情の知った蒔絵も、きっと似たことを云うと思ったからだ。

「うん。ありがと……」

 小さな沈黙と共に風が夜に流れた。照らし出した月も次第に雲に隠れだして夜に暗闇が戻った。

「どうやら少し風が強くなってきたようですね。アオイ、気分は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。んっ、んっ、ぷはぁ」

 コップに入った水を一気に飲み干した。少し冷えた夜に冷たい水は身体を芯から冷やした。気持ちが引き締まる。カランと置かれた空のコップ。静かな夜にその音はやけに大きく聞こえた。

「わかりました。それでは夜も深くなってきましたからアオイはそのまま休んでください。屋敷の警戒はジューダスが結界を敷きましたので、彼らが攻め込んできても危険は回避できます」

「うん、わかった。それじゃあおやすみ、ジーン」

「おやすみなさい、アオイ」

 縁側を離れコップを台所に戻して部屋に戻った。






_go to next day. "FLEETING DREAM"

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