第11話 3rd day.-4<風がそよぐ場所/WIND ROAD>

「ただいま」


家に付く頃にはすでに外は暗く、頭の欠けた月が姿を現していた。


「おかえりなさい、アオイ」


廊下の奥から大きな箱を抱えたジーンが出迎えてくれた。


「アルスからは暫く前に連絡を受けて、ジューダスが周囲の警戒をしていました。大丈夫でしたか?」

「ええ。心配してくれてありがとう、大丈夫よ。ところで、その箱はなに?」


ジーンはかなり重そうな箱を抱えている。歩いてくるときからすでにガチャガチャと音を立てていたから、結構な量の道具が入っているようだ。


「あぁ、これですか。なにかジューダスが使うものだそうで、ナツキの部屋を漁っていて出てきました。なにやらジューダスはこの家の地理に詳しくてですね、なにかと教えてもらっています」

「夏喜の部屋って、本しかなかったはずだけど……」


夏喜の部屋イコール本の山、その他埃の城なのです。


「いえ、これは床下から出てきたものです。なにか魔術的要因の高い法具で幾重に暗示結界が張り巡らされていたようで。ワタシは魔術に関しては疎いので詳しくはわかりませんでしたが……」


?? アンジケッカイ? またよくわからないものがでてきたな。


まぁ、それよりもそんなものが夏喜の部屋にあったのは初めて知った。てかこの家の床下に保管場所なんてあったんだ。


「ならジューダスは? まだ夏喜の部屋なの?」

「ええ。ワタシはこの荷物を裏庭に運ぶように言われていますのでこれで」

「うん、ありがと」


そう言ってジーンは裏庭に向って行った。


考えてみれば、私はあの二人にこの家について何も教えてなかった。なぜかジューダスはこの家に詳しいらしいけど。


・・・・・・あぁ、そういえばジューダスって前は夏喜が呼び出したのか。なんか十年も住んできた私より詳しいみたいだ。


「なにか仕出かそうとしてるけど、少し聞いてみるか」


私は彼の事を何も知らない。ここら辺りで彼について知ってみるのもいい頃合いだろう。


///


「帰ってきていたのか」


夏喜の部屋を開けると、ものすっごい埃の量でほとんどジューダスの姿が見えなかった。


「ただいま、今着いたの。ごほっ、あのさ、窓開けない? 埃がものすごいんですけど・・・・・・」

「そうか? あぁ、それは悪かったな。だが、そこにいたら危ないぞ」

「ん?」


ジューダスが窓を開けると同時に吹き付けた風で全身に埃を被ってしまった。前が見えないとかじゃなくて、呼吸すら出来ない。


「ごほっ、ごほっ。急に開けないでよね。ごほっ、すっごい事にげほっ、なってるんだけどごほっ」

「だからそこにいたら危ないといっただろ。ただでさえこの建物は風の通り道にあるんだ。窓を開ければそれなりに風が吹きつけることぐらい知っているだろ?」

「えっ? そうなの?」

「・・・・・・お前な、一応この家で十年過ごしてきたんだろ。それぐらい気付け」


肩を竦めて呆れ顔で言われた。なんかそれなりにショックだ。


「それよりどうした、こんなところに来て。お前にとってここには何もないぞ?」

「ううん、ここに用があるんじゃなくてあなたに訊きたいことがあるの」

「オレに? なんだ?」

「さっきジーンに会ったんだけどあの荷物ってなんなの? 夏喜の部屋から見つけたみたいだけど、私はあんな荷物見かけたことなかったから」


夏喜の部屋は以前の私にとっての遊び場所だった。それなりに幾度と訪ねては探索していたが、正直言って本と埃以外に何もない部屋だ。ジーンは床下があるとか云っていたけど、この家で床下の入り口になりそうな所があったとは知らなかった。


「あぁ、あれか。あれはナツキの結界礼式が施された魔具だ。ちょうどあの机の下に床下への扉がある。ナツキはお前が見つけることの無いように幾重にも結界を張っていたんだ。坊主の事もあるし、ナツキはお前たちに魔術の存在を知られるのは危険だと思ったのだろう。もともと訪問者が少ないのもナツキの敷いた結界によるものだ。それだけでこの建物の城壁にも成りえるからな」

「結界? そんなものあるの?」

「あぁ。現にお前や坊主自身が招いた客以外見たことがなかっただろう。

それはナツキにとっては一般人と危険因子を判別するための一つの手立てだったからな、容易に人が訪れられては困るんだ」


そうだったのか。考えてみたら夏喜が亡くなってからこの家に訪れた事があるのは蒔絵と宗次郎の友達だけだ。


夏喜の葬式以外で他人がこの家の敷地を跨ぐなんてなかった。その葬式だって全然知らない人たちで、しかも十人ぐらいしか訪れてなかった。みんなNGOの人たち(当時は本当にNGOの人間だと思っていた)と思っていたけど、考えてみたら"クギ"がどうとか、よくわからない質問とかされたっけ。


「昨日のことは正直予想外だった。オレやジーンはお前たちにある脅威が訪れるとしか知らされてなかったが、呼び出された頃にはすでに奴らが現れていたからな、こちらとしても力が万全ではなかった。すまなかった、アオイ」

「えっ、そんな、急に謝られても。あなたたちは私を護ってくれたじゃない。宗次郎は、その、連れて行かれちゃったけど、まだ生きてるんでしょ? それにあの人たちだってまた現れるって・・・・・・」


「―――ロキ=スレイプニールのことか?」


「・・・・・・うん」

「あぁ、先ほどアルスから連絡がった。警戒範囲を広げていたが、まさか一般人の他人の姿で学校にまで現れるとは予想外だった」

「彼女は私になにか話があるって云ってた。その為に来たって」

「そしたら、本物の生徒が現れたため退散した、と」

「・・・・・・うん」

「うむ。奴が何を考えているかよくわからないな。奴らの計画ってのは何なのだ? なぜわざわざお前の前に現れた? そもそもなぜ他人の姿である必要がある? お前を殺すためならその時にでも出来たはずだ。人質にするなら尚更だ」


ジューダスは腕を組み眉間にシワを寄せて思案を始めた。


「恐らく重要な事なのは確かだが、ヤツの正体が判らん以上闇雲な推測は己のモチベーションを下げるな。一応こちらとしては正体の目星はついているが、なんせ数が多すぎる」

「それって何人ぐらいなの? 半端なく多い?」

「半端なく多いな。なんせオレが会った敵すべてだ。何十人といる。そのほとんどが練成魔術の使い手で正体を隠していたからな、ロキ=スレイプニールもそのうちの誰かだろう」


ジューダスがあったすべての敵って、今まで何度あんな戦いをしてきたのだろうか。前は夏喜に呼ばれたって云ってたけど、その時も何度も戦っていたのだろうか。


「それこそ数え切れないほどだ。マスターから使い魔からグールから数えだしたらきりがない。それだけ何度も死線を潜り抜けてきたのだ、あちら側も只者ではないだろうな」


死線の数だけの生への執着なのだろうか、袖の捲くられたジューダスの腕はたくさんの傷痕があった。もしかしたら服を脱げばそれ以上の傷痕があるのだろう。


「ねぇ。もしかして、その腕の傷って・・・・・・」

「心配しなくていい、この傷はすべて敵に付けられたものではない。一応これでも治療魔術の心得はあるからな、これまでの戦いの傷痕は全て癒えているよ。これらはオレが生前の頃の傷痕だ」

「そう、なんだ・・・・・・。・・・・・・やっぱりさ、あなたのいた時代って辛かったの? こういうことが日常茶飯事な時代だったの?」

「いや、そうとも言い切れないな。オレのいた時代は戦いというより、独裁的な環境下だった。それに元々オレは魔術なんて使えなかった、ただの宗教信者だった。神に仕える身でありながら神に叛いた愚者だ。この傷はオレが自ら命を絶つ時に付けた罪の重さの傷痕だ。癒すつもりはない」

「神に叛いたって、それって宗教じゃ御法度なんじゃ・・・・・・」

「そうだ。もちろん周りからは迫害され、それによって師は死んだ。―――アオイ、人間がしてはいけない事は何かわかるか?」

「それって、人を殺す事とか?」

「そうだ。オレのいた宗教では大きく三つあった。盗みをするな、弱者を犯すな、そして最も禁忌とされたのが同族殺しだ。それだけは末代まで償っても償う事はできない大禁忌だ。それは己を殺す事も同義、自ら命を絶つことはそれ以上に重い罪だった。それがオレの罪だ」


男は腕の傷を抱いている。その手は今まで何人もの人間を殺してきているのだろう、幾度もその命を危険にさらしたのだろう。その命を一度、自らの手で終わらしたのだ。


「もちろん悔やみはしたさ。だからこうしている。言っただろ、幻想騎士ってのは生前の恨みや未練が世界に魂だけを残留させて、魔術式を通して再び肉体を手に入れたものだって。オレはどんな主に呼び出されても己が信念を曲げるつもりはない。自分の信じた結果を得るためにこの世界に留まってきた」


半端なくスケールの大きい、私が容易に理解できる話ではない。


彼がどれだけの時を過ごし、どれだけの人を殺してきたかわからないけど、なにか・・・・・・間違っている気がする。


「あなたは―――」


「この話はまた今度にしよう。お前もまだほとんどこちら側のことをわかっていない。奴らが再び現れるまでまだ時間があるからな、日を追ってゆっくり説明していこう」

「え、うっ、うん。わかった・・・・・・」


そう言ってジューダスは夏喜の部屋を出て行った。


「そうだ、なにか用があるなら裏庭にいるから呼んでくれ」

「うん、わかった」


廊下に出していた幾許か荷物を持って裏庭へ向っていった。


///


暗闇に広がる月だけが静かに街全体を照らしている。この月明かりの下のどこかに宗次郎はいるのだ。こんなに近くにいたのに、どこかわからない遠くに消えていった。


「―――きっと助けるからね、宗次郎」




_go to "tea party".


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