第9話 3rd day.-2<夜明け/DAYBREAK>

<夜明け/DAYBREAK>


「―――葵、君はなにを夢見る?」


以前夏喜から聞かされた、親子としてのなんの変哲もない会話。


「わからない。夢なんて、ほとんど見ないから」


いつごろの会話だろう。


夏喜に引取られてすぐだっただろうか。それとも亡くなる前だったろうか。


ただ縁側に座って夕日を眺めていただけ。静かに風が流れる黄昏時、すべてがオレンジに染まる空。


「ははっ、その夢じゃないさ。わたしが言っている夢は君の将来の夢の事よ。

君がこの家にもう何年になるかなぁ、君もいつかはわたしと同じ様に大人になるんだ。君もそろそろ、その先の事も気にし始めてもいい年頃だよ」


突然の質問。


放任主義であった夏喜が親として子供の事を聞いてくる。


普通の家庭なら何の変哲もない会話。それが私にとっては気恥ずかしく感じる会話。


「それもまだわからない。私にとって未来あしたより現在きょうの方が大事だから」

「難しい事を言う子だね、君は。まぁ、もちろん今も大切だよ。今あってこその将来だからね、そこを大切に思うのも大事な事だ」


静かに笑う。黄昏の空で初めて親子らしい会話した気がする。


流れる風と一緒に沈む空。この町でどこよりも空に近い庭。オレンジの雲がどこよりも大きく見える。


「いいかい、葵。人の一生というのは、喩えてみれば流れる雲と同じかもしれない。人の一生は廻るんだ。ここで見た空も、遠く離れた場所で見ることができる。君と同じ空を、他の誰かが見ることができる」


遠い言い回し。


これも夏喜っぽさの一つだ。


何を言うにも遠まわしで、言葉一つ一つを考えさせられる。私が難しい事を考えるのも夏喜の所為と云ってもいい。


「でもね、同じ空を見ているつもりでも、まったく同じ空なんてないんだよ。それは瓜二つであるだけであって、完璧に同じではない。

人の一生も同じ。生きている間は一生続く一日の繰り返しでも、同じ日なんて来ないんだ。似た様な昨日と明日を繋げて、似通った今日を過ごす。それでも、似ていようと"同じ日"なんてない。必ず、静かに、確実に一日は変化して繰り返すんだ。楽しい一日、苦しい一日、人は生きていればそれなりに良いことだってあるし、悪いことだってある。それらすべてが合わさって人の一生なんだよ」

「うん、わかってる」


きっとそれは私が一番わかっている。


どんなに残酷な日が来ようともこの星は廻り続ける、時計の針は進むのだ。




それがこの世界の道理だから。




永遠なんて存在しない。終わらない日、始まらない日なんてないのだ。


「そうだ。君は何処の誰よりもそれをわかっているはずだよ。今の人はそれをわかっていない人が多いからね。そんな人こそ自分の人生に失敗するものなんだ」


小さく笑う夏喜の顔を見る。


夕日に濡れたその顔はどこか寂しげに見える。


この夕焼けが、黄昏時は待ちゆく人の背中を寂しげに映す。


小さな夕日の大きな光。小さな町を大きく覆うその夕日が沈んで、大きな満月が昇るまで見続けたいつかの秋の日。




* *




―――白んだ光を感じた。カーテンの隙間から、紫色をした空が見えた。


「―――っん、もう・・・・・・朝か」


静かに身体を起こす。


暦はすでに十二月を指しているのにもかかわらず、部屋全体に蒸し暑さを感じる。


そんな錯覚を起こすほどの気分の悪さ。


新しい朝が来て、あれから丸一日以上経っているはずなのに気分は晴れない。


何もする気になれず、何をしていいのか判らない。彼らが何であろうと、私にとってどういう存在なのかすら判らない。


宗次郎も彼らと同じだとすれば、結局はなぜ私の傍に居たのだろうか。


「アオイ、起きているか?」


ドアの先からジューダスの声がする。どうやら起こしに来たようだ。


「うん、今起きたトコ。すぐに行くから居間で待ってて」


足跡が遠ざかる。とりあえず居間へ向かおう。平日だし、学校どころではないが、休学するにも書類を出さなければならない。


ベッドから出て部屋を後にした。


///


居間に入るとジーンが一人で佇んでいた。


「おはようございます、アオイ。気分はどうですか?」


ジーンは自然の笑顔で朝を迎えてくれた。




『――― おはようねぇちゃん、今日もいつも通りだね―――』




その姿が宗次郎と被った。いつも迎えていた日常の変化には、やはり戸惑いを感じる。


「大丈夫ですか? やはり疲れが残っているようですが」

「ううん、大丈夫。だいぶ落ち着いてきてるから」

「そうですか。そろそろジューダスが戻ってくるはずです。しばらくこちらで待機しておいてほしい、と」

「うん、わかった」


時刻はちょうど7時を迎えた辺りであった。いつもより遅い朝の始まりであったが、そんなことはどうでもいい。


「アオイ、来ているか?」


しばらくして、ジューダスはいくつかの荷物を持って居間に現れた。


「うん、今さっき来たところよ」

「あなたに言われた通り、アオイにこちらで待機させていましたが、何かあるのですか?」

「渡すものがある。以前はナツキが使っていたものだが、あの本はもう使い物になりそうにないからな、アオイ自身にも身を守るものが必要だろ」


まだ夏喜が遺していったものがあるのか。


なんか全然現実味のない人のイメージが定着してきた。現実ではありえない事が多すぎて困るよホント。


「そのためにワタシたちがいるではないですか」

「前の状況ならそれでもいいだろうが、そうも言ってられないだろう。奴らの狙いはわからないが、もしかしたら坊主がそのままあちら側の戦力になる可能性すらある。なら、こちらの手は一つでも多いほうがいい」

「・・・・・・それってどういう意味よ?」


今の言葉は聞き捨てならない。それだと、私たちが宗次郎と戦うみたいだ。


「みたいだ、ではない。可能性がある以上準備は必要だ。向こうは何の躊躇もなく坊主を使ってお前に手を出したんだ。抵抗の一つでもしなければ、すぐにでもられるぞ」

「それでも、宗次郎とるなんて、私にはできない。私は―――」

「坊主のお陰で今の自分がある、か。そんなではオレたちがナツキに託された意味がないぞ。だれも坊主と殺し合いをしろとは言ってない。こちらが二人を制せば、坊主を取り戻せるんだ。オレたちはお前たち姉弟を護るために存在している。坊主を取り戻すためには、使える手段は使いたい。

ただ、問題は坊主がどれだけの力を持っているかだ。あの本を一発で再起不能にするほどの力だ、まだ何かを隠しているかもしれない。油断していては返り討ちにされかねん。

アオイにもそれなりに自分の身を守ってもらわなければこちらとしても困るからな、これを渡しておく」


そう言うと、ジューダスは法衣の懐から小さな袋を取り出した。


袋には小さな模様が描かれている。


「なにこれ?」

「開けてみろ。以前はナツキが護身用として持っていた物だ」


「これって・・・・・・へっ―――?」


ゴトッと、硬い音をして袋から出てきたのは手の平に入る位の小さな拳銃だった。


全体的に黒で装飾されており、グリップ部分には大きな宝石らしきものが埋め込まれている。


「なに、この奇っ怪なモノは・・・・・・?」

小型拳銃デリンジャーだ。ナツキ自身がそれ自体に術式を組み込んでいる。本来は普通の拳銃の弾を入れるようだが、それは持ち主の魔力を吸い取って発射される術式だ」


てか拳銃って、日本じゃ捕まるって普通に・・・・・・。


「そんな法律きまりもあったな。まぁ、そんな気にする必要ないだろ」


いやいや気にするって。隣で控えていたジーンまで笑っているし。いや、あれは苦笑か・・・・・・。


「あくまでも護身用だ。別に普通に持ち歩けとは言ってない」


持ち歩かなかったら護身用じゃないじゃん・・・・・・。


「それにこれには特別な魔術式が組み込まれているからな、それなりのカモフラージュができるようになっている。一般人が見ても拳銃デリンジャーとは気付かんだろ」

「なんだ、それを先に言ってよ。ビックリしたじゃない」

「そうですよ。ワタシでもこの国で拳銃を持っていれば違法だという事ぐらいわかります」


ジーンと二人、肩の荷が下りたような気分だ。そりゃ、目の前に急に拳銃を出されたら、普通ビックリするって。


「―――それなんだがな、オレはあまりおススメできないんだよ。これに関しては・・・・・・」


「はい?」


なんだそれ、カモフラの意味は?


「ジューダス、それはどういう意味でしょうか? あまり意味がないモノでしたら、ワタシとしても心配ですよ。いろいろな意味で・・・・・・」

「まぁ、百聞は一見に如かずって云うだろ、この国では」


そう言うと、ジューダスは拳銃を入っていた袋の上に置くとその周りに幾何学的な模様を描きだした。


「何してるの?」

「まぁ黙って見てろ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、できた」


そう言うと両手をパンッと叩いて―――




「―――『アストワント』―――」




そう唱えた。




「ズィイイイヤ!」




なんとも奇怪な生き物が現れた。


「・・・・・・なんなの、これ?」

「なんなのとは失敬な! 知る人ぞ知るこのオイラを知らぬというのかい!?」

「いや、だから知らないって」

「ガーン。・・・・・・グス、そうっスよね知らないっスよね。こんなキッカイなモンに入ってヤツなんて知らなくて当然っスよ。一応ね、知っていてほすぃ〜気持ちは一ミクロンぐらい持っていたワケですたい」


どこの人(!?)だこいつ。というか生物カテゴリ上なに?


「・・・・・・まぁこんなヤツだ」

「どんなヤツだ!?」

「こいつはナツキがその銃に組み込んだ精霊の一つだ。ほら、グリップのところに宝石が埋めこまれていただろう」

「また宝石なのね・・・・・・。で、結局なんなの?」

「―――精霊族グレムリンですね。それも超越種の純子タイプワンのようですが・・・・・・」

「その通りだ。そいつの召喚者マスターはナツキだったが、既に契約が切れていている。今はこの結界内でしか現界できない“できぞこない”だがな」

「あっ、その言い方は酷いぜダンナ。再契約が完了したら普通の精霊族と変わらないのに」

「・・・・・・それで、私にソレと契約しろ、と?」

「話が早いな。簡潔に言えばそうだ。契約したからといって何も変わらないわけではない。こいつが好き勝手行動できるだけだ。 あとこいつが自分の能力を行使できるようになる事か」

「それって問題じゃないの?」

「問題にはなるが契約すればこいつはアオイ、お前の"使い魔"になる。簡単に言えばペットと同じだ。お前がこいつの行動を拒めばそれは禁じられる」

「オイラはマスターの言う事は逆らえないというわけですタイね」


なるほど。でも、それだったら姿を現さなければ問題ないのではないか。


どちらかというとそれのほうがいい。こんなキャラだったら私でも相手にするのは疲れるよ。


「それと言い忘れたが、お前はできるだけいつも通りの生活をしてもらう。学校にもそのまま通ってもらう」

「なんでよ? こんな一大事なのに、学校なんて行ってる暇なんてないでしょ? 私はこの問題が解決するまでは休学するつもりよ。宗次郎もいないし、私だけ学校に行くのも不信がられるじゃない」

「そう言うとは思ったが、一言で言えば、お前はあまりこちら側の世界には深く入り込まないほうがいい。お前は自分の昔の記憶が欠如しているらしいからな、実際どんな運命を背負っているかわからん。

魔術こちら側の世界に深く入り込んでしまうのはあまりいいことではないし、お前には表との繋がりを継続してもらわないといけない」

「でも、宗次郎は・・・・・・」

「そこでこいつの出番だ。こいつの能力の一つは"変化メタモルフォーゼ"でな、契約者にとって都合の良い影武者とかにもなることができる。こいつ自体には不安定要素は多いが、お前にとっては必要不可欠な使い魔だ」

「そうなの?」

「そっスよ、ナツキの娘っ子さん」


なんかガッツポーズしてるし。不安要素多すぎですよ、これ・・・・・・。


「その子を宗次郎の代わり、にしないといけないの? それで学校へ、・・・・・・行くの?」

「そうだ」

「行ってください」

「よろしくな、マスター!!」


なんだかなぁ、この空気。私的にはこんな成り行きは頂けないんだけど・・・・・・。




_go to "emergency".

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