第2章 眠り姫

第8話 3rd day.-1<眠り姫/SLEEPING BEAUTY>

<眠り姫/SLEEPING BEAUTY>





「―――っん・・・・・・どこ、ここ?」




ふと、何の前触れもなく目が覚めた。


「・・・・・・ここ、居間、だ。なんで、ここにいるんだろう?」


昨日は確か、学校から帰ってきて、掃除して、宗次郎と夕食を食べて、部屋に戻って普段通りベッドで休んで―――普段通り?


「―――普段、通りベッドで休んで、それで、―――痛っ・・・・・・」


左腕と脇腹に痛みが奔った。


痛んだ場所に目をやると、長い棒で挟まれた左腕が包帯でぐるぐる巻きにされていた。それはまるで―――


「骨折してるみたい・・・・・・」


いや、これはたしかにはずだ。あの時、気を失う直前に起こったことが脳内を駆け巡る。


「まさか、宗次郎が・・・・・・?」


あの少女が何かを話した後に、宗次郎が苦しみだしたのは覚えている。


その後だ。苦しんだと思った宗次郎の拳が私の左腕を殴っていた。そのあまりの威力に、激痛の中、私は気を失った。


「一体、どうして・・・・・・」


頭が痛い。


きっと、疲れているのだろう。軽く頭を振り、身体を起こした。


どうやら座布団を枕に横になっていたようだ。すると―――




「―――おや、気付かれましたか」




居間の障子が開かれると同時に金髪の女性が現れた。


「・・・・・・えっ? あっ・・・・・・えっ?」

「まだ顔色がよくありませんね。失礼」


女性は何の躊躇もなく、私へ近づき腰を下ろして額に手を当てた。


「熱などは無いようです。まだ疲れが抜けていないのでしょう」


女性はすぐ立ち上がり踵を返した。


「ちょっ、ちょっと待って!」

「なんでしょうか?」


女性はこちらに向き直ると、再び腰を下ろし、私の視線に合わせた。


その顔立ちは女の私が見ても驚くようなとても美人だった。ワンレングスの金紗な髪型で、白い肌に青い瞳が輝いている。


自分で呼び止めていてなんだが、なんて声をかけたらいいかわからなかった。


頭の混乱はさらに渦巻く。


「まだ記憶の混濁が診られますね。すぐに戻ります。少しお待ちください」


金紗の女性は音もなく立ち上がり、居間を後にした。




「アオイ、気分はどうだ?」



再び現れた女性と一緒に群青色の法衣に身を纏った男性が現れた。


「あなたは、確か―――」


この男性は見覚えがあった。


「こうして落ち着いた場面で話すのは初めてか」


戸惑いを隠せなかった。彼は私の夢の住人だったはず―――


「何だその顔は・・・・・・?」

「ジューダス、アオイにはまだ記憶の混濁が診られます。ほぼ一日気を失っていたわけですし、突然の出来事でしたから、まだ記憶の整理ができていないのでしょう」


一日、気を失っていた? なにを言ってるの? というかあなたはだれ?


「そうか。・・・・・・記憶が混濁しているところで悪いが、アオイ、お前に報告しなければいけないことがある」


夢の住人は急に真剣な顔をした。


「ちょっと、それは状況の整理がついてからでも―――」

「いや、事が重大すぎる。この事もあわせて記憶を整理してもらったほうがいい」

「な、なに・・・・・・?」


女性の方は困惑しているように見えた。



なにか、重大な事を隠している。なにか―――


「坊主が・・・・・・、お前の弟ソウジロウが―――連れ去られた」


「どういうこと・・・・・・」

「詳しい事情はわからないが、昨日の奴らの目的が坊主だったことだけは確かだ。お前が気を失っている間に奴らと戦ったが、坊主を取り戻すことが出来なかった。すまない」






眠り姫/3rd day.






私が気を失っている間の話を大まかに聞いた。


彼らは―――夢の男の方はジューダス、金髪の女性の方はジーンという名前らしい―――襲撃してきた二人組と対峙し、私と宗次郎を守ろうとしたらしい。


しかし、あちら側の何らかの力で宗次郎が操られ、そして奪われた。


去り際に、再びこちらに訪れるから首を洗って待っていろとか何とか。


「これからのことを話する前に、もう少し"オレたち"について説明していたほうがいいだろう」

「・・・・・・うん」


ジューダスは私が玄関に駆けつけた時にはすでに戦っていたが、ジーンはあの時にはいなかった。


彼らは一体どこからやってきたのか、私には分かりかねない。


「ワタシたちは貴女の義母、ナツキによって契約された"幻想騎士レムナント"です。ワタシたちには本来名前がありません。ですが、ワタシたちはそれなりに個として存在しています」

「・・・・・・はぁ」

「ただ、こうして肉体があることですし、やはり名前があったいいだろうと、ナツキはワタシを『ジーン』と呼んでいました」

「オレの方は『ジューダス』と呼んでくれて。好きに呼んでも構わないが、こちらの方がとほとんど変わらないからシックリくる」

「シンメイ?」


また意味のわからない言葉が出た。頭の中はオーバーヒート寸前である。


「そっちも順を追って説明しよう」


ジューダスと名乗った男は床に腰を下ろすと順を追って語らいだ。




「―――まぁこんなもんだが、ちょっとは理解できたか?」

「・・・・・・」

現実味が無さ過ぎて、どこか別の世界に紛れ込んでしまったような感覚だ。


―――まずは彼らが自身を指す、"幻想騎士レムナント"。空想的概念を現実化することの出来る魔術師や奇術師、法術士―――総じて"魔法使い"―――によって現実世界に具現化した奇蹟の一つだそうだ。




―――曰く、『幻想騎士』は堕ちた存在である。


想像から創造された者は、総して"魔者"と呼ばれるそうだが、彼らはその中でも随一の奇跡の塊だそうだ。


その存在は霊であり霊でなく、人であり人ではない。


古の太古から近い過去まで、世界中に語られる神話、逸話、伝説、または実際に存在したであろう人物であり、魔力で現代に受肉し、存在定義を確定させる。受肉する事によって普通の人間と同じ様だが、その存在は格付けでは人間より『下等』だそうだ。


それは実際には存在していなかったかもしれない存在、最初に死ぬときに大きな未練や後悔を残しており、それを断ち切りたい思いから世界にしがみついている者がほとんどだからだそうだ。


そんな彼らを再び世界に使い魔に近い存在として現代に受肉させ、"幻想騎士"として召喚者に従事するそうだ。生命定義では現存している生命体を"一"とした場合、彼らは"零"の存在であるという。


"有"に対して"無"。つまりは堕ちた魂、"魂の咎人"なのだそうだ。


彼ら幻想騎士は堕ちた存在故、存在を確立する名前がない。


幻想騎士になる前の名前、生前の本名や忌み名、すなわち『真名』があるそうだが、一部こだわりの強い個体もいるが、今となってはこちらは今の存在にはなんの価値も持たないただの単語でしかないそうだ。




―――曰く、存在定義では"一"の存在が発現した時にのみ"名"という"しゅ"が発生するらしい。


この"呪"により"名"がその個体の存在を縛るものになるという。


生命にとってそれだけに"名前"は大事なものだという。石というのは"石"という"名"がつくことで硬く頑丈であり、鳥は"鳥"という"名"がつくことで空を飛ぶ事ができる。


しかし、"零"の存在である幻想騎士は存在を確立する"呪"が発生せず、それ故に"名"というものが必要なくなるという。それにより彼らは世界にとって存在している事実が曖昧になり、"名"のもつ"一"の存在よりは下等になるそうだ。


彼らを呼び出した昔の者は、彼らに名前がない事に不甲斐ないと思ったのか、大部分は真名に由来する名前をつけるようになったとか。




「―――次にについて説明しよう」


やっと、話が本題に入った。あの襲撃に合わせたかのように現れた彼ら。召喚されたと言っていたが、その意味を私はまだわかっていない。


「まずはオレたちがなぜ現れたか、だ。オレたちが幻想騎士だとはさっき説明した通り、その幻想騎士を呼び出すのは現実的な人間じゃない。『魔法』を酷使し人として卓越した非現実的な魔者だ」

「魔法・・・・・・。それって昔話とか漫画とかに出てくるアブラカダブラとかチチンプイプイのようなもの?」

「ニュアンスは大体は合ってる。魔法を使役する事のできる人間種は古から世界中に存在する。その土地特有の魔術式を構築して今日まで種を増やしてきた」

「土地特有、というと?」

「西洋では西洋の、東洋では東洋のというように魔術特性が変化するのだ。主にその土地の文化や宗教などに影響されるが、その古今東西の魔術式に共通するものの一つに"召喚魔術"というものがある」


陰陽師の式神とかかな。ちょっと前に映画で見たが。


「基本的に召喚魔術では霊長種を召喚する事は禁じ手タブーとされてきた。生命定義では同一種の生命を召喚する事は神の御業を超越したもので許されるものではなかったからだ。昔の人は宗教間で違いはあるが、人智を越えた能力酷使を恐れた。現代でも複製生物クローンだとか言うのは迫害されているはずだ。

しかし、暫くしてその生命定義を逆に利用するヤツが現れた。生命定義ではなく存在定義を書き換えて、同一種の召喚を可能とする奇跡を創り出した。それがオレたちやあいつらの様な"幻想騎士"という存在だ」


順を追って説明されてもいまいち理解できないなぁ・・・・・・。


「すぐに判れとは言わないさ。ジーンこいつが幻想騎士として召喚されたのは今回が初めてらしいが、オレは今回で三度目だ。一番初めは大体半世紀前ぐらいか、その時の主は教会のジジィだった。その次、二回目に呼び出したのがナツキだ」

「夏喜が? それじゃ―――」

「そうだ。ナツキはお前が思っていたような現実的な人間ではない。"魔法使い"だ」

「魔法・・・・・・使い? そんな御伽話のような事ってありえるの?」

「理解し難いと思うがこれが真実です、アオイ。現に、幻想騎士ワタシたちという理解し難い存在が目の前にいるのですから」


隣で控えていたジーンが静かに口を開いた。沈黙が部屋の中で木霊する。夏喜は私と宗次郎を養子に迎えてからというもの、そんな素振りは見せなかった。


少なくとも私は気づく事はなかった。だとしても、魔法使いなんてものが存在するのか。夏喜が魔法使いである"証拠"はあるのか。


「・・・・・・証拠、か。物事の証明ほど難しいことはないが、オレたちはナツキが遺した宝石から召喚されたぞ」

「え・・・・・・? じゃああのルビーから?」

「ああ。オレは坊主が持っていたサファイアの宝石からだが、こいつはお前が持っていたルビーの宝石からだ。ちなみにこいつを呼び出したのはオレだが、今回オレ自身を呼び出したのは宗次郎だ」

「どういうこと? ならあの子も魔法とかが使えるってこと?」

「それはオレには分かりかねない。ただ、少なくともナツキは昨日の出来事を予測していて、宗次郎にそれを伝えていたことは確かだ」

「予測、していた?」

「どのように予測したかは判らんが、お前がこの本を見つけることも、いつかオレたちが召喚されることも、敵の襲撃があることも知っていたようだ」


「あ、その本」


ジューダスの手には、私が夏喜の部屋で見つけた洋書が握られていた。


「この本自体が高度な魔術書でな、どうやらお前の怪我が腕一本折られる程度に済んだのもこれのおかげだ」

「どういうことよ」

「この本は持ち主に振りかかるだろう災厄を退ける退魔術が施されている。ある程度の力を跳ね返すことができるように構築されているが、どうやら坊主の力が強すぎたのだろうな。この本の残量魔力から察するに、そのまま殴られていたら、普通の人間なら当分昏睡状態だっただろう」

「よくわからないんだけど。あの痛みは本物だったし、宗次郎を災厄扱いだなんて」

「いや、だが実際にあの力はすでに災厄並だ。それに、この本があの場にあったから、この家の損害は玄関だけで済んだことも確かだぞ。この本を遺したのも、お前たちの身に何かが起こると知っていたからこそだろう。

こいつは詳しいことは言われていないらしいが、オレとこいつはアオイと坊主を守るように、とナツキに言われている」

「夏喜が? 何でそんな事を」

「それはオレが知ることではない。無論、こいつもだ」

「・・・・・・さいですか」


暫く、沈黙が流れた。夏喜が、魔法使い? そんな御伽話、信じようにも信じきれるものではない。


だが、あれだけの出来事、人間業ではない。


やっぱり、夏喜もこの人たちもあの二人組も、そして、もしかしたら、宗次郎も―――人為らざる人。


「アオイ。これだけは理解してくれ。ナツキは魔法使いだ。絵本に出ようが神話に出ようが、魔法使いはこの世界、どこにでも存在するのは事実だ」

「―――どこにでも、いる・・・・・・」


再び訪れた小さな沈黙の後、


「ジューダス、朝までしばらく時間があります。あまり一気に説明しても理解し難いと思います。あの出来事の後ですし、アオイにはそのまま休んでもらった方が宜しいかと」


困惑気味の私に気を利かしてくれているのか、ジーンが口を開いた。


「・・・・・・それもそうだな。夜が明けるまで大体五時間位か。アオイ、お前が落ち着いた頃にもう一度話そう。まだ説明しないといけない事がたくさんあるからな」

「あっ、ありがとう・・・・・・」


ジューダスはそれだけ言うと踵を返し居間から立ち去った。


「アオイはこちらで休まれますか?」

「えっ、うっ、ううん。自分の部屋で休んでくる」

「そうですか。それではワタシは庭のほうに行っておきます」

「・・・・・・うん、わかったわ」


ジーンもジューダスと同じ様に踵を返すと居間の障子に手をかけた。


「あっ」

「どうしました?」

「あっ、昨日は、ありがとう。助けてくれて・・・・・・」

「いえ、貴女がそれを気にする必要はありません。ナツキから言われているのもありますが、今は貴女がワタシのあるじです。主の身を護るのが騎士の務めですから」


彼女は小さく笑みを浮かべてそう言うと居間を後にした。


いろいろな出来事が起こりすぎて頭がパンクしそうだ。魔法使い、幻想騎士、魔法、召喚。何がなんだか、まるで本当に夢の世界に入り込んだアリスのようだ。


夏喜が遺していった物は全部この不可解な物語に関係しているし、夏喜自身がこの出来事を予測していたなんて、そんなことなら言ってくれたいいのに。


宗次郎だって、あんなになっちゃうなんて、ホントによくわからないことが起こりすぎた。


「私も休もう。朝になったら気分も変わるはずだし」


居間の電気を消して部屋に戻った。




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