初戦
キメラはやや警戒しつつ、俺とお姉さんの周囲を周回する。
スキを窺っているようだ。
「あなたどうしてここに?」
「ただの偶然さ! それより、お姉さん! 状況を教えて!」
「仲間は全員殺されたわ……命乞いをしたのに……」
「お姉さんのスキルは?」
(お姉さんは女性で細身だ。にもかかわらず持っているべき物、盾を装備していない。
ということは――なんらかのスキルか魔法のために片腕を開けている可能性が高い)
「私は魔法剣士。でもレベルが低いから簡単な炎魔法くらいしか使えないわ!」
「シット!」
状況は悪い。明らかに劣勢だ。だけど……
「お姉さん! 僕が……いや、俺が絶対に守る! 俺の背後に下がっていて!」
「わ、わかったわ!」
俺は急いで、自分が今使えるスキルを把握した。
(なんなんだこのスキル……でもこれを使いこなさないと、今この場で死ぬ)
そして――キメラは頭からこちらに突っ込んできた。
「死ねえっ!」
俺は、
「スキル発動! うんこ七変化(オルタネーション)!」
うんこは、水分が六割、黴菌の死体が四割ほどだ。俺はその比率を自在に操れる。
「水分九割。細菌一割! 発動! うんこの一枚岩(モノリス)!」
俺は体を大きく広げ、うんこのヴェールを生み出した。
「うおっ! くっせええ! お前、うんこの濃度を操れるのかっ?」
キメラは怯み、攻撃を中断。
「うん!」
「くそ! ただのクソなんかに……お前みたいなクソ雑魚に俺様が負けるはずないんだ!」
キメラにハッタリは通用しなかった。今度は、匂いを覚悟で突っ込んできた。
そして、
バシュッ!
うんこの壁は一瞬で破られた。そして、キメラはお姉さんを牙で引っ掻いた。
「きゃっ!」
鮮血が草のしとねを赤く彩った。
キメラは、
「お前なんか誰の役にも立たないんだよ! どうせ異世界転生すれば、誰かの役に立てると思っているんだろ?
俺はそういう奴らを何人も殺してきた。どいつもこいつも臆病者で腰抜けだった。
チート能力に頼るから肝心の中身がない。すぐに仲間を捨てて命乞いをする。
お前もそういう奴らと同じ匂いがする」
「いいや! 俺は違う! もう逃げないって決めたんだ!」
俺はじっとキメラのヤギの顔をトラの顔を見つめる。
俺はヤギの顔に向かって、
「おい! ヤギの方の頭! トラの頭を攻撃してくれ! トラを裏切ってくれ!」
「何を言っている? ヤギは俺の体の一部だぞ? 俺を裏切るわけ――」
「メエエエエエエエエエエエ!」
そして、ヤギはトラの喉笛に噛み付いた。強固な歯でトラの喉を食い破り、ピンクの肉が地面にこぼれた。
「な、何が起きているの?」
「俺のスキル。うんこ七変化(オルタネーション)で、一時的にライオンのうんこになったのさ!」
「ライオンのうんこ?」
「うん! ライオンのうんこは、草食動物が非常に嫌う匂いを放つんだ! だから我を忘れてトラに噛み付いたんだ!」
[うんこの豆知識]
ライオンのフンはなぜか草食動物に毛嫌いされる。おそらくライオンに食われるのを防ぐためだろうが、正確なことはわかっていない。
鹿と電車の衝突を防ぐために、線路脇に大量のライオンのフンを設置し、日本の三重県で鹿よけにした事例がある。
「こ、これなら勝てるかも!」
「俺の力で勝てないのなら、相手の力を利用すればいい!」
「形勢逆転ね!」
「うん!」
「ぐぎゃあああああ! やめろおおおおお! ただのうんこごときにー!」
トラはのたうち回りながら叫ぶ。血飛沫が草の絨毯に赤のまだら模様を生み出す。
「行けるわ! これなら勝てる! 殺すのは無理でも、撃退はできるかも!」
「うん! こんな僕にもできることが――」
言い切る前に、
「キメラスキル発動! 創造(ザクリエイション)!」
そして、キメラはあっさりとヤギを切り捨てた。
ヤギはキメラの体から異物として排出されたのだ。
「俺様はキメラ! 自分の体の一部を切り離すなんて造作もない! 形勢逆転だな! このクソ雑魚!」
怒り狂ったキメラは再び突っ込んできた。
鼻には肉片で栓をしている。
「これでお前の匂いなんてもう感じねー!」
トラの前足の大振りが俺の体を切り裂いた。
ベチャっ!
だが、俺はうんこ。物理攻撃はほぼ効かない。
「ちっ! ならば焼き殺してやる! この世から一ミクロンの細胞も残さず消してやる!
キメラスキル発動! ロアリングファイア!」
トラは口を大きく開けて、灼熱の火炎を撒き散らした。
そして――
ドガああああああああああん!
大気を焼き切るほどの爆発が起こった。
キメラは吹き飛ばされて、焼け焦げた。
「引っ掛かったな!」
「な、何? 何が起きているの?」
「うんこは熟成するとメタンガスを発生させるのさ! そこにキメラが火炎放射して、自爆したってわけさ!」
「うんこさんって頭がいいのね! これで私たちはようやくたすか――」
「くそがあああああああ!」
キメラは焼け焦げた体を動かし、なんとか立ち上がった。
「よくもこの俺様をコケにしやがったなー! このクソ雑魚があああ! キメラスキル! アブソリュートゼロ!」
キメラは輝く白い氷の息吹を吹き出した。
ダイアモンドダストが、夜空のカーテンに白い刺繍を施した。
「これならガスに引火することもない! 氷漬けにしてからバラバラに――」
ドガああああああああああん!
再び、空を仰ぐ爆発が起こった。
「ぐはっ! 一体なんなんだっ? 火種はなかったはずだ!」
そして、キメラはこちらを向くと、
「赤髪の人間のメス! お前が引火させたのか? 確か弱い炎魔法が使えるとか言っていたな……くそ!」
【私は魔法剣士。でもレベルが低いから簡単な炎魔法くらいしか使えないわ!】
赤髪のお姉さんは、右手を真っ直ぐにキメラに向けていた。
「なら。ガスに注意すればいいってことだな!」
キメラは匂いを防ぐための鼻の栓を外した。
だけど――もう遅い!
「ん? なんだこの匂いはっ?」
「うんこの匂いを嫌がって鼻栓をしていたのが命取りになったな! その匂いは、たっっっっぷりと細菌を練り込んだうんこの匂いだ!」
「なんだ? 体がフラフラする……めまいに……吐き気……?」
「うんこは細菌の塊。ようは猛毒ってことだ!
知っているか、大昔はうんこを戦争相手に投げつけていたんだってよ。
これがどう言うことかわかるか?」
「知るかあああああ!」
「うんこは“戦争で使われるほどの兵器”だったってことだよ!」
[うんこ豆知識]
うんこは最も手軽なバイオハザード兵器だと言える。最も手軽に作ることができる。
コストもかからず、収集も容易。
試験管も化学実験室もいらない。というか作るのに一円すらかからない。
だが、威力は絶大。赤痢のうんこを投げて赤痢を蔓延させる。
水源にぶち込んで、貴重な水を使えなくする。
様々な方法でうんこは猛威を奮ってきた。
「うんこごときにー! うんこなんかにー! 俺様が押されるなんて!」
「うんこは確かにいらない物。だけど……お前の方がよっぽどいらない存在みたいだな!」
「うるせえええ! お前なんか誰にも必要とされないんだよ!
お前なんかから逃げることになるとはっ! キメラスキル! 創造(ザクリエイション)!」
キメラはよほど追い込まれたのか、地面の草を体に取り込んだ。
トラの皮膚の上から緑黄の植物が生茂る。
「そ、そんな。草と同化までできるの?」
と、お姉さん。
キメラは息を吸い込まないように、腹から声を出す。
「これで呼吸が必要なくなった! 覚えていろよ! 今は負けても、勝つのは俺様だ!
いいか? お前はクソ雑魚だ! 異世界にも元の世界にもどこにも居場所なんてねーんだよ!」
そして、キメラは翼をはためかせ空に飛び上がった。
「よかった! 何とか撃退できたわね! 私たちの勝――」
「まだだっっっっ!」
俺は、大きく力強く叫んだ!
「うんこ七変化(オルタネーション)!」
うんこの水分を限界まで増やす。うんこは軟化し、鞭のようにしなる。
俺はうんこの触手を勢いよくキメラに絡ませる。
うんこでできた網がキメラを縛り上げる。
そして、縛りきったタイミングで、うんこの濃度を再び操作。
水分を下げて、ガチガチのうんこで縛り上げる。
もう逃さない。
「俺は確かに元の世界では、クソ雑魚だった。そして、今は文字通りのクソだ。
スキルもうんこにまつわる能力ばっかり。チート能力とはお世辞にも言えない。
だけど……大切なのは、持って生まれた才能じゃない!
うんこみたいな才能しかなくても負けじゃない!
大切なのは……それをどう使うかだ!」
「ふざけるな! お前みたいなクソ雑魚に! 俺様が負けるはずないんだ!」
キメラはジタバタしながら、悪態をつく。
「お前はこれからも負け犬だ! これからもずっとクソ野郎だ!」
ガチガチのうんこに絡まれながら、負け犬の遠吠えをする。
「お前は一生誰にも必要とされない! ずっとクソのままだ!」
キメラは最後の抵抗を始める。翼をもがいて、尻尾をうねらせる。
俺胸の中に大きく息を吸い込んだ。たっぷりと胸の中に沈殿した空気は、少しだけ温かい。
一本のうんこの槍を練り上げる。硬質化させつつ軟化。
「待て! それで何をするつもりだ! よせ! 頼む!」
「うんこの一本槍(グングニル)!」
狙いをキメラの口腔に定める。
「もう動けないんだ! 頼む! 見逃してくれ!」
俺は地べたに転がるたくさんの死体を見た。命乞いをしたのに、キメラに殺された人たち。
「ただのうんこだぞ! ただのうんこごときに! ただのうんこなんかに! こんなクソ雑魚なんかにーーーーーーー!」
そして――俺は、
「じゃあな! クソ雑魚っ!」
うんこでできた槍をキメラにぶっ刺した。
うんこはキメラの体内を駆け巡りながら全身に毒素を振るう。
そして、キメラはぐったりとして動かなくなった。
「やったー! 勝ったわ!」
お姉さんは明るい表情になり、大喜びしてくれた。
「うんこにも……できることがあるんだ……!」
俺は弱気で負け犬だった。だけど、うんこになって、本物の最底辺を知った。
そしたら、何か吹っ切れたような気がした。
お姉さんは俺をまっすぐに見つめて、
「クソかっこよかったわよ! 勇者さん!」
仄暗い夜の中、真っ黒なカーテンに世界は覆われている。
一生で初めて、まっすぐに俺に向けられた女の子の笑顔は、太陽よりも輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます