うん!

その瞬間――

「いやあああああ!」「くっさあああああ!」「ひえええええええ」

酒場は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


俺は体をぶりぶり動かしながら、

「あのー。誰か僕とパーティーを組んでくれませんかー?」


だが――

「くっさあ!」「おええ!」「ひいいい!」

人々は俺を見た目だけで判断し、近寄ってすらこない。

俺は勇気を出して、近くのテーブルに座っている赤髪のお姉さんに声をかけてみた。

ちょっと背が高くて、美人だ。細身のレイピアを腰に刺している。


「おねーさん! 僕とパーティーを組んでもらえませんかっ?」

お姉さんは鼻を摘みながら、

「ご、ごめんなさいね。私のパーティーはもう締め切ったのよ……」


「そ、そうですか……」

俺はぶりぶりしながら、酒場の奥に行こうとした――

「おい! お前ここ食事処だぞ! くせ〜んだよ!」

「そうだ! そうだ!」

「出て行けよ!」

「お前みたいなクソやろう誰もパーティーに欲しがらない!」

「うんこがなんの役に立つんだよっ!」


大ブーイングだった。


シュン(落ち込む音)


そして、俺は負け犬のように酒場を後にした。


帰り道をとぼとぼと歩いていく。道には汚い轍が生まれた。


周囲からは、

「ねえあれうんこ? うんこが歩いているわよ?」

「うわっ! くっさ!」

「あのうんこ落ち込んでない?」


俺は俯きながら転生前のことを思い出した。


[過去の回想]


「やーい! やーい! お前なんかどっか行けよ!」

「よう! 役立たず!」

「お前は誰の役にも立たないんだよ!」

「お前なんか誰にも必要とされないんだよ! 誰にもな!」


転生する前の俺の人生は、お手本のような“失敗”だった。


「お前なんかクソ以下なんだよ! ほら、いつもみたいにバカみたいに肯定しろ! 元気よく『うん』って言えよ! それしかできねーんだろ?」

「うん……」


「お前はただのうんこ製造機だ。就職もできず、アルバイトにも落ちる。お前は、一家の恥だ。そうだな?」

「うん……」


受験に失敗、恋愛にも失敗、就職にも失敗、アルバイトの面接にも失敗。

全てに負け続けた、文字通りのクソやろうだ。


挙げ句の果てには……病気で死んじまった。葬式には、親族以外誰も来てくれなかった。


だから嬉しかったんだ。女神様に転生のチャンスをもらえて。


【お疲れ様です。あなたは死にました。このまま天国に行くか、転生して、別の場所で――】

【やります!】

【え? 転生する際には色々と――】

【やります! 僕にやらせてください!】

【わかりました。なら職業を検索しますね】

【どんな職業でもいいです!】

【本当にどんな職業でもいいのですか?】

【うん!】

俺は元気よく返事をした。


そして、俺はうんこになった。


[回想終了 現在へ]


次こそ、頑張るから!

次こそ、勝つから! 次のチャンスがあれば、もう一度頑張れると思っていた。


だけど、俺は運に見放されてしまった。転生する順番は、前世で努力した順だ。

俺は同時期に死んだ全ての人間の中で最下位だった。

人生は甘くない。転生しても変わらない。


頑張らなきゃ! 頑張らなきゃ! 頑張らなきゃ! そう思っていた。

だけど、何もできなかった。


運で勝つ姿を妄想したり、チート能力で勝つところを想像したりした。

異世界に来れば、勝てると思っていた。

異世界に来れば、なんとかなると思っていた。


「現実はこんなもんか……」


俺は近くの森に行って、野宿することにした。野ざらしだ。野糞だ。


[一時間後]


空を見上げると、蒼白い朧月が霞を帯びながら輝く。

月光が俺の体にぶつかり、影で切り絵を地面に生み出す。

残光が地面で燻り、燃え上がるようにして煌めいている。


「はあ……っていうか俺のスキルってなんだろ? 一応確認してみるか――」

その時だった――


「きゃあああああ!」

夜空に悲鳴が響き渡る。静寂は、悲鳴のハサミで切り裂かれた。


(なんだ?)

俺は体をぶりぶりと動かし悲鳴の方へ向かった。


そこには、先ほどの赤髪のおねーさんのパーティーがいた。

パーティーは壊滅していた。


戦士らしき人の頭部が、地面を転がっている。

手足は全部根元から引っこ抜かれ、草に投げ捨てられている。

ダルマになった胴体は、無念の表情だ。


敵は、一匹の巨大なキメラ。頭はヤギとトラ。尻尾は蛇の頭だ。二枚の翼が生えていて、夜空を覆い隠している。

「とどめだ!」

キメラは赤髪のお姉さんに、大きな口の矛先をむけた。お姉さんは、両目をつむり、死を覚悟した。

俺の脳内に今までのクソッタレの人生がフラバしていく。


いつもいつも何もしないで見ているだけだった。

片思いの子がイケメンに取られるところ。

俺じゃない誰かが大学に合格するところ。

なんの努力もしていない、コミュ力だけのハッタリ野郎が大企業に入社するところ。


俺はいつもそれをそばから眺めているだけだった。


俺は過去の辛かった思い出を頭の片隅に突っ込んだ。

両目を開いて、目の前の現実を見る。


これが最後のチャンスだ! 

またビービー泣いて過ごすか?

また自分の運命を呪って、クソみたいに文句をぶりぶり垂れるか?

異世界に転生してもまだ負け犬を続けるかっ?

今の人生を頑張るんだ! 今の俺がうんこくらいしか価値がなくても、それでいい!

うんこが勝つところを見せてやる!


うんこにもできることがあるんだっっ!


俺は体をキメラと女性の間に滑り込ませた。

すると――

「うわっっっ! くっせえええ!」

俺の匂いを嗅いだキメラは頭を引っ込めた。

「あ、あなたはあの時のうんこさん?」

と、お姉さん。

「なんだてめー? クソの分際で、俺様の邪魔をするのか?」

と、キメラ。

俺は大きく息を吸い込んで――


「うん!」

元気よく返事をした。

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