ひとり暮らしの女の子の部屋におじゃましました
「ねぇ、うち上がってく?」
「えっ?」
「私、ひとり暮らしなの」
優斗は日菜子を久しぶりに女性として意識した。だが彼の中で彼女の誘いをそのまま受け入れはしなかった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「なに?」
優斗は彼女の瞳の奥を覗いて確信する。
「君は僕を好きなの?」
「私にそれを言わせる気?」
「ふぅ。じゃあ今楽しそうな顔をしてるのはなぜ?」
「ふふっ」
日菜子は今入ろうとしたアパートの隣のマンションに優斗を誘った。
(やっぱり性格が悪い、でも僕を部屋に上げるのは本当のようだ)
(それにしてもいいマンションっぽいな)
優斗が誘われるがままに部屋に入るとそこはある程度の広さがある新しい部屋だった。新社会人なら住めないようなレベルそんな部屋だった。
「炭酸水かジュースどっちがいい?」
「じゃあ炭酸水で」
(彼女はそんな気がないのだろうけど、ひとり暮らしの女の子の部屋にきたと思うと流石に緊張する)
日菜子はどこまで優斗の心の中を見抜いたのか、彼を見つめ笑っている。
「どうしたの?」
「楽しいなと思って」
「そんなになにが楽しいの?」
「優斗が素直だから」
「えっ?」
(前から思ってたけど日菜子の考えていることは読めないな)
やはり日菜子は優斗の顔を見つめニコニコしていた。
「そういえばさっきの答えなんだけど」
「さっきのって僕を好きかってやつ?」
「そうそう。本当にわからないの。正確には好きになりたいと思ってるの」
(好きになりたい?)
「それは不思議な答えだね」
「私って実は人間不信でね」
「ん!?」
冗談を言っている雰囲気ではなかった。だけど優斗は言葉の意味を飲み込めずにいた。
「詳しくお願い」
「うちの父は悪い人間で、母は私が中学の頃に出て行った。思春期だった私は捻くれてしまってね」
「…………」
「父はこの通り金は持っていて、私に手を上げたこともない。でも私は父を受け入れることはしなかった」
「今でもお父さんが嫌いなの?」
「今は特に。でも仲直りなんて言えなくてね」
「仲直りしたいの?」
「そこなの。私は自分の気持ちが分からなくなってしまったの」
「それは辛いね」
「他人を疑っていたからかな」
「でも普段の日菜子は演技に見えなかったよ」
「演技よ。明るい、なりたいキャラを作って人に溶け込む、そんな器用さが私にはあったの」
「そんなことできるの?」
「元々私は暗い性格だったわ。荒れていた時期は不良と大差なかった」
「ちょっと飲み物を取るよ」
一回間を入れる必要があると優斗は思った。優斗が冷蔵庫に飲み物を取りにいき彼女の表情を見る。彼女はどこかすっきりとした顔で自然体だった。それを見て優斗は少し安心する。
「日菜子は、旅行を楽しめてる?」
(ちょっと違う方向から聞いてみようか)
「……多分」
「なんとなくだけど、楽しんだり、興味があることがあるってことだよね?」
「うん」
「旅行の他には?」
「優斗よ」
「それはどうも」
「優斗は友達として最高ね。だからこのまま一緒にいたいって思ってる」
「それって告白?」
「でも男女としては分からないの」
「うん」
「もし今からセックスしてもそれは変わらないわ」
「あーそういうことは平気で言う人?」
「むしろエグイ表現ほど積極的に使いたいわね」
「うん」
彼女はあがいてきた。様々なことを試し、人間観察をした。彼女のスペックは高い。その上どんな時でも冷めたように冷静に物事を考えてきた。その資質が彼女を苦しめたのは不幸だったが。
「ところで僕のなにがそんなに面白いの?」
「だってかわいいじゃない?ペットみたいに私が構うと喜ぶなんて」
「あ」
「バレバレ」
「…………」
「特に優斗は嫌な感じがしなかったしね」
「そんなに誰かが考えていることが分かるの?」
「うん。いつの間にか得意になってた」
日菜子は少し悲しい目をした。優斗はそれを察し、明るい話題を振る。
「じゃああともう一歩じゃない?日菜子が楽しめるんなら」
「……そうかな?」
(彼女は常に余裕があると思っていた。だけど1人の女の子なんだ)
「!!」
「いきなりごめん。でもこうしたいと思った」
「ありがと。優斗の手あったかい」
2人が手を握り合いゆっくりとした時間が流れる。
「!!」
「やっぱり抱きあってると心が穏やかになってるって思える」
(僕も前と違ってドキドキよりも彼女の温かさのほうを感じるな)
いつまでも抱擁していたい、そう彼らは思った。10分が経とうとする頃、スマホが鳴り、彼らの意識が現実に戻った。
「ちょっとごめん」
「なんだった?」
(潮時かな)
日菜子の表情に名残り惜しさや優斗に対する熱さはなかった。メールは大したものではなかったが時計は22時を越えていた。
「大したことじゃないよ。でももう遅い時間になっちゃった」
「泊ってく?」
「いや、いいよ」
「そう、気を付けてね」
優斗は1人夜の道を歩く。
「今の僕にとってはいい距離感なのかも」
彼には色々なことがあった。今も心の傷は癒えていないけど誰かと一緒に過ごしたいという想いが残っていた。
(日菜子と過ごす時間は楽しくて時に穏やかだ)
(彼女は苦しんでいるのを打ち明けてくれた。力になりたい)
□ □ □
「よしいい子だ。よしよしよしっ」
「わんっ」
「ゆうとが……」
「優斗が壊れたー」
講義室の中に衝撃が走る。そのショックでパニック状態になった。
「うわぁ、どうしよう」
「これがボケ側の光景だよ」
「いやいやボケとツッコミとかそういうレベルじゃないし」
「まあそのうち慣れるさ」
「そうだよね」
優斗は初めて日菜子の悪ノリに乗ってみた。やってみると笑わせる側の光景は面白いものだ。サークルでも同じことをやってみると面白いようにみんな反応してくれた。
「優斗ってもっと性格いいと思ってたよ」
「失礼ざます。うちの優ちゃんを悪く言うなざます」
「ママのいう通り」
「ちょ!?笑わせるなって……っぷ」
「なるほど分かってきたよ」
「優斗もとうとう笑いってやつがわかってきたのね」
「お前らは芸人にでもなるつもりか?」
(そんなつもりはないけどそれなりに楽しいよ)
日菜子と優斗のミニミニコントはゲリラ的に行われた。
「ところであのレポート大丈夫そう?」
「あーあれね。テーマがちょっと難しいよね」
「ちょっと見せてくれない?」
「僕も途中だよ?なんとなくどういう風にまとめようか決めてるけど」
「そう、まとめ方があんまりイメージできなくって。教えてっ」
「あんまり自信ないけどいい?」
「許す」
「なんで偉そうなんだよ」
2人は常に一緒にいた。学内ではもちろん、遊びに行くのも2人が一緒になることが多い。この距離感がちょうどいいのだ。
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