第五章

このふれあいは男女のものではない

「ふぃにゃぁほは……」

「ん?なに?」

「日菜子はこんなことしてて本当に楽しいの?」

「うん、たのしい!」

「ひとのほっぺにゃお……」

「今日はほっぺたをこねたい気分なの」

(まあ、いいけど)


 されるがままになっている優斗も大概である。日菜子は最近特にこのような奇行を優斗に行う。それは周りにサークルメンバーや同級生がいる時に行い、今ではすっかり名物にまでなった。むしろ2人のいちゃついたような行動に誰も入れないでいた。


「うん、満足」

「左様でございますか姫様」

「姫?私って姫っぽい?」

「とびっきり奇人だけどね」

「あははっ」

「ディスってるんだけど?」

「終わった?」

「いつも言ってるけど遠慮しないで混ざってもいいんだよ?」

「やめとくわ」

「うんうん」

「2人の世界を邪魔できないしね」


 優斗は日菜子の奇行を受け入れていた。本人はそれを男女としてのふれあいと捉えていない。その感覚は愛犬と飼い主の関係だった。優斗はそのことを自然に受け入れていた。


「よーし、次の旅行もこれで大丈夫そうだな」

「そうだね。予算と計画ができたからね」

「じゃ。おつということでー」


 この日は授業後のサークルの打ち合わせだった。さっきの奇行が嘘なように日菜子は皆の意見をまとめ、事前に調べていた候補地を比較、提示した。このような話し合いは感情で決めると長引く、だが明確なメリット、デメリットの比較ができればその分意見が割れても納得ができる。彼女はまさに仕事ができる女だった。


「あー疲れた。優斗、中華が食べたい」

「奢れと?」

「大きい唐揚げと青菜炒めとニンニクが効いたチャーハンが食べたい」

「はぁ、ビールは自分で頼んでね」

「今日はいいや」

「みんなも行く?」


 一応周りに聞いてみるが気を遣ってか2人で行ってこいと見送られた。


(安い中華でデートって雰囲気でもないんだけどな)

「青菜炒めと唐揚げはシェアしよう」

「うん。ここの店って唐揚げにキャベツってついてるよね?」

「野菜は十分。あとは欲望のままに注文するのじゃ」

「なら定番の麻婆豆腐と酢豚で白米にしようかな」

「じゃあ注文するよ」


「ホント中華飯店って不思議なくらい安いのにおいしくて居心地いいよね」

「座敷ってのもいいよね」

「そうそう」

「青菜炒めが来たね」

「それに注文が来るのが早いのもポイント高い」


「うわぁ唐揚げだー」

「う~ん」

「このカリカリとジューシーさがたまらないー」

「おいしいけど揚げ物はこわいなぁ」

「今を楽しむんだ!」


 優斗たちは食事を楽しんだ。2人とも満腹になって幸せという表情をしている。


「ふー」

「おいしかったね」

「このまま寝るー」

「ここ店だから(笑)」

「あはっ」


 外はすっかり陽が沈み、店はピークの時間に差し掛かろうとしている。流石に長居するのは気が引けたので2人は店を出た。


「あっ、ここでちょっと休も」

「うん」

「お腹いっぱいでさ、こんな道端でも休まないとね」

「僕もそうだよ。ちょうど腰掛けれるしちょっとだけね」


 優斗は日菜子を送ることにした。流石に彼女も女子だ。まだ早い時間だけど彼女に送ろうかと提案した。


「たまにこういう健康に悪そうなもの食べたくなるんだよね」

「健康に悪そうって……そういうものに限っておいしいんだけどね」

「それにしても優斗っておいしそうに食べるよね?」

「そう?言われたことないけど」

「私は楽しかったよ」

「……ありがと」


 食事の時とは違って2人の会話は落ち着いたものになっていく。


(なんか今日が終わると思って嫌だな)

「……もうそろそろ行こうか?」

「うん」


 2人は歩き出す、日菜子の住むアパートは思いのほか近かった。


「じゃあね」

「…………」

「どうしたの?」

「ねぇ、うち上がってく?」

「えっ?」

「私、ひとり暮らしなの」


 優斗の心臓の鼓動が大きくなる。

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