姉として

「僕はまた恋ができるのかな?」


 初音という恋人に刺され、自殺で失ってしまった優斗はつぶやく。同級生、サークルメンバーは気を遣い、彼には恋愛を思わせる発言や行動を控えた。そんな中、日菜子だけはいつも以上の調子で彼に接していた。


「なー、優斗ゲームやろうぜー」

「ちょっと、頭をわしわしって掴まないでよ!」

「いーやーだー、犬を撫でるみたいで気に入ってるんだから」

「きみさぁ?どんどん子どもっぽくなってない?」

「あははっ。どんなときでも子ども心を忘れないっていいことだよね」

「あのさ、僕の都合は関係ないの?」

「優斗をイジるのは私の特権でしょ?」

「おまえら相変わらず仲がいいなぁ」

「あのー?一方的に絡まれているんですが?」

「じゃあなにが欲しいの?エロいこと?エロいこと要求するの!?」

「しないよ!?もっと普通に話し掛けてよ!」


 日菜子は優斗が退院して以降ずっとこんな感じであった。優斗は彼女の馴れ馴れしい接し方がありがたかった。周りもこんな調子でやり取りしている2人を見て、すぐに彼に対する態度は元に戻った。


「なぁ、お前ら最近いい感じじゃないか?」

「はい?」


 先輩が優斗にこっそりとそう耳打ちした。


「ん?どう思ってもお前と日菜子いい感じだと思うんだが俺の気のせいなのか?」

「どうって……僕たちはこれが普通なんですが?」

「なに言ってるんだよ?日菜子はともかく、お前がなにもない女子の肩を組んで頭を小突くのか?」

「えっ?そんなことしてました?」

「お前ら小学生の親友同士みたいな関係になってないか?」

「…………」

(日菜子の絡みに対してスキンシップが過剰になってた?)


 優斗は最近の日菜子を異性として捉えていなかった。以前のように美貌という要素を意識して接していなかったのだ。彼らの関係はまるで男友達同士のものだった。そんな彼らは時に、いちゃついたカップルに見えることがあった。ゆえになんで彼らが付き合っていないことを不思議に思う人間がいても仕方がないだろう。


「なぁ、日菜子?ぶっちゃけ優斗ってどうよ?」

「ん?どうしたんです?藪から棒に」

「お前って優斗と付き合うのってアリなの?」

「可能性はありますね」


 日菜子は曖昧な顔で微笑む。外野のサークルメンバーは調子に乗り、騒ぎ立てる。


「優斗は日菜子のことどう思ってるんだ?」

「……どうなんでしょうね。今は恋とか考えれないので」

「すまんかった。悪ノリが過ぎたわ」

「あたしたちもゴメン、勝手に盛り上がって……」

「変な空気になっちゃいましたね。あっ、僕バイトがあるんでいきますね?」

「「「……………」」」

「……ふぅ、軽率だったかな」


 大きなショックなことがあった時、人の行動は2つに別れる。1つはふさぎ込む、もう1つは表面上平静を装う。ショックから立ち直りつつある人間もまた表面上はなにもないように振舞うのだ。それに大きなショックを受けているのは優斗だけではなかった。


「……ただいま」

「おかえりなさい」


 優斗と姉の心晴はそこそこ仲のよい姉弟だった。だけどあの事件以来、心晴は優斗と必要以上に言葉を交わそうとしなかった。



 □ □ □



「申し訳ありませんでした!どんな償いもいたします!」

「おばさん……」


 心晴が事件を聞いたのは警察からだった。同じく赤池家も警察から連絡が入った。吉岡家は病院へ、赤池家は留置所へそれぞれ向かった。そんな両家が少し落ち着いたころ、話し合いをすることにした。


「顔を上げてください」

「いいえ、すぐに上げることなどできません」

「私にとっても初音ちゃんは家族だったんです。責めるつもりはありません」


 心晴は自分の両親に赤池夫妻を責めないよう頼みこんだ。優斗の容体は安定している、後遺症もないようだった。2人は娘の願いを受け取った。


「改めて顔をお上げください」

「私たちは家族ぐるみで彼らを見守った、私たち家族にも今回の責任はあるはずです」

「「…………」」


 赤池夫妻は顔を上げた。その目には涙が溢れ、部屋にはむせび泣く2人の声が聞こえた。吉岡家の面々もその涙に釣られ涙腺が緩んだ。皆が落ち着くまでにしばらく掛かった。


「失礼しました」

「いいえ、私たちもですから」


 でも、とつい口に出そうになるが初音の父はそれを止めた。それよりもこれからのことを話し合うべきだと彼は思った。


「これからのことを考えましょう」

「そうですね、そうするべきですね」

「優斗くんは無事でしたか?」

「はい、幸いなことに後遺症もないようです。ただまだ目を覚ましていません」


 赤池夫妻はほっとため息をつく。


「初音さんの様子は……」

「初音は……」

「あなた、あたしから話すわ」


 初音の母は父に代わり言葉を続けた。


「あの子は狂っています。だからもう責任をもって優斗くんには近づけさせません」

「「「…………」」」


 彼女の目には強い覚悟が見えた。その言葉がどれだけ重いか聞いた彼らは分かってしまった。

 話し合いが終わって数日後、赤池初音が自殺したことを吉岡家は知らされた。

 心晴は彼女の葬儀を手伝った。初音を妹と思っている、その言葉を赤池夫妻は受け止め、感謝した。最期は決して褒められたものではなかったが愛した娘を思ってくれる人間がいることをありがたいと思った。ただ後ろ暗い最期だったため葬儀はひっそりと行われた。


「ごめんなさい、手伝ってもらって」

「謝らないでって言ってるでしょ?おばさん。最後まで手伝うって決めたのは私なんだから」


 心晴はあえて馴れ馴れしく、明るく初音の母に接した。彼女らは初音の部屋の整理をしていた。心晴は母1人で自殺した娘の部屋を整理させることが心配だったからだ。


「……これは?」

「えっ?」


 彼女たちが見つけたのは優斗をストーキングした記録だった。それを見つけてしまった彼女たちは優斗に決してこのことが知られないようにと誓い合った。もう初音は死んでいる。だからこれ以上彼らの関係を汚す必要はないと思った。

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