2人の結末
「僕たちが寄り添えるいちばんいい形を探していこう」
葬式から帰ったあの日から優斗くんは変わってしまった。その原因があたしだ。長年優斗くんを見続けてきたあたしには分かった、彼はいずれあたしを見限ると。
やはり何度身体を重ねてもあたしの欲望は満たされることはなかった。仮面を1枚剥がしただけのあたしでさえ、彼は耐えれそうにない。あたしたちの関係は破綻していた。
「今日は新しいカフェを見つけてあるんだ、行ってみない?」
彼の顔には疲れが見え隠れする。その顔を見てやはりやるしかないと思った。あたしたちはカフェへと向かう、その道すがら人気がない場所に彼を誘い、抱きつく。
「……もう、しょうがないなぁ」
「優斗くん、愛してる」
「うん、僕も愛してる」
「ごめんね」
「え」
ボタボタと大量の血が地面を赤く染める。あたしが優斗くんを刺したからだ。
思い詰めたあたしはこの恋を美しいまま終えるには、これしかないと思った。あたしたちの恋は近い未来に枯れることが分かっている花。ならばせめて自分で手折り、己の人生も終わりにしよう。
「愛してる。だから心が離れないうちに終わりにしよ」
「……か……はっ……」
もう彼はあたしを見てはくれない。ならせめて苦しまないよう彼にとどめを刺そう。あたしは優斗くんに馬乗りになり包丁を振り上げる。
「!!?」
あたしは誰かに突き飛ばされた。その衝撃は完全に不意を突かれ、なにが起こったのか分からなかった。確かにあたしはこの場所に入るとき誰かに見られないように気をつけたのに。
吹き飛ばされたあたしは包丁を手から放し、態勢を崩す。その時飛びかかってきたのは男だった。
「大人しくしろ!!」
「くそっ!離せっ!!」
あたしは組伏せられてしまった。暴れようとするけど所詮は女、振りほどくことはできない。さらに拘束されたあたしに驚きが待っていた。ある女が現れたからだ。
「日菜子ぉ!?なんでここにいる!?」
「黙っててくれない?応急処置で忙しいんだ」
なんであの女がここに!?あたしは大きな声を上げると腕をひねりあげる強さが強まった。あたしは悔しさに顔を歪ませた。思い出した、この男も優斗くんの同級生。つまり尾けられていた?
5分が経とうとする頃、パトカーが到着しあたしは逮捕された。
□ □ □
「おはよっ」
「ここは……?」
「覚えてない?」
「なんで日菜子が?確か初音ちゃんに僕は刺されて……」
「そうだね」
「…………」
「ショックだよね。こんなことになるなんてさ」
「どうして日菜子がここにいるの?」
「あーあ。そんなこと言ちゃっていいのかな?命の恩人だよ、私は」
「えっ!?」
「覚えてないかぁーショックだなー」
「ごめん」
「はぁ、これは退院したらなんか奢ってもらわないとね。服も血だらけになったし」
「絶対お礼をするよ」
「3倍返しでね」
「ははっ、痛っ」
「無理はしないでね」
優斗は日菜子と雑談したおかげで明るい気分になることができた。あんなにショックなことがあったのに、この時だけはそれを一瞬忘れることができていた。
ふとした時、優斗の脳裏に何度も初音に刺された時のことがフラッシュバックした。しかし日に何人も見舞いに来てくれるので、その心の傷は思ったより早く癒えた。特に日菜子は毎日見舞いに来ていた。
「日菜子、もうそろそろ帰ってくれない?」
「いいや、優斗。今日はこのために来たんだよ?」
「このためってなんのこと?」
「それは優斗の屁の音を聞くためさ」
一般に腹部の手術をした際、腸が塞がっていないか、放屁の有無で確認することが一般だ。優斗は水のようなおかゆを食べたおかげで、念願のそれが出そうになっている。問題は目の前にそれを期待している女子がいることなのだが。
「恥ずかしいんだけど!?」
「そう、その顔!それが見たいんだよ!だから出ちゃった時のやっちゃった顔もお願いっ!」
「お願いっ!じゃない!」
言い争いをしているうちに優斗の腸の運動が活発になってきた。優斗は腹を刺されたので腹部に力を入れることができない。持久戦は日菜子が有利だった。いよいよ優斗は屁の我慢ができなくなった。そして彼の健康を証明する音が聞こえた。匂いはそこまで臭くないのが幸いだった。日菜子はわざとらしくにっこりと笑う。
「…………」
「あ~いいもの見れたぁ」
「……早く帰ってよ」
「うん。次会うときは大学でね。またみんなでどっか遊びに行こうよ」
優斗は追い払うように顔を伏せたまま手を振った。
その後、ある程度回復を待ったのか優斗の両親とともに初音の両親が訪ねてきた。優斗は彼らに事情を話す。彼らはあらかじめ事情を聞いていたようで優斗との話に食い違いはなかった。確かに優斗たちはお互いに愛し合っていたこと、性の問題を抱えていたことを話した。しかし彼女が彼を刺した原因については憶測で話すべきでないとした。それと彼女を恨んではないと。
優斗が退院する頃、赤池初音は自殺した。床には血文字で優斗と生きれない人生に価値はないと綴られていた。
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