第四章

不一致

(この娘はどれだけフラストレーションを溜め込んでたんだろう?)


 優斗が合宿から帰った次の日の昼、初音は帰ってきた。彼女は待ちきれなかったのか家へ戻らず、優斗しかいない吉岡家へやってくる。出迎えた優斗は驚く、強引にキスを迫る初音に。


「……ん……っ…………んっ……」

(いつもと違う)


 優斗は初音が焦っているように見えた。そのキスは積極的を通り過ぎて、貪るように唇や舌を求める。それに初音は鼻を何度も顔に押し付けた、いつものような気遣いはそこにはない。


「はぁ、はぁ……」

「…………」

「ごめんね。でももっと……もっと欲しいの」

(そんなに切ない目で訴えたら断れないよ)

「う、うん。続きは部屋でしよ」


 優斗は玄関の鍵を掛け、2人は優斗の部屋に入った。


(前から薄々思ってたけど、初音ちゃんの性欲は強すぎる)


 初音は優斗に対し過剰なほど求め、献身する。それは媚薬でも飲んだかのようだった。今までもその予兆はあり、今日でそれが確信になった。初音は優斗に嫌われたくないがゆえに自制していたのだと。彼女の初めては確かに優斗が奪った。つまりこれは彼女自身が持つ気質だ。


「……ごめんね。次はこんなことしないから」

「僕は初音ちゃんに我慢してほしくないかな」

「優斗くんに嫌われたくない……」

「確かに僕は……初音ちゃんの意外な一面を見て驚いたよ」

「…………」

「だけどね、そうやって僕たちはお互いのことを知っていくんじゃないのかな?」

「……そうだね」

「お互いに思ってることが違うならさ、話し合えばいいと思うよ?」

「……うん」

「むこうでなにかあったわけではないんだよね?」

「特になかったよ。ただあたしが思ったより……」

「なに?」

「優斗くんがいないと生きていけなんだなって思ったの」

「うん」

「だからあんなふうにしちゃって、後悔してるんだけど、自分じゃどうしようもなくって……」

「…………」


 優斗は初音を抱き寄せて腕枕をする、初音は意図を察し目をつぶる。お互いに抱き合い、沈黙の時間が流れる。初音の体から段々と力みが抜ける。そんな彼女は小さくつぶやく。


「この時間が幸せ」

「ふふっ、そうなんだね」

「でもね、あたし優斗くんとのえっちがもっと好きなの」

「…………」

「初恋が長かったから、優斗くんとすることを何度も妄想してた」

「…………」

「だから体中の細胞が喜んでるみたいにすごく気分が高まっちゃうのかな?」

(気分が高まる?そんなレベルじゃないよ)


 初音は明らかに男性を悦ばせるテクニックを研究していた。そうでなければ最近まで未経験だった少女が3回目を搾り取ることなどできない。今日は搾り取ったものを初音は飲みたがった、その様子に内心優斗は引いていた。



 □ □ □



「性欲の不一致ってどう思います?」

「ぶっっ!!!!!!!!!!!?」


 優斗は真剣な顔で呼び止めた先輩の圭吾に相談する。圭吾はサークルの4年の先輩で頼りがいがあり、恋愛経験もそれなりにある。加えて優斗と初音のことを知っている。そんな相談相手は優斗からの意外すぎる相談に頭を抱えた。


「お前、絶倫すぎて相談したのか?」

「違います、はじめから話しますね」


 優斗は誰かに伝えるときは、できるだけ私情が入らないよう心掛けている。しかし相談内容が内容なだけに、一通り話したつもりでも上手く伝えられているかどうか不安だった。


「ごちそうさま、今晩のおかずはこれでいくわ」

「…………」

「わかってるって、叩くなつーの」


 圭吾は目尻を指で押さえしばらく考える。


「優斗はカノジョとどうなりたいんだ?」

「今まで通り付き合っていきたいです」

「でもこれからは今までの関係に完全に戻るのは難しいだろ?ところで優斗はそんなにエロく迫られて嬉しくないのか?」

「僕は性欲が強くないんです」

「よく今までオンナと付き合ってこれたな」

「むしろちょうどよかったみたいですよ。お互いに我慢することなく、平和でいい関係を続けれました」

「で、今は求められすぎて辛いというわけか?」

「そう……ですね。このままだと彼女との行為に身体が拒否を起こすかもって不安なんです」

「EDが頭によぎるとかどんだけ……」

「でも僕は彼女を好きでいたんです」


 優斗はあのときとっさに初音には我慢して欲しくないと言った。それは確かに本心だった。ただその先になにがあるのか、冷静に考えてみてその恐怖に震えた。初音は優斗が引いてしまうことを常に恐れていた。心の奥底のものを相手にさらけ出したからといって、それを受け止めることができるのかはやってみなくてはわからない。優斗はその岐路に立っている。


「はぁ、人が別れる原因は不一致だ。性格、価値観、生活環境そのうちの一つに性の不一致がある」

「つまり別れたほうがいいと?」

(でも彼女を捨てるのは)

「まあ待て」

「!」

「世の中には不一致を抱えてもいい関係に落ち着く人たちがいる。結局はお互いになにが許せるか、妥協するかってことが大事じゃないか?例えば国際結婚して上手くいっている人はいっぱいいるしな!」

「なるほど!」

「相手の要求をすべて受け入れる必要はないからな。お前が言ったんだろ我慢するなって」

「はい!ちゃんと話してお互いに納得できるカタチを目指します!」

「おう!なら行ってこいカノジョが待ってるぞ」

「はい!ありがとうございました」


 優斗の背中の重かったものはなくなっていた。確かにこの問題は解決できるかはわからない、だけど背中を押されてたことで優斗は前を向いた。

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