ご両親に挨拶しました

「右から2番目!!それがあたしの推し!!」

「……うん」


 優斗と初音が付き合って2週間経ったころ、初音は優斗にある提案をした。それは相手が行きそうじゃない場所でデートをしようという提案だった。今回は初音の推しアイドルのコンサートだ。


「わぁ~やっぱり生はちがうよ~」

「……そうなんだね」

「ごめん、優斗くん楽しくない?」

「いやいや楽しんでるよ。だけど思った以上に周りの人の熱量が凄くって……」

「あー初めてだとそうなるよねー」

「うん、予想はしてたけど凄いよ……。それを含めて楽しんでるから心配しないでね」

「気分が悪くなったら、すぐ出るから無理はしないでね」

「わかったよ」


 人間、新しいことに触れるのは気力を使う。初音は気を遣って優斗の表情をよく見ていた。優斗は途中からこの状況に慣れ、コンサートを楽しめるようになった。


「アイドルってすごいね」

「うんうん」

「テレビとか広告でよく見るけど、こうしてコンサートで1時間もパフォーマンスしているのを見るとスポーツ選手顔負けだと思うよ」

「何気に高岡君とか腹筋割れてるよねー」

「僕にはタカオカ君が誰か分からないけど」

「高岡君、結構テレビとかで見るのになー」

「なによりもずっと僕たちを楽しませようと頑張っている姿に心が動いたよ」

「優斗くんも尊い。こんな男の子を彼氏にできるなんて幸せ……」

「初音ちゃんが残念な子になってる」


「それにしてもデートにはお金が掛かるよね」

「そうだね。女の子だと特におしゃれにお金が掛かるしね」

「そうそう、大学行くにしても全くのノーメイクだと浮いちゃうし」

「というわけでここは僕に奢らせてね」

「ごちそうさまでーす」

「いつもおいしい料理を作ってくれるし、デートの時くらいはね」

「あたし、ちゃんと優斗くんの胃袋掴んでる?」

「うん、ちょっと味気ないもの食べた時に思い出しちゃうね」

「ふふっ。ところで近いうちにうちの両親に挨拶してみる?」


 初音は冗談っぽい口調でそのように提案し、優斗はそれに即答する。


「そうだね。じゃあ近いうちにご両親が空いている日に訪ねるよ」

「えっ?」

「だから予定を聞いておいてね」

「これってプロポーズ?」

「それは流石に焦り過ぎかな?」

「わかってますー」

「えいっ」

「ぷすー……。膨らました頬っぺたの空気を抜かないでくれますー?」

「まぁ、昔から家族間で交流があるからこういうことはきちんとしておいた方がいいでしょ?」

「そうだけどー」


 優斗は社会常識的に両親に挨拶した方がいいと思っていた。一方、初音はその意図を隠そうともしない優斗を不満に思った。初音の心の底には常に不安があった。それは優斗に大切にされてると思っていても拭えないものだった。


「お久しぶりです。吉岡優斗です」

「久しぶりだね。とはいえ同じマンションだから、お互いにたまに見かけるよね」


 あの時のデートの話はすぐに進み、次の日の晩に優斗は初音の家に招かれた。


「ホントかっこよくなって。昔から顔立ちが違うって思ってたけど、まさか初音が彼氏として連れてくるなんてね」

「ちょっとお母さん!」

「はははっ、少し賑やかだが緊張せずにくつろいでくれたまえ」

「はい」

「ところで、君たちは付き合ってどのくらいだね?」

「まだ付き合って半月です」

「ちょっとお父さん!そんな面接みたいに根掘り葉掘り聞くつもりじゃないでしょうね?」

「む、なら母さん頼むよ」

「優斗くん、初音ったら家では結構だらしないのよ」

「もーやめてよー」

「……くすっ」

「おー優斗くんが笑ったぞ」

「なんであたしが振り回されてるのー?」


 その後2人の馴れ初めや初音のどこがいいかなど優斗は質問に答えた。途中で初音の優斗の片思いのエピソートを母親から暴露され初音が赤面することもあった。最初に場が緩んだおかげか終始和やかな雰囲気で会話が進んだ。


「そうかそうか、優斗くんは将来そんな職に就きたいのか」

「そうです。しかしそれは初音さんのおかげです」

「どういうことだい?」

「初音さんが今の学部を受ける際、ご両親に将来のプランを説明し説得したと聞きました」


 両親は互いに見つめ、頷きあう。


「その時まで僕は年下の彼女よりも将来のことを考えていませんでした」

「君は正直だね。それと素直に他人を認めることができる」

「それは……」

「僕も人を使う立場の人間だ。その素直さがどれだけ重要か分かっているつもりだ」

「はい、そう言われてうれしいです」

「若いからね。いい方向に変わっていけるならそれはとてもいいことだよ」

「はい」

「あら?もうこんな時間」

「今日はこのあたりで終わりにしておこうよ」

「今度は食事でもしながら話そうじゃないか」

「はい、今日はありがとうございました」

「うん、おやすみ優斗くん」

「おやすみなさい」

(大人になって改めて話してみると明るくていい人たちだったな)


 優斗は今まで決して初音を傷つけるようなことはしていない。改めて、あの両親に顔向けできないことはしないと誓った。

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