頭から離れない

「先輩!優斗先輩!」

「えっ!?なに?」


 そう話し掛けたのは初音だった。少し様子が変な優斗に気が付いた彼女は本気で彼を心配していた。初音が優斗に近づくとこっそりといつもの口調で話し掛ける。


「夕飯の後からなんだか疲れた様子だけど大丈夫?」

「あ、ああ。旅行で浮かれてたからかな?なんだかお腹がいっぱいになったら眠くてね」

「じゃあお風呂入って部屋で早く寝たほうがいいと思うよ」

「うん、そうするよ」


 サークルメンバーの中には早起きして朝の散歩をする人間が何人かいる。部屋は寝るためのもので他の人間は宿泊施設のロビーや居酒屋など、外で過ごすことがルールになっていた。

 優斗が部屋に入ったのは夜8時半、流石に誰も寝ている人間はいなかった。


(もう寝るって言ったら心配されちゃったよ。だれもいない大部屋、部屋の一部は小さく電気を付けてるけど、どことなく暗闇が怖いな)


(無理に寝ようとしたけど寝付けそうにない。やっぱりさっきのことを整理しないといけないな)


 優斗は日菜子との出来事をわざと考えないように寝ようとしていた。だが失恋の時もそうだったが彼は考えてしまうタイプらしい、気持ちを落ち着けるには納得が必要だった。


(僕は日菜子をきれいだと思った。美人なのは知っていた。だけど普段のノリがとっつきやすいからあまりそのことは意識していなかった)

(人間関係のトラブル、確かにそう言っていた。おそらく言い寄られてか、恋愛のもつれか。彼女の容姿や元のキャラクターでそれが起きたと彼女は考えている)


(いつも僕は肝心なことはつい後回しにしてしまうな。今大事なのは僕が日菜子をどうしたいってことだ。

(さっき日菜子を見て僕はどう思った?答えなんてわかっている、手を伸ばして触れたかった、その先も。だから僕は地面に手をついて彼女から目を逸らした)

(一旦冷静になってもう一度彼女の目を見て。僕は固まることしかできなかった、動こうとすればきっと後悔することになるだろうから。そうだ僕はあの時、彼女との関係が壊れることを恐れていたんだ)


(僕に付き合った経験がなければこれが恋だと暴走していたかもしれない。だけど今は逆に分からない、僕は彼女に恋をしているのか)

(確かに彼女は異性として魅力的だ。一方、友人としてもユーモラスに富んでいてムードメーカーで頭がいい。考えてみると僕に釣り合わない女性かもね)


 優斗はフっと笑い、力が抜けるのを感じた。いつの間にか意識を手放し、眠りにつくまでそこまで時間は掛からなかった。


 □ □ □


「おはよ、優斗君。朝早いのは初めて?」

「初めてです。梨花先輩、美奈穂先輩おはようございます」


 優斗が起きた時、辺りは薄暗かった。しかし日が昇る頃に起き始めて散歩をする先輩がいると知っていたので部屋を出ることにした。


「やっぱり自然に囲まれてこの時間の散歩をするのは気持ちいいね」

「そーだね、優斗君が前を歩いてるのは驚きだったけどね」

「はは、昨日眠くて早くに寝ちゃったんですよ。でも早起きもいいものですね」

「「でしょー?」」

「「「わはははっ」」」

「梨花ってば、今のは言わされた感あるでしょ?」

「あーウケるわぁー」

「先輩方は仲がいいですね」

「まーねー」

(この人たち酒豪組なんだけど早寝早起きなんだよな)


「このあと朝食前にコーヒーでも飲まない?」

「ぜひご一緒させてください」

「おっけー。朝から優斗くんを独占できるとは今日のうちらヤバくない?」

「あー優斗君気にせんといて、楽しくおしゃべりしようかー」

「はははっ、楽しくですね」

「今度別のネタ考えとくよー」

「ネタだったんですか?」

「朝からその顔で言われるとクるわぁー壁ドンも追加でお願いします」

「後輩を困らせるな!」

「いったー、今マジでいい音したんだけど」

「うちらこういうノリだからね、優斗君気にしないでね」

「大丈夫です。慣れました」


 一部のサークルメンバーは学内の雑談スペースにいる。優斗もたまにそこに顔を出すので梨花や美奈穂の普段のノリを知っている。サークル自体に義務がないためメンバーに上下関係はない。一応学年が上の者をそう扱う暗黙の了解はあるがそこにルールはない。

 ただ旅行をする際に金銭面でのルールを最初に明確にしておくこと、非常識な行いはしないこと、していると思えば注意することは何度も全員に言われていることだ。この旅行サークルの作られた目的は大学生らしく遊びながらも大人としての学びを得ることだ。今いるメンバーはそのことは知らされていないが彼ら彼女らはその意思をはっきりと受け継いでいる。


(どの先輩とすごしても楽しいし、気づかされることがあるんだよね。でも昨日のことがあるからなのか、つい入り口の方に目を向けてしまう。先輩たちと話している最中に失礼だと思うんだけど、僕は今、日菜子のことを過剰に意識している)


 朝食の時に優斗は日菜子を見つけるが彼女は優斗には近づかなかった。宿をチェックアウトし、荷物を車に詰め込み、一同は午前の散策をする。優斗はまたも日菜子を避ける形でそちらのグループに入り、帰りの車でも同じように日菜子を避けて別の車に乗った。優斗はみんなの前で日菜子とまともに話せる気がしなかった。

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