第二章

新しい気持ちで

「優斗先輩、ありがとうございます!」

「いいよ、いいよ。新人のうちは誰かにこうやって教わるものだからね」


 優斗のバイト先にも新人が入り、先輩として仕事の仕方を教えている。とはいえファミレスのホールの仕事はそこまで難しくない、オーダーと片付けができればとりあえず手が空くことがないからだ。

 ちなみに優斗の場合、オーダーを優先して取りに行かされるため、他はドリンクサーバーの補充くらいしか覚えていない。


「おつかれさまでーす。今日も優斗先輩輝いていました!」

「うん、優斗君がくるときはこの店はライブ会場になるからね」

「おつかれさまです。着替えづらくなるんで変なこと言わないでください、木村君も変なこと吹き込まれないで」

「いやーだってねー」

「そうっす。その物腰と言いまさに王子って感じっす」

(このコはイジってるのか称賛してるのか微妙なラインでくるよなぁ)


 優斗は悪意はないが変なノリの後輩が悩ましくも憎めないでいた。それと優斗にとってこの店は居心地がよかった。良くも悪くもひいきされている状態だがそこをいい意味で受け入れられているからだ。

 それと例の失恋から優斗は精神面で成長した。日常で動揺することは減り、厄介な客がきても毅然とした態度で対応し、持ち前の見た目で注目を集めることで相手側に分が悪いと思わせて退かせた、それが周りのスタッフからの評価を更に上げる一助にもなった。


 □ □ □


「じゃあ、ドラマの続き見ようか」

「わぁ、続き気になってたんだよねー」


 初音は姉の心晴に対して友達口調で話をしていたのに優斗に対して敬語なのは変、と心晴が言ったことがきっかけだった。そのことに対して初音も優斗も『確かに今までが変だったのかも?』と納得した。

 相変わらず初音は吉岡家に夕飯を作りに来る。同じマンションということもあり、優斗から夕飯後ネットでドラマを見てはどうかと提案した。


「ホントこのドラマやばいよー」

「毎回意外な展開をするから飽きさせないよね」

「優斗くん、あたしがいないところで続き見ちゃダメだからね」

「分かってるよ。こうして2人で見るからこそこうして感想を言い合う楽しさがあるからね」

「うぅぅっ、やっぱり優斗くんにこういう風に見つめられると幸せだよぉ」

「僕も初音ちゃんと一緒に過ごすのは好きだよ」


 2人はまだ付き合っていない、優斗は初音と過ごすことで安らいだ気持ちや楽しさを感じているが、まだ友達の域を出ていないと思っている。一方、初音はデートの時の積極さはなりをひそめ、肩が軽く触れるだけで意識してしまう。

 他人から見れば不思議な関係になっていた。そんな2人を姉の心晴が背中を押す。


「というわけでやってきたわ」

「誰かに説明してるみたいに言わないでよ恥ずかしい」

「今日は頑張ろうね」


 優斗、初音、心晴はボルダリングをしにきていた。大学生は時間があり、様々なことにチャレンジできる機会がある。色々なことにチャレンジすることで今後の人生の財産になる、と心晴は2人を連れ出した。初音はもちろんのこと優斗もその提案に乗ることにした。


「健康的な初音ちゃんの身体を貪るように見つめるのよ!」

「はうぅ」

「周りに人もいることだし姉さんはいい加減に自重しようよ?」

(別に露出は少なくて、そこまで密着してない服だから大丈夫だと思うけど)


「本日は初体験ということでまずは注意事項から説明させてもらいまーす」

「「「はーい」」」

(流石に楽しいノリだけどまず安全から説明が入るよね?)


「……という感じで登っていきます。では実際に登ってみましょうか、では心晴さんからどーぞ」

「ええ、では行ってくるわね」

「心晴ちゃんがんばれー」

「スタートはこうで、んっ、んっ、よしっゴール!」

「ナイス姉さん」

「じゃあ次、初音ちゃんどうぞ」

「初チャレンジいきまーす」


「次は僕の番だね。……なるほどハシゴを登るみたいな感じで登るんだね」

「ではどんどんチャレンジしていきましょー。みなさん若いので次はこれ、いってみましょー!」


「3つめにしてあからさまに難しそうなのがきたわね」

「そうだね、壁が傾いてるよ」

「よーしがんばるぞー」

「初音ちゃんはチャレンジャーだね、お先にどうぞ」

「ではいっきまーす」


「ん~、ん~、きつ~い、やったーゴール!」

「おーすごい」

「運動能力の違いを感じるわ」

「じゃあ心晴ちゃんどうぞ」

「……自信はないわ」

「大丈夫!気合でいけるよ」


「姉さんは諦めちゃったね。次は僕の番か」

「優斗くんがんばれー」

「わっ、スタートからキツイ。これは素早く終わらせないときつそうだな」

「あっ、やっぱ男の子だね力強くてどんどんいくよー、……ゴールおめでとー」

「ありがと」


 初音がこぶしを突き出してくる。優斗は周りの人たちがこぶしを合わせてゴールを喜ぶのに気づいていた。そこからは3人でこぶしを合わせてゴールを祝福した。


「はぁ~腕がパンパンだね」

「わたしもパンパンだよ~」

「……私はとっくに死んでるわ」

「登っている時間なんて1回あたり30秒くらいなのに、身体の使い方かな?」

「優斗くん、あたし次はコレにチャレンジするね」

「このテープの色は……上の級にチャレンジするなんてすごいよ」

「せっかくだから限界までがんばりたいかなって」


(身体の使い方かな?僕は腕に頼って登ってるから本当に腕が限界なんだけど、初音ちゃんの様子はまだ余裕がありそう。それに身体の使い方自体が上手くなってきて少ない無駄で登れている感じがする)

(確かにこの格好は露出が少ないけど、初音ちゃんを見ているとしなやかな身体の動きと女性らしい体つきをつい目で追ってしまう。これじゃあ姉さんが言っていたようにイヤらしい目で彼女を見ているみたいじゃないか)


 優斗がそっと目を逸らすのを心晴は気づいていた。初音のチャレンジは失敗に終わるが彼女は終始笑顔で今回のことを全力で楽しんでいた。

 優斗は失恋から立ち直ったが合コンへの誘いははっきりと断るようになった。だけど友達として遊びに誘われるなら断るわけではないので、付き合いが悪いとは言われるわけではない。

 優斗は迷惑をかけたと思っているサークルだが、メンバーは旅行を計画し、優斗を誘ってくれていた。優斗は旅行に参加するわけなのだがそこで思わぬことが起きる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る