待ち合わせはデートの定番
「やあ待った?」
「今着いたところです。優斗さん、いきましょ。」
(待ち合わせ20分前、電車は同じ方向なんだけどな)
初音は行き交う人の目を引きつけた。露出は少ないながらも春らしい若草色のワンピースがとても似合っている。彼女の持ち前の明るさを損なわず、上品さのある装いだ。
並んで歩く彼女は優斗に肩をくっつけてくる。優斗はあえてそれを避け、彼女の後ろを歩く。初音は不満そうな顔をし、手を差し出す。それを見た優斗はため息をする。
「デートなんだから雰囲気が欲しいんです」
「僕らは付き合っているわけではないんだよ?」
「お礼なんですよね?手を繋ぐくらいいいじゃないですか?」
「手を繋ぐまでだよ?」
そう言うと彼女はぎゅっと僕の手を握ってきた。
「こら、指を絡ませようとしない」
「むー」
物足りなさに文句を言いながらも彼女の顔は緩む。2人は歩き出し、どこの店に入りたい?と優斗が聞くが、初音は笑いながら呆けているようで会話がかみ合わない。
優斗は10分くらい、手を繋ぎながらの散歩をするはめになった。
「初音ちゃん、もうそろそろ戻ってきて」
「はっ!?」
優斗が肩を揺らすとようやく彼女は現実に戻ってきた。初音は繋いだ手を見てまた顔を緩ませる。
「どこの店を見る?」
「じゃあランジェ……」
(悪ノリしすぎる友人にしたツッコミを初音ちゃんにするとは……。これが彼女の地のキャラなのか?)
人差し指で彼女の頭を小突く。痛い、と言うが今日の暴走した彼女はこのくらいしないと止まりそうになかった。
「僕が一緒に入れるところでね」
「はい」
優斗たちはまずはウィンドショッピングをすることにした。
「これ、あたしに似合っています?」
「似合うと思うけどあんまり外で着ないほうがいいと思うよ、まともに見えないよ」
「普段よりも攻めてみました。優斗さん、ミニスカートでも反応薄いんですもん」
「正直これでも目のやり場に困って動揺してるんだよ?今日着てきたファッションの方が普通に接しやすいし安心するよ」
「わかりました♪これからはもうちょっと別の方法でドキドキしてもらいますね♪」
(何が飛んでくるか不安しかない)
「優斗さん、コレかわいくないですか?」
「うん、そうだね」
「こっちもかわいい!」
「うん、そうだね」
(女子のかわいいって本当に謎だよね。渋い湯呑や急須を見てるのに、そんな言葉が出るなんて。世の中には食い倒れ人形や政治家の渋いおじさんがかわいい、という人もいるくらいだから。それを理解しようとするだけ無駄な気もするよ)
テンションが高く、色々なところを見たいと言っていた彼女だが、流石に勢いは落ちる。
「もうそろそろカフェにでも入ろうか?」
「すばらしいタイミングです。あたしのことを想ってくれる愛を感じます!」
「今日はちゃんとエスコートするって約束だからね」
「最後はどこに連れていくつもりなんです?優斗さんなら多少強引なのもOKです!」
「予約してあるレストランのあとはちゃんと家まで送るよ、遅くなると親御さんも心配するからね」
(そういえば家では2人きりで向かいあって話すことはなかったな)
優斗たちはオーダーをした後、話し始める。彼女が嬉しそうに話をし、それが落ち着いてから優斗は彼女に問う。
「僕が好きで進路を決めたって言っていたけど大学生活は楽しい?」
「確かにそう言いました。だけど好きな人がきっかけだけど大学の勉強は思った以上に楽しいです」
「楽しいか、僕のことは別にして将来のこともちゃんと考えないといけないよ?」
「はい、それは進路を決めるときに両親ともしっかり話し合いました」
「そうなんだ」
「将来就きたい仕事を大学の友達に話したんですけど具体的すぎるって驚かれたくらいですよ、本当に合格してよかったです」
初音の話を聞くと学年が1つ上の優斗よりもしっかりと進路について考えていた。彼女はただ優斗が好きなだけで進路を決めたわけではない。優斗のことはきっかけだったが彼女は彼女なりに自分の将来を考えていた。
知らないうちにそんな彼女を下に見ていたことに優斗は後悔する。それとは別に優斗には最も気になっていたことがあった。
「初音ちゃんはしっかりしてるね。僕にこだわらなくても素敵な人がいると思うよ」
「そんなことない!……です」
(今の言い方は僕が悪かったな)
「僕のどこが好きなの?」
「優斗さんはあたしの初恋の人なんです」
優斗は小さいころから女子の目を惹いた。しかし彼に恋愛感情が出たのは中学に上がる頃だった。それまでは女子からの好意は煩わしさを感じていた。
優斗と付き合うことは女子にとっては一種のステータスだった。幼い彼はそのことに気がついたからだ。そんな女子の中に初音も入っていた。逆に幼馴染の彼女にとって優斗は初恋の相手だった。
「思い返すとかっこいいお兄ちゃんへの独占欲だったんでしょうね」
「今は違うの?」
「今でも優斗さんはかっこいいですよ。でも優斗さんにしてあげたいことができたんです」
「それはなに?」
「ちょっと変な風に聞こえるかもしれませんけど言いますね。あたしには優斗さんが凍えそうな小さい子どもみたいに見えるんです。それは優斗さんが高校生のころくらいから。そのときから寒そうにしてる優斗さんを、温めてあげたいって思うようになったんです」
「……そうなんだね」
(詩のような表現だけど凍えそう、寒いっていうのは僕の心がってこと?初音ちゃんは僕の様子を見ただけでそのことを見抜いたっていうこと?)
「姉さんには初音ちゃんが今話したことを話したの?」
「はい、優斗さんには温めてくれる人が必要かもねって言ってくれました」
「ちょっとこの話は今飲み込めそうにないよ、別の話をしてもいいかな?」
(確かに付き合っていた彼女と心の距離を感じることは何度もあった。交際を始めるたびにこの人とは分かり合えて、その先に何かがあると期待をしていた。だけどその前に何か違うと感じて、僕はフラれてしまうんだ)
ぐるぐると渦のように優斗は考え込んでしまう、もしかしたら失恋の原因はそのことが関係しているのではないか、そんな風にも考えてしまった。この日のデートの間、優斗はそのことで頭がいっぱいだった。
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