壜の中の手記
☆STEP 1
ジェラルド・カーシュの短編。同じタイトルの短編集が角川文庫から出ていて、これに収録されています。「奇妙な味」と呼ぶべきか、奇譚と呼ぶべきか。ちょっと変な味わいの作品が並ぶ短編集です。
では、英訳作業に入りましょう。
要素こそ三つですが、基本は「○○の××」。肝は「の」が二つあるところでしょうか。
まず「壜」はボトル、【bottle】でしょうか。毎度のことながらスペルがあやしいですね。特に《tt》とTが二つ重なるところなんかが。おまけにLもあります。LではなくRだった。反対にRではなくLだったなんてことも過去にはあったはずです。
次に「中の」は【in】でよさそう。この企画ではくりかえし何度も書いていますが、英語の前置詞は難しいし、日本語の「の」の用途は広い。
今回の難所は「手記」。作中作など、叙述スタイルから工夫をすることでさまざまな騙しを仕掛けるのがミステリというものですから、ミステリ好きには割りとなじみのある単語かと。しかし、これが出てこない。
なんかあったよなぁ、と考えているうちにタイムアップです。
☆STEP 2
というわけで……
“The Letter in the Bottle”
……で、どうでしょうか?
無理やり「手記」を【letter】、「手紙」で処理する荒業。でも、これだと普通に「壜の中の“手紙”」とするよなぁ、タイトルを。ここにも《tt》がいて、スペルミスなのではなかろうかと震えます。
☆STEP 3
正解は……
“The Oxoxoco Bottle”
……でした。
おー、【oxoxoco】? なんだ、この二進法みたいなというか、人工的な感じのするアルファベットの並びは?
見たことねーよ、という英単語はこれまでこの企画で何度も出てきましたが、この並びが発しているインパクトというか、違和感というか、自己主張というかは凄い。レベルが違う。
英和をひきますが、ここで今までになかったことが発生します。《oxox》の時点で該当する単語が存在しません。仕方なく、ネットで《oxoxoco》と検索します。すると、ウィキペディアの「ジェラルド・カーシュ」のページが先頭に出る。以下、ずらっとカーシュの「壜の中の手記」関連のものが続きます。
うーん、困った。そもそも、《oxoxoco》って同発音するんだ?
ここでピンと来るものが。「あれ、作品に登場する壜に変な名前ついていなかったっけ?」と。早速、作品を読み直して《oxoxoco》の謎が解けます。
読み直すというよりも、最初の一行で解決します。せっかくなので引用しましょう。
オショコショの壜に用いられている釉薬の深味のある赤は、珪酸塩化合物であるその釉薬のなかに、ウランが存在することを示しているが、そうした事実はさのみ重要ではない。
『壜の中の手記』 ジェラルド・カーシュ著
西崎憲/駒月雅子/吉村満美子/若島正 訳
角川文庫 P.116より
ちなみに「オショコショ」とは問題の壜が見つかった村の名前です。私なりに原題を直訳すると「オショコショの壜」となりました。
せっかくなので「手記」を和英でひくと【memorandum】とありました。
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