おとなしい凶器
☆STEP 1
このタイトルだけで「あぁ、あれね」となるかたは、もしかしたら案外、少ないのかもしれません。でもこの短編の核をなすアイデアならば、もう少し多くのかたがご存じのはず。
うーん、こういうミステリ界隈の有名なトリビアというか、原作以上に広く流布してしまった情報を扱うときはいろいろと悩ましいものです。トリックの一人歩きとでも言えばよいのでしょうか。本当に困る。
紹介する都合で作者名を書きますが、誰が書いたか名前を出した段階で「あぁ、あれか」となるかたもいるはずなのです、おそらくは。
…………
…………
しばらく悩んだ末、今回は例外的に最後の「おまけ」のコーナーに作者名を記すことにします。
では、英訳作業に入りましょう。
今回はやさしいようでまがまがしい。まず「おとなしい」。性格が穏やかという意味のカタカナ日本語として「ソフト」はもうとっくの昔に市民権を得ているでしょう。英語なら【soft】か。作品内容をふまえると……●のイメージ、●の■のふわふわした感じも【soft】という語は示唆しているように感じます。
一応「静か」「もの言わぬ」という意味で【silent】も候補に挙げておきますか。
問題は「凶器」。こいつもまた、このところ頻出している受験・ビジネス・トラベル英語の教材に掲載されていないようなミステリ用語です。
こういうときは日本語を別の日本語に変換してから英訳するパターンにすがるに限ります。パッと出てきたのは「得物」。次に浮かんだのは「武器」。これならばわかります、カタカナ表記でウェポン、アルファベットにするなら【weapon】でしょうか。
☆STEP 2
というわけで……
“The Soft Weapon ”
……で、いかがでしょうか?
☆STEP 3
正解は……
“Lamb to the Slaughter”
……でした。
ん? んん?
なに【lamb】って? 【slaughter】って?
まずは【lamb】から。「子羊」「子羊の肉」とあります。なんだ「ラム肉」のラムじゃないか。あぁ、ラム肉! ラム肉! そうかそうか!
いったん落ち着きます。なるほど、発音しないBってやつか。頭に来る発音しないHみたいなもんですね。
で、問題は【slaughter】。手元の英和でひいたそのままでなく、ちょっとソフトな表現に私なりに書き換えます。えーと「食肉用に処理すること」の意味ということですね。
以上をふまえて私なりに原題を直訳すると「食肉にされに行く子羊」となりました。でもこれ、作品内容に触っているのは子羊ぐらいで、なぜこれがタイトルになるのだ、と首をひねります。
辞書を細かく確認して腑に落ちました。【like a lamb (to the slaughter)】で「子羊のように従順に」や「(目前の苦難にも気づかずに)無邪気に」という意味だそうです。なるほど、作品内容をふまえると、これは実にうまいタイトルです。でも、ちょっと英語圏の読者にはひねりがなさすぎる気がしないでもないです。
そして英語を知らない私のような読者には原題に込められた含みがわからない。うーん、タイトルを訳すのって実に難しいのですね。
これでは日本語タイトルをそのまま英語に変換するだけでは正解と遠い解答が出るだけです。
☆おまけ
作者はロアルド・ダ―ル。「おとなしい凶器」よりも「南から来た男」のほうが知られているのかもしれません。こっちもタイトル以上にあらすじが知られている作品かも。
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