第2話 惚れ薬を飲んじゃった

 好きな人がコーヒーを淹れてくれるのを座って待つ。それはまるで新婚生活なり、同棲カップルみたいで憧れたりする人もいるのではないだろうか? そういう俺だって、憧れているよ。でもさ、現実は過酷である。

 目の前の飲み物はコップの代わりにビーカーに入っているし、なんならコーヒーだけじゃなくて惚れ薬入りである。自分の分も淹れたらしく、俺と彼女の分をテーブルに置く渚を見て俺は溜息をつく。



「ほら、君の好きなコーヒーに混ぜておいたよ。遠慮なくいきたまえ。あ、ついでに味や飲みやすさも教えてくれると助かる。今後の参考にしよう」

「この悪魔の実験をこれからも続けるのかよ……てか、なんでいきなり、惚れ薬何てつくったんだ?」



 俺の言葉に彼女が珍しく暗い表情になる。それを見て、俺は地雷を踏んでしまったのかと、慌てて話題を変えようとするが、その前に彼女が口を開いた。



「ああ、簡単さ、うちの両親が今不仲でね……」

「まじか、ごめん……」

「まあ、嘘なんだが……我が家は相も変わらずラブラブだよ。まあ、二人の世界をつくってくれているから放任主義で私も助かっているだけどね」

「そうだよなー!! そういや、この前も二人で旅行に行ってたもんな。しかもその間、料理をしにお前の家に行ったもんなぁ」

「ごめんごめん、でも、君の作ってくれた料理のおかげで私も栄養価が偏らないで助かっているんだ。感謝しているんだよ」



 俺は先月の事を思い出す。こいつは自分の両親がいないときには平気でご飯を抜いて研究をするから困るんだよ。子供のころからなんだかんだと面倒を見ていたら、いつのまにか、彼女のお世話係みたいになってしまったのだ。なんかあっちの両親も「いつも悪いわねぇ」とか言って旅行に行く時とかは、食費と手間賃を渡してくれるからな。

 まあ、好きな女の子の世話をして頼られるのは悪い気はしない。それだけ信頼されているって事だからな。俺はビーカーに入った惚れ薬入りのコーヒーを見ながら思う。

 でも、こいつは俺の事を何とも思っていないんだろうなぁ……この前だって、彼女の世話をしている時にお風呂で着替えている彼女に遭遇するというラッキースケベイベントがあったのだが、笑いながら「ああ、ごめんごめん。粗末なものをみせてしまったねぇ」と言っていただけだったし……ちなみにいつもだぼだぼの白衣だったからわからなかったが意外と大きいなとか、湯上りだからか、顔が上気して赤くて色っぽいなとか思ってその夜は悶々としてしまったのはここだけの話である。



「おっと、何やら母から連絡が来たようだ。失礼するよ」



 俺が考え事をしていると、彼女はスマホをもって出て行ってしまった。本当に自由人である。俺は彼女が帰ってくるのを待ちながら惚れ薬入りコーヒーを眺める。

 半日限定の惚れ薬か……また、すごいものを作ったよな。これを飲んだら最初に見た人間を好きになるらしい。ここには俺と彼女しかいないわけで……彼女がこれを飲んで俺をみれば半日限定とはいえ俺に惚れるのだ。

 ビーカーをとっかえてしまえば彼女にもわからないんじゃないか? 俺の脳内に悪魔がささやく。惚れ薬の力と言えど、彼女に好きになってもらえるんだぞ。それに彼女に惚れている俺が飲むよりも、俺に恋愛感情を抱いていない彼女が飲んだ方が、研究の結果としてはよいのではないだろうか。



「違うだろ……それでいいのかよ」



 彼女のビーカーと俺のビーカーをそれぞれの手にもったまま俺は首を振る。確かにクリスマスイブだし、半日だけでも好きになってくれたら嬉しいさ。でも、そのあとに残るのは虚しさではないだろうか。俺がするべきことは彼女に異性としてみてもらう事であって薬に頼る事ではないはずだ。



「ごめんごめん、時間がかかってしまったね。何を固まっているんだい?」

「うおおおお」



 無茶苦茶悩んだ末に、戻そうとした時に渚が帰ってきてせいで俺はビーカーを落としそうになってしまった。そんな俺にきょとんとした顔を、死ながら見つめてくる。



「ふっふっふ、そんな風に見比べても味も見た目もたいして変わらないよ。君が飲みやすいようにしたからね。せいぜい蜂蜜の匂いがするくらいさ。それよりも電話をしたら喉が渇いてしまった。もらうよ」

「あ……」



 そう言うと彼女は俺の手からビーカーを奪い取りコーヒーに口をつけた。いや、そっちは俺のビーカーなんだが……

 渚は止める間もなくコーヒーを飲んでしまう。



「ん? 私の顔に何かついているかな? いいから君も早く飲みたまえよ、実験にならないじゃないか」

「ああ……」



 俺がさっさと飲まないことに不満そうな彼女の勢いにおされてコーヒーに口をつける。こちらからも蜂蜜の匂いがするのはきのせいだろうか? ゆっくりと飲み干して彼女を見つめるが、あたりまえだが俺の心に変化はない。元々惚れているし、こっちには薬が入っていなしな。



「どうかな? 動悸が激しくなったり、私の事を好意的にみてしまったりしないかな?」

「いや……特に変化はないな」

「ふむ……」



 俺の返事が不満だったのか。彼女は俺をじっと見つめる。そういうお前はどうなんだよと聞きたいが、事情が事情のため聞くことができない。というか、こいつもいつもどおりじゃないか? 自分で作った薬なのだ。もしも、惚れ薬が効いているのなら、こいつならば気づくだろう。



「やはり動物と人では効果の出るタイミングが違うのかもしれないね。あとはそうだな……周りの雰囲気によっては効きやすくなるかもしれないな。じゃあ、行こうか。現地で実験だ」 

「行くってどこにだよ」

「決まっているだろう。デートだよ。幸い今日はクリスマスイブだ。カップルもたくさんいるし、比較対象には困らないからね。」

「はぁー?」



 いきなりの提案に、俺の声が部屋に響き渡るのであった。

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