第5話 清算 2223年10月


空が真っ赤に染まっている。夕焼け空とは全く違う。鮮血のような深紅で染まっている。よく見ると点々と黒い模様も浮かんでいた。


「なんだよ……これ……」


思わず呟く。夜風は呆然と空を見上げている。


「おい!なんかこれヤバそ——」


テリスが焦ったように言うが最後まで聞こえなかった。後ろから再び轟音と暴風が襲ってきたからだ。


「うわっ!」


「今度はなんだ!?」


再び振り返るとそこには信じられない光景があった。


「は?……」




竜がいた。




全身は黒色で所々赤いラインが走っている。よくみると傷痕がたくさんあるようだ。黒く大きな翼が背中から生えており、頭にはツノが2本生えているが、片方は折れていた。とんでもない巨体に見えるがそれほど大きくないようにも見える。サイズ感がとうに分からなくなっていた。そもそも見えているものが現実なのかどうかも分からない。


その竜はアホみたいに大声で咆哮をあげると、暴風を撒き散らしながら飛び去っていった。吹き飛ばされた俺たちは道路に倒れ込みしばらく動けないでいた。


「痛って」


ようやくの思いで体を起こす。周囲を見渡す。




地獄だった。




見たこともないような二足歩行する生き物が通りを群れて歩いている。人を襲っている。ツノの生えた鬼のような生き物が素手で男性を引きちぎっているのが見えた。聞こえてくるのは獣の唸るような雄叫びと、悲鳴、悲鳴、悲鳴——




ここにいては不味いと気付き、急いで立ち上がり、幼馴染たちに叫ぶ


「ここにいるとヤバい!急いで逃げるぞ!!」


テリスもすぐに反応し、逃げ道を探しているようだ。夜風は未だ自失したように空を見上げている。


「征魁!こっちから逃げるぞ!」


脇道の入り口でテリスが手を振りながら叫んでいる。


「分かった!おい、夜風!早く行くぞ!!」


「なんで……あ……もんが……」


何かをぶつぶつと言っている夜風を無理に立たせ、手を引いて走り始める。突然現れた怪物が何なのか気になるが後回しだ。走りながらどこへ逃げるかを考える。日本には大災害と戦争に備え、大型の地下シェルターが国中に建設されている。自然災害とは程遠い事態だが、避難所として十分に機能するはずだ。どこか近くの建物で身を隠す事も考えたが却下する。この状況が長期化すれば、食料のない環境で生存し続けることはできない。学校で散々やってきた避難訓練の記憶を思い出しているとテリスが話しかけてきた。


「どこに逃げる?やっぱシェルターか?」


「そうだな、ちょっと遠いけどあそこに行くしかないだろ」


「なら奴らに見つからないように行かないとな」


「あぁ」




裏道を移動しているとさっきとは別の大通りが見えてきた。大通りに出る前に顔を出して様子を確認する。案の定、例の化け物達が十数匹見えた。さっきの奴らとは違う見た目をしていたが危険度は大差ないだろう。


「どう?」


テリスが聞いてきた。


「ここももうダメだな、裏道を移動するしかないみたい。夜風、大丈夫か?」


「うん……さっきはゴメンね」


夜風はまだショックで混乱しているようだ。何が何だか分からないのは俺たちもだが。


「いいってことよ、怪奇現象っての幻覚っぽく見えるから面白いのにここまであからさまにやられると意味不明で興醒めだよね〜」


テリスがフォローしてるのか違うのかよく分からないことを言い出す。


「余裕そうだなテリス」


「ははは、そう見える?一周回って余裕出てきたのかも」


確かにここまでカオスな状況にも関わらず俺もテリスも割と冷静だった。


「はっ、余裕ぶっこいて死んだら笑いもんだな」


「全然笑えません!!」


夜風も段々落ち着いてきたようだった。そこで俺は耳につけたイヤホン型のスマートフォンを起動させる。SNSやニュースではたった今起こっているこの危機をこぞって知らせている。どうやらこれは日本でだけではなく世界中で起こっているようだ。駅と駅周辺はとっくに奴らの巣窟と化しているらしく、シェルターへの避難を呼びかけている。電話で父さんたちと連絡を取りたいが彼らも同じような状況であろうことを考えると止めた方がいいだろう。スマホのナビでは怪物を避けてはくれない。マップを見ながら自分たちで道を探すしかないようだ。


「よし、このまま裏道を使ってシェルターを目指すよ!」


「分かったわ」


「了解、隊長!」


裏道に怪物はあまり入ってきていないようだが全く居ないわけじゃない。やつらに見つかることなくこのまま移動し続けなければならない。シェルターまでまだ距離もある。かなり神経を使うことになりそうだ。

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