第2話 プロローグ 2223年10月
「……なさい……、おき……さい……」
声が聞こえる。
(なんだろ、こんな夜中に……)
「お!き!な!さ!いっ!!」
「っったぁっ!?」
突如襲った激痛にパニクっていると俺の母——
「もうすぐ中学生になるってのにだらしないわねぇ。学校遅刻するわよ」
なんと、もう朝だったのか。彼女を見ると手には包丁が握られていた。どうやらあれで殴られたようだ。とても母親の所業とは思えない。
「さすがに包丁でたたき起こすのはおかしくない?」
「起きないのが悪いのよ、それに峰打ちよ」
そういう問題ではない
「……」
遅刻するのもいけないのでしぶしぶ起きることにする。
一階へ降りるとリビングで父親——
「おぅ!
「そこに母さんを止めるという選択肢は無かったのかよ」
「え!?」
なんてことだ。そもそも110番も119番もしていないじゃないか。そこであることに気づく。
「あれ?仕事は?」
本来ならとっくに仕事へ行っている時間である。格好も普段着だった。
「ん?今日は休みだ。用事もあるしな」
徹也は視線を逸らして言う。
「ふ~ん、珍しいね」
「まぁな」
「朝食の準備が出来ましたよー」
世良が俺を呼んだのでダイニングへ向かうことにする。
朝食を済ませ、登校の準備のために二階に戻ろうと廊下へ出ると世良の声が聞こえた。
「本当に今日行くの?」
思わず足を止める。
「あぁ、大事な事だからな。全部予定通りに進めないといけないんだ」
そういえば父は今日、仕事を休んでどこかへ行くと言っていた。
(予定?なんの事だろう?)
考えていると何かに気づいた様子の世良が言った。
「2人目は女の子が良いわね~、名前はどうします?」
(なんだよ!用事ってそういうことかよ!)
何やら深刻そうな雰囲気だっただけに心配して損した。あまり時間の余裕もないので俺は自室へ向かう事にした。
「行ってきまーす」
準備が終わると俺はすぐに家を出ようとする。世良がやけに明るい声を出す。
「行ってっらっしゃい!」
なんだか怖いくらいに笑顔でそういうとさっさと奥へ引っ込んでしまう。徹也が声をかけてきた。
「おい征魁、ちょっといいか?」
「ん?」
いつもより真面目な様子の父親に少し戸惑う。
「……お前はいつも一人でなんでもこなす奴だった……でもこれからは、そうは行かないこともあるだろう……そんな時はあの二人に頼るんだ。あの二人は、最後までお前のことを助けてくれるだろう……」
「な、何だよ急に……」
「ま、頑張れよ!行ってこい!!」
「は?いや、だからなんだって——」
徹也に押されるようにして家から追い出されてしまった。
「何なんだよ急に……」
そうして俺はいつもの通学路を歩き出す。季節は秋。脇に連なる銀杏の街路樹が黄色に染まっていた。ぼーっと眺めながら歩く。これからどんどん寒くなっていくのだろうか?東京ではヒートアイランド現象など呼ばれるものがあるが夏にしか起こらない。夏は暑く、冬寒い。なんだか納得がいかない。そんなことを考えながらいつもと同じ真っ青な空の下、いつもと同じ街並みに囲まれながら歩く。挙動不審な両親を除けばいつも通りの一日になりそうだった。
しばらく歩くと1人の少女が俺を待っていた。
「征魁くん、おはよっ」
そう言うとその少女——
「おはよう、遅くなってごめん」
「うん、何かあった?」
「ただの寝坊だよ」
「へぇー珍しいね。じゃあ行こっか!」
夜風は俺の幼馴染の一人で家が近いこともあり、毎日こうして一緒に登校している。実は「葉桜」という名家の御令嬢である。家が近く、何故か同じ幼稚園に通っていたという理由で小さい頃から仲良くしていた。
中身のない会話をしながら歩いていると学校についた。クラスが違うので昇降口で夜風と別れる。
「じゃあまた帰りね!」
「あぁまたな〜」
教室につくと今度はもう一人の幼馴染と出くわす。
「よっ!今日は遅かったね。朝からなんかあった?」
テリス・マーティン。こいつも幼馴染だ。幼稚園からの付き合いで小学校も6年間クラスも同じという何かと縁のあるやつだ。テリスは今日も相変わらずの金髪イケメン野郎だった。
「何もないよ、ちょっと寝坊しただけ」
母親に包丁で叩き起こされたのは一大事だと思うが言うのは止めておこう。
「ふ~ん、寝坊ねぇ」
一瞬不思議そうな表情をしたが、それで納得したらしい。そこでふと気づく。
(そういえば目覚まし鳴ってたっけ?)
俺の目覚ましは毎日決まった時間になるように設定されているはずである。しかし鳴った覚えも止めた覚えもない。アレは勝手に止る仕様でもなかったはずだが——
そうこうしているうちに朝のHRが始まるようだった。
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