第7話 見たことないもの
ヒビキ様の指示で私はグレンに建物の内部を案内してもらっていた。
ここは魔王であるヒビキ様をはじめとした直属の配下が暮らす魔王城らしい。
窓からみた光景は白い壁でぐるりと城の回りが囲まれており、その外には海に面した街が広がっている。
展望台だと案内された城の中でも高い塔の上で私はその光景に感動していた。
海をはじめてみたからだ。
あんなにキラキラしていて綺麗なものだなんて知らなかった。
大きな船も止まっていて漁業も盛んなのだろう。
「今度あそこまで連れてってやるよ」
海に目を奪われていることに気がついたのかグレンが楽しげに笑う。
「グレンさん、本当ですか?」
「呼び捨てでいい。どうせいろいろと用事で出向くことになるからな。ついでだ、ついで」
「ありがとうございます!グレン!」
頬が緩むのを抑えきれないまま頭を下げる。
あんな綺麗なものを間近で見られるなんて、とても楽しみだ。
次に食堂に案内するというグレンについて塔の階段を下りながら私はふと疑問に思った事を尋ねてみた。
「あの、グレンはどうして私を拾ったのですか?」
私は自分が拾われた理由が気になっていた。
あの時点で、私はグレンの敵だった。
殺していれば魔王の命を狙う人間を確実に減らせただろう。
今はヒビキ様を狙おうだなんて少しも思っていないが、グレンでに拾われる前の私であれば国の為と理由付けて間違いなくヒビキ様を襲っていた。
そんな危険性のある人間をどうして連れ帰り、魔王であるヒビキ様に会わせたのか疑問だ。
「ただの同情だ。勇者達に裏切られたお前が不憫だった、だから拾った。それに無抵抗なヤツを手にかけるほど俺は非道じゃねぇよ」
「なるほど」
その理由に納得する。
もし私がグレンの立場なら同じ様にしたと思う。
「ついたぞ、ここが食堂だ」
話しているうちに食堂に到着していたようだ。
食堂といってもそんなに広くはない。
調理スペースと食事を取るスペースは同じ室内で左右に別れているが、食事を取るスペースには木製のテーブルと椅子しかない。
調理スペースを覗いてみれば調理器具や設備は充実しているようだ。
「食事は一応当番制だ。昼は各自でって事になってるから朝と夜だな。ここで暮らす以上、お前も当番に組み込むぞ。料理はできるのか?」
「あ、はい。人並みには……」
グレンの言葉に驚いた。
食事の支度がまさかの当番制とは。
てっきり魔族の料理人がいて、豪華な食事をしているのかと思ったがそんな事はないようだ。
「あ、あとこいつの説明だな」
「……これは?」
グレンは調理スペースの奥まで進むとそこにあった大きな灰色の箱をポンポンと叩く。
彼の身長より少し大きめのその箱には、正面に取っ手がつけられていた。
「こいつはレイゾウコっていう道具でな。魔法を使わなくても箱の中が冷たくなる道具だ。ヒビキが考案したもんなんだが、こいつのお陰で夏場でも冷たい茶が飲めたり食材が痛みにくくなる」
「そ、そんな夢のような道具が……!」
思わず箱に触れてみると確かに表面はひんやりと冷たい。
人の国で夏場に冷たい水を作るには氷魔法を使って氷を出現させるしかない。
しかし氷魔法の使い手は中々いないのだ。
拳ほどの大きさの氷を作るのに氷魔法の使い手が十人ほど必要になる。それを集めるだけの労力も資金も安くはない。
しかしこの箱ひとつあればそれも要らないのだ。
なんて素晴らしいのだろう。
「凄い……凄いです!!こんなものが作れるなんて魔王様……いえ、ヒビキ様は天才なのですね!」
興奮気味に告げるとグレンも満足げに頷く。
その後も城の中を一通り案内してもらった私は最後に立派な書斎に案内された。
普段、ヒビキ様はここで執務をしているらしい。
ドアを開けて中に入ってみれば、そこには既にヒビキ様が待っていた。
一人ではなくさっき紹介されたオボロさんという男性が一緒だ。
「やぁやぁ、城内の見学は終わったかな?」
革張りのソファーに腰掛け、手をヒラヒラさせるヒビキ様に私はこくりと頷く。
「はいっ!凄いものがたくさんありました……!」
魔王城にはあのレイゾウコの他にも自動で洗濯をしてくれるセンタクキや、入れるだけで服を乾かしてくれるカンソウキなどもあり驚きの連続だった。
この数時間で私の中のヒビキ様は『優しく可愛いらしい魔王』から『可愛いらしいうえに発明も出来る尊敬すべき魔王様』に格が上がっている。
「レイゾウコも、センタクキも、ヒビキ様がお作りになったと聞きました!本当に便利で凄くて……!!特にカンソウキ!!あれがあれば雨の日でも生乾きの服を着なくて済みます!!本当に凄いです!!」
「おー。誉めてくれるのは嬉しいけどあれは私が知識から作りあげたってだけで、最初に発明した訳じゃないからね。というか落ち着こうかミアちゃん。ほらほら、お茶でも飲んで一息つこ?」
つい興奮して前のめりになってしまう私の頭をポンポンと撫でながら、ヒビキ様は隣に座るように促し紅茶を入れてくれた。
「……っ、すみません」
羞恥心に頬が熱くなるのを感じながら大人しくヒビキ様の隣に座る。
「ヒビキー、俺にも茶」
グレンがオボロさんの隣に座りながら催促するが、オボロさんから無言でポットを押し付けられている。
自分で入れろという事なのだろう。
深呼吸して心を落ち着かせると、ヒビキ様にいれてもらった紅茶に口をつけた。ほんのりと林檎の香りがして思わず目を瞬かせる。
「これ、紅茶なのに林檎の匂いがします!」
「でしょ?フレーバーティーっていって紅茶に香り付けしたものなんだよ」
「……ヒビキ様は凄い道具だけじゃなく、こんなに素敵な飲み物まで作れてしまうんですね……」
凄いという言葉しか思い浮かばない私にヒビキ様はくすりと笑って首を横に振った。
「さっきも言ったけど、これは私が知識として知っていたものを形にしただけで、発明したのは別の人なんだよ」
「知識として……ヒビキ様はどこでこんな素敵なものをお知りになられたのですか?」
魔族の国にはこういう素晴らしいものを学べる場所があるのだろうか。
そうだとするなら是非私も学びたい。
好奇心から尋ねてみればヒビキ様はにっこりと微笑みこう告げた。
「前世の世界で教わったんだよ」
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