第6話 第一王女の嫉妬

ミアがグレンと魔王城を散策している一方、彼女を捨てた勇者ユウキは拠点にしている宿で深くため息をついた。


「本当に……あれでよかったのか?」


誰かに問うように呟くが仲間たちは顔を見合わせるばかりで返事をしない。

あの時はあれでよかったと思い込んでいたのだが、あとになって考えてみればまるでユウキの方が悪役のように思えていた。


「ユウキ様。貴方が気に病むことはありませんのよ?……あの子は、ミアは……姉である私を殺そうとした上に、お父様まで手にかけようと虎視眈々とチャンスを狙っていたのですから」

「リコリス……」


スッと近付いてきたのは目鼻立ちのハッキリした赤髪の美女リコリスだ。

彼女はユウキを中心とした勇者パーティーの一人であり、ミアとは腹違いの姉にあたるこの国の第一王女であった。


「皆様もお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいませ」


リコリスが微笑むと他の仲間達はそれぞれ自分の部屋に戻っていく。


「さぁ、ユウキ様も」

「……わかった」


ユウキを部屋まで見送ったリコリスは自分に宛がわれた部屋に入ると、どさりとベッドに腰掛ける。

先ほどまで浮かべていた微笑みを消し、口許をにやりと歪めた。


(うふふ、勇者って案外ちょろいのね)


楽しげに笑みを溢しながら戦うために身に付けていた鎧を脱いでいく。

鎧に装飾された宝石をうっとりと眺めながらリコリスはインナー姿でベッドにゴロリと寝転がった。


(ようやくあの邪魔な子を処分できた……あとは魔王を倒して、私は誰からも愛され尊敬される王女となるの。そして最終的には女王の座につくのよ)


誰にも見せられない歪んだ笑顔を浮かべながらリコリスはこれまでの事を思い返していた。





はじまりはミアが産まれるより前のこと。

国王は妾であるミアの母を正妻であるリコリスの母よりも愛していた。

それは仕方のないことだと思っていた。父は国王だから。

しかし母である王妃への愛情が薄れても自分のことは変わらずに愛してくれると信じていた。


なのに妾が妊娠してミアを出産した知らせを聞いた途端、国王はリコリスと一緒に居たにも関わらず彼女を放って妾とその娘に会いに行こうとしたのだ。


(私からお父様を奪うなんて、許せない……!)


その時、リコリスの中に不思議な力が目覚めた。

父を引き留めて行かないでと懇願し見つめれば、彼はしばらくぼーっとしたかと思うと優しく微笑みリコリスの願いを聞いてくれた。

そこで彼女は言ったのだ。



「お父様には私だけを愛してほしい!」と。



可愛らしい子供の嫉妬だと回りの人間は微笑ましく思ったのだろう。

しかしリコリスに宿った不思議な力はその言葉で国王の心を縛った。

そこから国王はあれだけ愛していた妾の元に顔を出すことなく、リコリスだけを可愛がった。

彼女が「妾なんて忘れてお母様と仲良くして」と願えばそれはすぐに叶えられた。


回りの臣下は急に妾から興味をなくした国王に対し不思議に思っていたが、国王自身が「リコリスの望みを叶えてやりたい」と言えば納得せざるを得なかった。


それから十二年。

リコリスは自分の中にある不思議な力を自在に操るようになっていた。


どんな人間でもリコリスが目を見つめてお願いすれば思うように動かせるようになることを知り、彼女はその力を『魅了』と名付けあらゆる所で行使した。

母に使って妾の親子に嫌がらせをしたり、見目麗しい貴族に使って自分に惚れさせ婚約者がいるにも関わらず自分の物にしたりと、望むことは何でも叶えてきた。


しかしある日、妾の女が死んだという連絡が国王の元に届いた。

その日、ちょうどリコリスは魅了を使って集めた見目麗しい貴族令息達と旅行に出ていた。

帰って見れば妾の死の知らせと共に、腹違いの妹が王宮に住むことになったと知らされた。


反対したリコリスがいくら『魅了』の力で懇願しても国王は意見を聞いてはくれなかった。


ならば妾の娘を殺してしまえばいい。

そうすれば自分のこの満たされた生活を腹違いの妹なんかに邪魔されることはない。


リコリスは早速行動に移した。

人の少ない真夜中に妾の娘がいる粗末な小屋に向かい、火をつけたのだ。


すぐに自分の部屋へと逃げ帰った為、バレる事もない。

これでまたいつも通り満たされた日々を送れる。


そう思っていたリコリスだが翌朝起きてみれば、妾の娘は大怪我をしたものの命は助かったという。既に彼女は王宮の中だ。

これでは迂闊に動くこともできない。


それからリコリスは国王へさらに強い『魅了』の力を使い、洗脳状態にして母や使用人達も虜にしミアに嫌がらせをすることにした。

自分から王宮を出ていくように仕向けようとしたのだ。


しかしミアはしぶとく、勉学で優秀な成績を納め魔法の力を高めていき、いつしか優秀な魔術師と呼ばれるまでになっていた。

そのせいかリコリスのかけた『魅了』や洗脳の力が弱まりはじめ、国王やリコリスの取り巻き達は少しずつ異母妹の方に気を許し始めた。



許せなかった。

第一王女である自分より火傷を負った醜い異母妹が愛されることが。

自分より優れているのを見せつけられるのが。



最後の手段としてリコリスは自分と国王の暗殺を企てた。

全ての証拠がミアに繋がるように工作して漸くミアを陥れることに成功した。


国王にミアが暗殺計画の主犯だと訴え密かに処分するように提案。

ちょうど魔王討伐が計画されていたので、便乗する形でミアを王宮から連れ出し処分。


全てが順調で、全てが上手く言った。

欲しいものを全て手中に納めたリコリスは幸せな表情で眠りにつく。






ミアが魔族に拾われ、救われていたなんて思いもせずに。






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