第4話 「ようこそ、魔族の国へ」



治せるの……?

有名な医者にも、人の学べるどんな治癒魔法でも治せなかったこの痕が。



驚いて少女を見つめ返すと彼女は私の疑問を読み取ったのか、微笑みながら頷かれる。


「もちろん治せるよ。うちには優秀な治癒魔法の使い手がいるからね!ちょちょいのちょいだよ。ね、ラフィーナ!」


少女はそういいながら背に羽の生えた女性を引き寄せた。


「ご紹介に預かりました優秀な治癒魔法の使い手とは、この私のことです!ラフィーナと申します。怪我から病気までなんでもお任せ下さいな」


ラフィーナと名乗った彼女は穏やかに微笑みながら、綺麗な手でそっと私の右頬に触れる。

彼女が治癒魔法と思われる呪文を唱えると今まで感じていた皮膚が引き吊られるような感覚がなくなり、呼吸が急に楽になった。



これだけで治ったの……?あの火傷の痕が……。



思わず顔に手を当てて、動ける程度に魔力が回復していることに気が付く。


「これで大丈夫ですよ。魔力も半分くらいは回復させておきましたから」

「さっすがラフィーナ!優秀!」

「えへへー」


黒髪の少女がラフィーナさんの頭をグリグリと撫でる。


「どうだ?声、出せるか?」


グレンに問われて喉に手を当てる。


「……はぃ」


小さく掠れていたけれど確かに声は出た。


「名前は?言えるか?」


まるで迷子の子供に話し掛けるように問われ思わず笑いそうになってしまう。

ゆっくりと体を起こすと寝かされていたベッドの上で姿勢を正した。


「わ、たし……名前、ミア……です」


何年も声など出せなかったから子供のように拙い話し方になってしまった。

拾って貰った上に、一生消えないはずだった火傷の痕まで治してもらったのにこれは申し訳ない。

せめて態度で示さねばと、私を囲んでいる魔族の人達に向けてシーツに額がつくほど深々と頭を下げた。


「治して、くれて……ありが……ありがとう、ございます……」

「うん、どういたしまして。ミアちゃん、顔あげて?」


礼を述べれば優しい声が頭上から降ってきた。

ゆっくり顔を上げれば黒髪の少女と目が合う。


「改めて、自己紹介しなきゃね。グレンとラフィーナはもう名乗ったから……次は、レナートとオボロかな」


少女がそう告げるとすかさず頬に鱗のついた男性が手をシュタッとあげた。


「はいはーい。はじめまして、ミアちゃん。俺はレナート、女の子大好きだから是非仲良くして欲しいな?で、こっちの白いのがオボロ。」

「……ん」


レナートさんが手のひらを向けた先にいるのは言葉通り真っ白な魔族。

表情が変わらないまま一音発したかと思うとぺこりと頭を下げられた。


「よ、ろしく……です」


つられてこちらも頭を下げる。


「で、最後が私。この子達の上司で魔王のヒビキでーす。気軽にヒビキちゃんって呼んでいいよん」


黒髪の少女が腰に手をあて凹凸のない胸を張る。


「ま、おう……」



何かの冗談……?

まさか人間の国を魔物に襲わせていると聞いた魔王が、私より年下の少女だなんて……。



驚きを隠せずにいるとヒビキと名乗った少女はにこりと笑ってベッドの端に腰掛ける。


「うんうん、驚くよねー。魔王ってさ、黒髪のイケメンとか、いかつい鎧つけて骸骨の杖みたいなの持った恐ろしいやつ!みたいなイメージをしてたのにこんな小娘かよ!みたいな?」


当たらずとも遠からずである。

失礼とは思いながらも頷いた私に彼女は苦笑浮かべた。


「でもね、私、見た目は若いかもしれないけど実は五百年くらい生きてるのよー」


さらっととんでもないことを言われた。

魔族は人間より魔力が高く寿命が長いと聞いていたが予想外すぎる。


「今は信じられないかもしれないけど事実だし、追々わかってくれたらいいよ」


とりあえず困惑しながらこくこくと頷く。

彼女が本当に魔王なら逆らった瞬間、私なんて消し炭にされてしまうかもしれない。


「で、ミアちゃんに聞きたいんだけど勇者に捨てられたってほんと?」


魔王少女の目がスッと細められる。


「間違いないと思うぞ、俺はたしかに勇者達がコイツを置いていくのを見た。去り際の罵倒も聞こえていた」


「グレンの目からはそう見えても実は違うかもしれないでしょ?ミアちゃん、《本当の事》を教えて?」


顔を覗き込まれ真っ赤な瞳と目が合う。

すると勝手に口が動いた。


「本当……です。私は……勇者に、仲間に……捨てられ、ました」


ありのままを口にすると悲しみが込み上げてきた。

私は何年も必死に努力して認められたと思っていた。

しかしそれはただの幻。

父は――国王は私を排除しようとしていた。

旅を共にして仲間だと思っていた人達も。彼らが優しくしてくれたのは全部私を騙すための嘘だった。


「悲しい?……それとも憎い?復讐してやりたいって気持ちがあったりする?」


赤い目を見ていると心の奥から押し込めていた感情が溢れてくる。


「……わ、たしは……」

「そこまでにしておけ」


込み上げてきた何か黒い感情を吐き出そうとした時、すっと視界が覆われた。誰かの暖かい手が私の目を塞いでいるようだ。


「ごめんごめん!本当だってわかったし、もう何もしないよ」

「全く……」


その言葉と共に視界が明るくなると困り顔のグレンがすぐ傍に居た。

私の目を塞いだのは彼なのだろう。


「ミアちゃんもごめんねー?これでも魔王だから何でもほいほい信じるわけにもいかなくて。嘘とかつけないように暗示かけちゃった」

「大丈、夫……です」


魔王という地位にいればそう言うこともあるだろう。

ただでさえ私は敵なのだから。


「事実確認できたところで次はミアちゃんの今後を決めないとね。ミアちゃんが選べるのは二つ。私達に関する記憶を消され人間の国に戻るか、こっちの国に留まり私の……魔族の国の民となるか。さぁ、どっちにする?」


指を二本立てにっこりと微笑む彼女に私はすかさず返答した。

答えなんて最初からひとつしかない。


「私は……、ここに、居たいです……。もう、人の国には戻りたくない……」


私を裏切り殺そうとした人達の元に戻りたいなどとどうして思えようか。

あんな人間達より彼らの方が……魔族の方がよっぽど優しい。


「私を……魔王ヒビキ様の配下に加えてください……!魔法の扱いなら自信があります、必要とあらば掃除洗濯料理お裁縫もできます!どうかお願いします!」


再び勢いよく頭を下げた私にヒビキ様は満足そうに告げた。


「ようこそ、魔族の国へ」

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